暁のカトレア

四季

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episode.92 戦闘の行方

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 凄まじい勢いで駆けてくるシロ。グレイブはそれを、長槍を構えて待ち受ける。
 そんな彼女の存在に気がついたシロは驚きの声をあげた。

「えぇっ! 何で他のやつがいるのでごわすか!?」

 ここは基地なのだから、他の者がいるのは当然だろう。そう突っ込みたくなるのをこらえつつ、私は様子を見守る。

「貴様がマレイたちを狙う曲者だな」
「曲者とは失礼でごわすな。おいらはただ、リュビリュビ様の命により、ゼーレ殿の命を頂戴しに参っただけでごわす」

 シロとグレイブは言葉を交わす。
 対峙する二人の間には、緊迫感のある空気が流れていた。そこにいるだけで肌がぴりぴりするような空気である。

「貴女は関係ない者ゆえ、本来なら戦わなくていいでごわす。しかーし! 任務の邪魔をするというのなら、遠慮なく倒させてもらうでごわす!」
「そうか。ならば倒してみるがいい」

 グレイブの赤い口角が微かに持ち上がる。

「倒せるのなら、な」

 そう言って挑発的な笑みを浮かべるグレイブを目にし、シロは体勢を戦闘モードへと切り替えた。
 すぐにでも走り出せそうな体勢だ。

「おいらを馬鹿にしていると、痛い目に遭うでごわすよ!」
「できるのなら、やってみるがいい」
「うぐぐ……。か、覚悟しろでごわす! おおおっ!!」

 シロは地響きがするような雄叫びをあげ、隆起した筋肉の目立つ上半身を大きく仰け反らせる。そして、分厚い胸板を、両拳で交互に叩く。

「本気でいかせていただくでごわす!」

 宣言とほぼ同時に、グレイブに向かって駆け出すシロ。

「おおおぉぉぉっ!」

 シロはパンチを繰り出す。
 しかしグレイブは、ひらりと一歩下がり、気迫の乗った拳を軽々と避けた。

 そして素早い切り返し。

 グレイブは長槍をひと振りし、シロの片腕を叩き斬った。

「うぐぅぎゃっ!」

 彼の腕は太いため、さすがに切断とまではいかない。けれども、彼の腕が赤いものでびっしょりと濡れる程度には、傷つけることができていた。

 私はグレイブの強さを再確認し、密かに安堵の溜め息を漏らす。

「あの女……さすがにやりますねぇ」

 一緒に蜘蛛型化け物に乗っているゼーレが、珍しく、素直に感心していた。彼を認めさせるとは、グレイブはやはり凄い。

「えぇ。尊敬だわ」
「敵だと厄介ですが……味方であれば便利です」
「もう! 便利とか言わないの!」

 私とゼーレが話している間にも、グレイブとシロの戦いは続いていた。
 激しい攻防が繰り広げられている。だが、どちらかといえばグレイブの方が優勢だ。

「ぐぬぬ……! 捉えられんでごわす……!」
「力しかないような男には負けん」
「うっ! お、おのれ……」

 グレイブの槍は、シロの身を貫き、急所を抉る。
 そこに容赦なんてものは存在しない。

「はぎゅあぁっ!」

 長槍を叩きつけられたシロは、小動物のような悲鳴を吐く。理解できないほどの、かっこ悪さである。


 ここまでダメージを与えれば、グレイブの勝利はほぼ確定——とはならなかった。


「やーっと隙を見せたでごわすな」

 ほんの一瞬。
 グレイブの攻めの手が緩んだのを、シロは見逃さなかったのである。

「どりゃす!」

 シロはグレイブの腹部に向けて、拳を突き出す。グレイブは長槍の柄で防ぐが、そこへさらなる攻撃が降り注ぐ。

「くっ」

 グレイブは咄嗟に長槍を消す。

 一発目、低めの拳は片膝で防御。続く二発目、顔面狙いの拳は、上半身をひねって回避。そして三発目、肩付近への拳は、片腕を上手く使って受け流す。

 グレイブは肉弾戦もそれなりに強く、シロに負けてはいない。
 ただ、先ほどまでと形勢が変わったということは、誰の目にも明らかであった。

「どりゃす! どりゃす! どりゃーっす!」

 仕返し、とばかりにグレイブへ猛攻を加えるシロ。その筋肉まみれの太い腕から繰り出されるパンチは、一撃一撃がかなり重そうだ。グレイブも反応速度自体は劣っていないが、パンチの凄まじい威力ゆえか、何度か、防ぐ瞬間に顔を強張らせていた。

 接近戦になれば、グレイブの長槍は役に立たない。

 いや、もちろん、まったくの役立たずになってしまうわけではないが。しかし、彼女の長槍が本領を発揮するのは、中長距離戦においてである。

 怪しい雲行きになってきた。

 そんな戦いの行方を見守るゼーレの表情にも、心なしか陰りが見える。形勢の変化を、彼も察しているのだろう。

「これで終わりでごわす!」

 シロは飛びかかるような動作でグレイブの背後へ回る。そして、彼女を羽交い締めにした。

「くっ……!」

 グレイブの視線の鋭さが増す。
 彼女はシロから逃れるべく、身を振り、激しく抵抗した。だが、笑えるほど筋肉がついているシロの腕からは、そう簡単には逃れられない。

「邪魔をした仕返しでごわす!」

 シロは、羽交い締めにしているグレイブの片腕を乱暴に掴み、握力を徐々に強めていく。グレイブの肘は、ミシミシと、痛そうな音を立てている。

「グレイブさん!」

 助けないと。
 そう思った私は、腕時計へ指を当て、シロの背に向かって赤い光線を放つ。

「ぴぎゃあっ!」

 まさかの、だが、命中した。

 背に光線を浴びたシロは、甲高い悲鳴をあげる。グレイブを羽交い締めにしていた体勢も崩れた。
 自由を手に入れたグレイブは、視線をこちらへ向ける。

「感謝する」

 紅に彩られた口元が、微かに緩む。
 彼女の瞳に見つめられると、なぜか、胸がバクンと鳴った。

「い、いえ……」

 私は小さな声で、さりげなく答える。妙に緊張して、それしか言えなかった。

「よくもやってくれたな」

 グレイブは前に垂れていた長い黒髪を、手で、さらりと背中側へ流す。そして、再び長槍を取り出した。

「覚悟しろ。野蛮人め」

 漆黒の瞳から放たれる視線は、胸の奥まで突き刺さる刃のよう。
 どうやらシロは、グレイブの本気スイッチを入れてしまったみたいだ。
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