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episode.46 暫し別れ、涙とその先と
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二人並んでこうして歩くのはいつ以来だろう。
ふとそんなことを思ったりした。
長く見てきたこの街の風景の中にノワールがいること、それが何だかとても嬉しい。
街には活気が戻っている。
道でワゴンと共に商品を売る人、可愛らしい雑貨や色鮮やかな服を店先に飾っている店など。
ひとまず平和になった、それによって、世もまた少しは良い方向へと進み始めているのではないだろうか。道行く人々の表情さえも以前の暗黒時代より明るくなったように感じられて、その中に交じって歩けるのが細やかな喜びだ。
「なんかちょっと、懐かしいな」
「そうね」
そんな、なんてことのない話をしながら、私たちは隣り合って歩く。
「ところでこれからどこに行くの?」
「寮に泊めてもらっているのよ、今日までは」
「じゃあ片付け?」
「そうね、でももうおおよそまとめてはいるの。それに、元々荷物もそれほど多くないし……」
そんな風に喋りながら道を歩いていたのだが。
「じゃあそれを受け取る?」
「そうね。それからは……宿にでも泊まりましょうか」
やや狭い路地に差し掛かった時、急に上から何者かが飛び降りてきた。
白いパーカーを着てフードを深く被った人物は私たち二人の前に着地。一瞬は敵かと思ったが、その人物が速やかにフードを外したので何者であるか素早く判別することができた。
「ルナさん!」
「しっ、静かに」
名を呼ぶと注意された。
「騒ぎになると困るのよ、だからこんな格好してるの!」
ルナは小さな声で言い放った。
そうか、今のルナは有名人だから。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になったノワールが「どうしてここに」と問えば、ルナは目もとに清らかな笑みを浮かべて「今日解放される日だと聞いたので」と答えた。
「ノワ様はこれからソレアとどこかへ行くのでしょう」
「うん」
「どうか、お幸せに」
僅かに伏せられた目、瞼の奥の瞳は潤んでいた。
それから彼女は冗談めかして「ソレア、アンタ、ノワ様を幸せにしなかったら許さないから」と言ったけれど、そこにかつてのような威勢の良さはなくて、口角が引きつっている。
「ルナはこれからどうするのさ」
「アタシはここに……残るつもり。もしかしたらまた生き残りが攻めてくるかもしれないもの……アタシにできることは結局戦いしかないから」
そこまでで言葉は止まった。
ルナはパーカーの袖で目もとを拭うと、暗い色の長くない髪がなびくような勢いで歩き出す。
「強いから、キミは」
その背に声をかけるノワール。
「きっともう、次の道を見つけてるんだろうね」
ノワールの声は高い空に溶けて消える。
通り過ぎていたルナは、もう振り返らなかった。
三人でいられた時間は楽しかった。
そんなことを思い出して、当事者でもないのに涙ぐんでしまう。
いつも強かった彼女の涙に流されるようにこちらまで泣いてしまいそうになって――けれど彼女はきっとそんなことを望んでいないと思うから、頭を左右に振って胸の端に宿る哀を払った。
「寂しいわね、ルナさんと別れるのは」
「そうかな」
「……意外とドライね」
「だってべつに、ボクが彼女を欲してたわけじゃないし」
◆
「なんでいっづもあだぢごんなやぐなのよーっ!!」
魔の者討伐隊の建物へ戻るや否や、ルナは悲しみに勢いを加えて爆発させる。
その腹の底から出るような大きな声に驚いた隊員たちは、彼女を横目に見ながらも関わらないでおこうと通り過ぎていった。
そこへ、コルトが大急ぎで駆けつける。
「何事ですか!?」
コルトは何か事件でもあったのかと走ってきたために呼吸を乱していた。
「どうしました!? ……って、あれ? ルナさん?」
