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19話 結局、二人
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結局、またルカ王子と二人きりになってしまった。
彼と離れるためにここまで来たというのに、これでは、わざわざ中庭まで来た意味がない……。
そんな複雑な思いに包まれている私に対し、ルカ王子は、何事もなかったかのように話しかけてくる。
「フェリスさん、大丈夫? 怪我とかしてない?」
本来そのセリフを言うべきは私だ。私が護衛なのだから。これでは、関係が完全に反転してしまっている。
私は正直、少し恥ずかしかった。護衛対象から心配されている自分が。
「あ、はい。ありがとうございました」
一応お礼を言っておく。
護衛が護衛対象に助けられるなんて、本来ならあってはならないことだ。こんな調子では、私の存在価値は皆無に等しい。
私はルカ王子を護るためにここで働いている。
なのにこの様……恥ずかしすぎて逃げ出してしまいたい気分だ。
「本当に大丈夫? 隠していたりしない?」
「はい。本当に、無傷です」
そう答えると、ルカ王子の顔面は一気に緩んだ。
「そっか! 良かったぁ」
何というか……どう答えればいいのか、いまいち分からない。
雨にびっしょり濡れながらも、屈託のない笑みを浮かべているルカ王子に対し、私は何を言うべきなのだろう。
「追いかけてきたらさー、フェリスさんが変な男の人に絡まれてたから、びっくりしたよー」
ルカ王子は、なぜこうも、何もなかったかのような顔で話しているの? あんなことがあって別れた後なのに、どうして気まずそうな顔をしていないの?
私には理解できないことが山盛りだ。
「あー、怖かった……。でも、フェリスさんを助けられたのは良かった!」
彼の心が読めない。
今彼は何を考えているのか。何を思ってこのような態度をとっているのかーーと、一応考えてはみるものの、私の頭では答えを出せそうにない。
けれど、いつまでもこうして黙っているわけにもいかないということも、事実。
だから私は、質問してみることにした。
「王子……なぜ助けて下さったのですか」
暗幕のような空から降り注ぐ雨粒の数が、直前より、ほんの少しだけ減った気がした。もっとも、単なる気のせいかもしれないけれど。
「私は護衛で、第一王子の貴方が助けるような人間ではありません。なのに……なぜ?」
それでも、雨が降っていることには変わりはない。
だが、これだけ浴び続けていると、さすがに気にならなくなってきた。髪や服も、既に水浸しなので、濡れる不愉快さというものはもう存在しない。
私が放った問いに、ルカ王子は少し口を閉ざした。何か考えているような、そんな顔をしている。
それから十秒ほど経って、彼はようやく口を開く。
「大切な人だからだよ」
あり得ないわ、そんなこと。
貴族の令嬢にならともかく、私のような一般市民に対して王子が「大切な人」だなんて。
「間違えないで下さい、王子。私はただの護衛です」
「フェリスさんは護衛護衛って言うけど、僕にとってはそうじゃないんだ。僕にとってのフェリスさんは、『護衛』なんて言葉だけで説明できる存在じゃないよ」
ルカ王子の体も、いつしか水に濡れていた。せっかくの高そうな寝巻きが台無しだ。
「君は僕にとって、一番愛しい人なんだ」
「そんなことを言われても……困ります。誤解を与えるようなことを、言わないで下さい」
「ううん。それは多分、誤解じゃないと思うよ」
そう話すルカ王子の表情は、真剣なものだった。険しい、とまではいかないが、いつものふにゃふにゃした彼ではない。
「僕は君を好き。それは、まぎれもない事実なんだ」
私も同じ気持ちよ——。
そう言ってしまえたら、少しは楽になれただろうか。
心に素直になって、何一つ隠さずにいられたなら……。
「王子のお気持ち、嬉しいです。ですが私は、貴方の隣にいられるような身分の人間ではありません。ですから」
私が言い終わるより先に、ルカ王子が叫んだ。
「身分なんて関係ないよ!」
いつもは温厚な彼の叫びに、場の空気が一気に引き締まる。
だが、彼がそんな鋭い声を出したのは、その一言だけだった。
「フェリスさん、とにかく帰ろう。ここでずっと濡れていたら、風邪をひいてしまうから」
