誰もが居場所を求めてる。 ~人と魔の者の物語~

四季

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episode.47 誰もが居場所を求めてる。

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 私とノワールは、ある有名な温泉街の宿に泊まって暮らしている。

 連泊していると料金が安くなっていくこの宿の謎システムには感謝している。私たちのような者にはありがたい制度だ。とにかく日数多めに泊まりたいから。

 二人で泊まっている客室には部屋専用の温泉がついている。それゆえ、朝昼晩問わず温泉を自由に利用することができる。しかも三種類もある。風呂場は広く、その中に木の板で仕切りをされた三つの温泉があり、それぞれ効能が違っているという話だ。

 ここが今の私たちの居場所である。

 その日少し買い出しに行き客室へ戻ると。

「ソレア、手紙来てたよ」

 部屋で床に座っていたノワールが茶封筒を差し出してきた。

「そう! でも何かしら、手紙なんて……」

 シンプルなデザインのそれを受け取り、中の物ごと破ってしまわないよう気をつけつつ開封する。すると二枚真っ白便箋が出てきて、また、それと一緒に写真が三枚ほど入っていることが判明した。写っているのは主にトニカ。アオイとのツーショットもあれば、トニカだけが撮影されたものもある。

「これって、トニカさん?」
「中は見てない」
「そう……ああやっぱりそうみたい、お手紙もトニカさんが書いてくれているみたいだわ」

 便箋には丸っこくなった文字が書き連ねられていた。

 自分とアオイらが元気であるということ、宿は一度営業停止となるも営業を再開し段々人気が戻ってきていること、そして、アオイとの関係も順調であるということ――トニカの照れくさそうに笑う顔が見えるかのようだった。

 便箋を眺めるだけでもトニカの幸福感が伝わってくる。

 彼女にも居場所ができたのだ。
 そう思うと嬉しくて。
 ずっと幸せに生きていってほしい、そう思った。

「またそのうち返信書かなくっちゃね」

 それから、思い出して買ってきた物を披露。

 食事は宿が出してくれる。が、それ以外に食べるものは基本的にいつも私が買い出しに行っている。ノワールもついてくることもあるけれど、一人で買い物に行くことも多い。けれどもそれはノワールが非協力的だからという意味ではなく、私一人の方が買い物がスムーズに進むという側面もあるからである。

「何買ってきたの」

 ローテーブルに買い物袋を置けば、ノワールは興味深そうに近づいてくる。その目は袋の中身を調べようとしている。興味津々、という表現が近いだろか。

「そうね。軽食とか、お菓子とか。ちょっと食べられるものよ」
「良さそうなのあった?」
「抹茶味のクッキーとか買ってきたわよ。ノワール好きでしょ、抹茶」
「うん好き」

 ノワールはすぐにでも食いつきそうな勢いで買い物袋に迫っている。

「待って待って、まだよ。今から出すから」
「……うん」

 昼間はそんな風にのんびり暮らせているのだが。

「……ぅ、ううっ」

 ――夜はなかなか穏やかには過ごせない。

「ノワール、また?」
「……ん」

 ノワールの身に傷はない。しかし、ゼツボーノを吸収したことによる影響は今も続いている。最近では明るい時間は発作が起きづらくなっているのだが、夜はいまだに急に苦しみ始める時がある。

「こっち来る?」

 基本別々の布団で寝ているのだが、彼は辛い時には傍で寝ることもあるのだ。

「……う、ん」

 傍に寄れば、手を繋げば、少しは安心するみたいだけれど。

 でもそれで回復するわけでもないようで。

「……だいじょぶ」

 汗に髪を濡らす彼を目にする時、いつも思うのだ――神はなぜ彼にこんな過酷な運命を与えたのだろう、と。

 魔の者が彼以外全滅したわけではないし、何なら人寄りに改心しないままの魔の者だっているだろうに、なぜこの苦しみをノワールだけに背負わせたのか。

「……ごめん、いつも」
「いいえ気にしないで」

 そして思うのだ、私は何て無力なのだろうと。

 私の治癒魔法はゼツボーノの苦しみだけは消せない。
 他の傷は大抵癒せるというのに。
 一番大切な人の苦しみだけ癒せないなんて、私は、一体何のためにこの力をもって生まれたのだろう。

「ごめんなさいねノワール、苦しみを消せなくて」

 闇の中、寄り添って布団に入ったままで、呟く。

「何で?」

 状態が落ち着いてきたノワールは不思議そうに問った。

「肝心な時に治癒魔法が役立たないなんて……」
「……それは。……多分、怪我じゃないから」
「そう、ね」
「……けど、ソレアにはいつも助けられてる。……気にしちゃ駄目」

 ノワールに苦痛を与えるもの、ただそこにじっとある闇、それはいつか消えるだろうか。彼はいつかその闇から解放されるのだろうか。それはまだ分からない。が、今はごまかしごまかししながら進んでいくしかない。

 握り合う手はいつも温かい。

「いつもありがと、ずっと一緒にいられるといいね」

 そんなことをそっと発したノワールは少しすると寝息を立て始めた。

 どうやら今夜も少し落ち着いたようだ。

 ――そして、朝。

「おはようノワール、よく寝ていたわね」
「……眠い」
「あれからは大丈夫だった?」
「ん、多分」
「良かった。じゃ、朝ご飯でも食べましょっか!」

 特別とか、地位とか名誉とか、そんなものは必要ない。

 私は彼と共に生きられるならそれでいい。
 平凡な日々こそが幸福そのものなのだから。

「もう来てたの」
「ええ、さっき届いたわよ」
「朝早いなぁ……」
「急がなくていいから! ね?」
「分かった」

 今日もまた、ありふれた朝が来た。

 昨日までと変わらない今日。
 けれどもそんな今日こそが最も幸せな今日だ。

「「いただきまーす」」

 窓越しに室内へ降り注ぐ朝日が、また、新しい日の幕開けを告げる。

 すっかり見慣れまるで実家であるかのように感じられるほどのこの部屋で、今日がそっと始まってゆく。

「そういえば、ノワールって食べなくても生きていけるのよね?」
「一応」

 ノワールは既に自分用のパンをかじっている。

 ……ちょっぴり小動物風で面白い。

「でも食べられないわけじゃないのね」
「うん、普通に食べるよ」
「ルナさんもよく甘いもの食べてたし、魔の者って結構人と似たようなもの食べるのね」
「そだね、多分」

 返事をしながらもノワールはまだパンをかじっていた。

 一口が小さいッ――!!

「美味しいものは嫌いじゃないよ」
「同じものが食べられるってことで、助かったわ」
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