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前編

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 愛している。

 貴方にそう言えたなら、どんなに良かったでしょう。

 けれどもそれは叶わぬ願い。

 貴方は王子で私は侍女、あくまでそういった関係だから。
 それ以上を求めることは許されない。

 それに、貴方には婚約者がいる。

 家のため、国のため、定められた婚約者。
 そこに愛がないことは皆知っている。
 けれども王族の結婚というのはそういうもの、それが普通なのだ。

 だからきっと、貴方も、今の婚約者を捨ててまで他の女を選びはしないだろう。

「やあ、おはよう」

 唯一の笑顔。
 それだけを胸の内に置いて。

 そうやって、私は歩いていく。

 それでいい。
 それでいいの。

 だって私たちは身分違いだし、それにそもそも、貴方は私のことなんて何とも思っていないでしょう――ただの侍女、そう捉えているだけでしょう。

「これ運んでおいてちょうだい!」
「あ、はい!」
「その後は窓を拭いてね!」
「分かりました!」

 だから多くを望みはしない。
 そう決めている。

 だってそうだろう? 望めば望むほど、夢をみればみるほど、人の心というのは追い込まれて辛くなってゆくものだ。

 だったら最初から夢なんてみなければいい。そうすれば裏切られたと感じることも不幸だと感じることも起こらない。すべての絶望は身勝手な自己中心的な希望から生まれるものなのだ。
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