駆けつけた先にいたのは涙やら何やらで顔をぐしゃぐしゃにしたルナだけ。コルトは拍子抜けしたような顔つきになりながらも、尻をついて床に座り込んでしまっている彼女の前にしゃがんだ。
「ううう……」
ルナが衣装の上に着ているパーカーはコルトから借りたものだ。しかしその袖は既に涙やら何やら体液が入り混じったものでしっとりしてしまっている。じきに水気は飛びひからびて、状態はますます悪化するだろう。
「な、泣いておられるなんて珍しいですね」
「なによ! らしくないがらやべろっでいぶの!? なぐぐらいじゆうにざぜなだいよ!!」
食ってかかるルナ。
しかしコルトは怒りはせず、ポケットからティッシュを取り出した。
「顔が濡れてしまってますよルナさん、拭かないと」
ルナは鼻をずびずびいわせたままされるがまま、コルトにティッシュで顔面を拭かれる。
「もしかして、ノワールさんのことですか?」
「……何よ」
涙や鼻水が絡まったようなものは顔面からおおよそ除去され、赤っぽく腫れた顔そのものだけが残る。
「ノワールさん、もう行かれましたもんね」
「うっさいわね! えぐるようなことしないで!」
怒った猫のような顔をするルナ。
「……本当は、お二人と一緒に行きたかったのではないですか?」
コルトの問いに、彼女は肩を寄せる。
「いいえ、それはないわ」
少し間を空けて、いじけたように「アタシはノワ様が幸せであればそれでいいのよ」と小さく呟いた。
直後、コルトが動いた。
縮められたルナの両肩を掴む。
「そんなのはいけません!」
コルトの視線がルナの双眸を貫く。
「ルナさんだって幸せにならなくちゃ駄目です!」
その時の彼はこの世のどんなものよりも真っ直ぐだった。
……ただ、少しおかしな空回りをしているところもあって。
「一緒に住みませんか!?」
高波に乗るように発してしまうコルト。
「は? ……何言ってんの、アンタ」
「あっ、あ、いや、いややややっ! ごめんなさい余計なことをっ! その、出過ぎましたよね!? 出過ぎた真似をっ、申し訳アリマセンッ!!」
慌てて土下座するコルトを前に。
「……ふん、おかしなやつ」
ルナは呆れたように口角を持ち上げる。
「元気過ぎよ、坊や」
ふとそんなことを思ったりした。
長く見てきたこの街の風景の中にノワールがいること、それが何だかとても嬉しい。
街には活気が戻っている。
道でワゴンと共に商品を売る人、可愛らしい雑貨や色鮮やかな服を店先に飾っている店など。
ひとまず平和になった、それによって、世もまた少しは良い方向へと進み始めているのではないだろうか。道行く人々の表情さえも以前の暗黒時代より明るくなったように感じられて、その中に交じって歩けるのが細やかな喜びだ。
「なんかちょっと、懐かしいな」
「そうね」
そんな、なんてことのない話をしながら、私たちは隣り合って歩く。
「ところでこれからどこに行くの?」
「寮に泊めてもらっているのよ、今日までは」
「じゃあ片付け?」
「そうね、でももうおおよそまとめてはいるの。それに、元々荷物もそれほど多くないし……」
そんな風に喋りながら道を歩いていたのだが。
「じゃあそれを受け取る?」
「そうね。それからは……宿にでも泊まりましょうか」
やや狭い路地に差し掛かった時、急に上から何者かが飛び降りてきた。
白いパーカーを着てフードを深く被った人物は私たち二人の前に着地。一瞬は敵かと思ったが、その人物が速やかにフードを外したので何者であるか素早く判別することができた。
「ルナさん!」
「しっ、静かに」
名を呼ぶと注意された。
「騒ぎになると困るのよ、だからこんな格好してるの!」
ルナは小さな声で言い放った。
そうか、今のルナは有名人だから。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になったノワールが「どうしてここに」と問えば、ルナは目もとに清らかな笑みを浮かべて「今日解放される日だと聞いたので」と答えた。
「ノワ様はこれからソレアとどこかへ行くのでしょう」
「うん」
「どうか、お幸せに」