その後はというと、普段通りの親切なルカ王子に戻っていた。鋭く叫んだのは、ほんの一瞬の高ぶりだったようだ。
彼と離れるためにここまで来たというのに、これでは、わざわざ中庭まで来た意味がない……。
そんな複雑な思いに包まれている私に対し、ルカ王子は、何事もなかったかのように話しかけてくる。
「フェリスさん、大丈夫? 怪我とかしてない?」
本来そのセリフを言うべきは私だ。私が護衛なのだから。これでは、関係が完全に反転してしまっている。
私は正直、少し恥ずかしかった。護衛対象から心配されている自分が。
「あ、はい。ありがとうございました」
一応お礼を言っておく。
護衛が護衛対象に助けられるなんて、本来ならあってはならないことだ。こんな調子では、私の存在価値は皆無に等しい。
私はルカ王子を護るためにここで働いている。
なのにこの様……恥ずかしすぎて逃げ出してしまいたい気分だ。
「本当に大丈夫? 隠していたりしない?」
「はい。本当に、無傷です」
そう答えると、ルカ王子の顔面は一気に緩んだ。
「そっか! 良かったぁ」
何というか……どう答えればいいのか、いまいち分からない。
雨にびっしょり濡れながらも、屈託のない笑みを浮かべているルカ王子に対し、私は何を言うべきなのだろう。
「追いかけてきたらさー、フェリスさんが変な男の人に絡まれてたから、びっくりしたよー」
ルカ王子は、なぜこうも、何もなかったかのような顔で話しているの? あんなことがあって別れた後なのに、どうして気まずそうな顔をしていないの?
私には理解できないことが山盛りだ。
「あー、怖かった……。でも、フェリスさんを助けられたのは良かった!」
彼の心が読めない。
今彼は何を考えているのか。何を思ってこのような態度をとっているのかーーと、一応考えてはみるものの、私の頭では答えを出せそうにない。
けれど、いつまでもこうして黙っているわけにもいかないということも、事実。
だから私は、質問してみることにした。
「王子……なぜ助けて下さったのですか」
暗幕のような空から降り注ぐ雨粒の数が、直前より、ほんの少しだけ減った気がした。もっとも、単なる気のせいかもしれないけれど。
「私は護衛で、第一王子の貴方が助けるような人間ではありません。なのに……なぜ?」
それでも、雨が降っていることには変わりはない。
だが、これだけ浴び続けていると、さすがに気にならなくなってきた。髪や服も、既に水浸しなので、濡れる不愉快さというものはもう存在しない。
私が放った問いに、ルカ王子は少し口を閉ざした。何か考えているような、そんな顔をしている。
それから十秒ほど経って、彼はようやく口を開く。
「大切な人だからだよ」
あり得ないわ、そんなこと。
貴族の令嬢にならともかく、私のような一般市民に対して王子が「大切な人」だなんて。
「間違えないで下さい、王子。私はただの護衛です」
「フェリスさんは護衛護衛って言うけど、僕にとってはそうじゃないんだ。僕にとってのフェリスさんは、『護衛』なんて言葉だけで説明できる存在じゃないよ」
ルカ王子の体も、いつしか水に濡れていた。せっかくの高そうな寝巻きが台無しだ。
「君は僕にとって、一番愛しい人なんだ」
「そんなことを言われても……困ります。誤解を与えるようなことを、言わないで下さい」
「ううん。それは多分、誤解じゃないと思うよ」
そう話すルカ王子の表情は、真剣なものだった。険しい、とまではいかないが、いつものふにゃふにゃした彼ではない。
「僕は君を好き。それは、まぎれもない事実なんだ」
私も同じ気持ちよ——。
そう言ってしまえたら、少しは楽になれただろうか。
心に素直になって、何一つ隠さずにいられたなら……。
「王子のお気持ち、嬉しいです。ですが私は、貴方の隣にいられるような身分の人間ではありません。ですから」
私が言い終わるより先に、ルカ王子が叫んだ。
「身分なんて関係ないよ!」
いつもは温厚な彼の叫びに、場の空気が一気に引き締まる。
だが、彼がそんな鋭い声を出したのは、その一言だけだった。
「フェリスさん、とにかく帰ろう。ここでずっと濡れていたら、風邪をひいてしまうから」
その後はというと、普段通りの親切なルカ王子に戻っていた。鋭く叫んだのは、ほんの一瞬の高ぶりだったようだ。
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