僅かに伏せられた目、瞼の奥の瞳は潤んでいた。
それから彼女は冗談めかして「ソレア、アンタ、ノワ様を幸せにしなかったら許さないから」と言ったけれど、そこにかつてのような威勢の良さはなくて、口角が引きつっている。
「ルナはこれからどうするのさ」
「アタシはここに……残るつもり。もしかしたらまた生き残りが攻めてくるかもしれないもの……アタシにできることは結局戦いしかないから」
そこまでで言葉は止まった。
ルナはパーカーの袖で目もとを拭うと、暗い色の長くない髪がなびくような勢いで歩き出す。
「強いから、キミは」
その背に声をかけるノワール。
「きっともう、次の道を見つけてるんだろうね」
ノワールの声は高い空に溶けて消える。
通り過ぎていたルナは、もう振り返らなかった。
三人でいられた時間は楽しかった。
そんなことを思い出して、当事者でもないのに涙ぐんでしまう。
いつも強かった彼女の涙に流されるようにこちらまで泣いてしまいそうになって――けれど彼女はきっとそんなことを望んでいないと思うから、頭を左右に振って胸の端に宿る哀を払った。
「寂しいわね、ルナさんと別れるのは」
「そうかな」
「……意外とドライね」
「だってべつに、ボクが彼女を欲してたわけじゃないし」
◆
「なんでいっづもあだぢごんなやぐなのよーっ!!」
魔の者討伐隊の建物へ戻るや否や、ルナは悲しみに勢いを加えて爆発させる。
その腹の底から出るような大きな声に驚いた隊員たちは、彼女を横目に見ながらも関わらないでおこうと通り過ぎていった。
そこへ、コルトが大急ぎで駆けつける。
「何事ですか!?」
コルトは何か事件でもあったのかと走ってきたために呼吸を乱していた。
「どうしました!? ……って、あれ? ルナさん?」
駆けつけた先にいたのは涙やら何やらで顔をぐしゃぐしゃにしたルナだけ。コルトは拍子抜けしたような顔つきになりながらも、尻をついて床に座り込んでしまっている彼女の前にしゃがんだ。
「ううう……」
ルナが衣装の上に着ているパーカーはコルトから借りたものだ。しかしその袖は既に涙やら何やら体液が入り混じったものでしっとりしてしまっている。じきに水気は飛びひからびて、状態はますます悪化するだろう。
「な、泣いておられるなんて珍しいですね」
「なによ! らしくないがらやべろっでいぶの!? なぐぐらいじゆうにざぜなだいよ!!」
食ってかかるルナ。
しかしコルトは怒りはせず、ポケットからティッシュを取り出した。
「顔が濡れてしまってますよルナさん、拭かないと」
ルナは鼻をずびずびいわせたままされるがまま、コルトにティッシュで顔面を拭かれる。
「もしかして、ノワールさんのことですか?」
「……何よ」
涙や鼻水が絡まったようなものは顔面からおおよそ除去され、赤っぽく腫れた顔そのものだけが残る。
「ノワールさん、もう行かれましたもんね」
「うっさいわね! えぐるようなことしないで!」
怒った猫のような顔をするルナ。
「……本当は、お二人と一緒に行きたかったのではないですか?」
コルトの問いに、彼女は肩を寄せる。
「いいえ、それはないわ」
少し間を空けて、いじけたように「アタシはノワ様が幸せであればそれでいいのよ」と小さく呟いた。
直後、コルトが動いた。
縮められたルナの両肩を掴む。
「そんなのはいけません!」
コルトの視線がルナの双眸を貫く。
「ルナさんだって幸せにならなくちゃ駄目です!」
その時の彼はこの世のどんなものよりも真っ直ぐだった。
……ただ、少しおかしな空回りをしているところもあって。
「一緒に住みませんか!?」
高波に乗るように発してしまうコルト。
「は? ……何言ってんの、アンタ」
「あっ、あ、いや、いややややっ! ごめんなさい余計なことをっ! その、出過ぎましたよね!? 出過ぎた真似をっ、申し訳アリマセンッ!!」
慌てて土下座するコルトを前に。
「……ふん、おかしなやつ」
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