あなたの剣になりたい

四季

文字の大きさ
20 / 207

episode.19 馬車の中で

しおりを挟む
 次に目が覚めた時、私は、木材で作られた狭い小屋のような場所にいた。

 どうやら横たわっているらしい。
 だが、本当の小屋にいるというわけではなさそうだ。というのも、微かに揺れがあるのである。小屋の中で横になっているのならば、こんな風に揺れるはずがない。

「……リ、エアリ!」

 やがて、視界の端に、見たことのある顔が現れた。
 大人びた雰囲気はあるがまだ若い少年のような——リゴールの顔である。

「……リゴール?」

 はっきりしない意識の中、私はそう発した。すると、視界の中の彼は、大きく数回頷いた。どうやら、リゴールで間違いないようだ。

 私はそれから、ゆっくりと上半身を起こす。
 すると、壁から突き出している椅子のような部分に横になっていたということが分かった。また、夜空のような紺色のコートがかけてあることにも気づいた。

「良かった! 気づかれましたか!」

 取り敢えず辺りを見回す。

 両側に窓が二つずつ。内部は決して広くなく、私が横たわっていた椅子のような部分が向かい合わせに設置されている以外は、ほぼ何もない。

「えぇ……ここは?」
「馬車の中です」
「えっ! ば、馬車!?」

 驚いて、日頃は出さないような大きな声を出してしまった。

「はい。エアリの屋敷が燃え、避難している途中で」

 リゴールに言われ、記憶が蘇ってくる。

 そう、私の家は火事になって——。

「……そういえば、そうだったわね」

 こんな時に限って、私は妙に冷静だった。
 村へ戻らなくちゃ! なんて、案外思わなくて。

「はい。何とか無傷で避難することには成功したのです。ただ、その過程でデスタンが少々乱暴な手を使ったので、エアリが気を失って……」

 すぐ隣に座っているリゴールは、穏やかな口調で、今の状況をきちんと説明してくれる。

「腹部に痛みはありませんか? エアリ。それだけが心配で」
「ちょ……それはどういう意味なの……」
「デスタンの一撃が入ってしまっていますので、まだ痛むということがないか、心配なのです」

 一撃が入った、って……。

 殴るか蹴るかされた、ということなのだろう。

 私は一応確認してみる。けれど、腹部に痛みはなかった。違和感も特にない。いつもと何も変わらない、普通の感じだ。

「特に違和感はないわ」

 そう答えると、リゴールは安堵の溜め息を漏らす。

「本当ですか! 良かった……!」

 リゴールの表情が柔らかくなるのを見て、こちらも「良かった」と思った。

 しかし、呑気に安堵している場合ではない。
 まだ把握できていないことがたくさんあるのだから、のんびり「良かった良かったー」などと言っていられる状況にはないのである。

「心配してくれてありがとう。それは嬉しいわ。けれど……よく分からないことが多いの。いくつか質問してもいいかしら」

 座っていても、小刻みに揺れるのを感じる。馬車に乗っていると、こんな風に揺れるのが普通なのだろうか。

「もちろん。構いませんよ」
「えぇと、じゃあ一つ目。私の家の火事はどうなったの? 火は消えたの?」

 私が問いを放つと、リゴールの表情が少しばかり曇る。

「……それは」
「どうしてそんな顔をするのよ」
「その……わたくしには分かりません」

 分からない、と返ってくるとは。

「確認することなく……出てきたので」
「そ、そうなの!?」
「はい。勝手なことをしてしまい申し訳ありません……」

 リゴールはすっかり小さくなってしまっている。元々細く小さめな体をしているが、しゅんとして縮んでいるせいで、今は余計に小さく見える。

「じゃあ、父さんや皆は私がどうなったか知らないの?」
「……はい」
「そんな。死んだと誤解されるかもしれないじゃない」

 実際に死んではいないわけだから、亡骸は発見されないだろう。それに、バッサだけは私が飛び降りて脱出したことを知っている。
 だから、多分、完全に死んだことにはならないはずだ。
 とはいえ、急に行方不明になれば、心配はされるだろう。

「う……。そ、それは……」

 リゴールは言葉を詰まらせる。
 そんな時、背後から声が聞こえてきた。

「王子を困らせるような口の利き方をしないで下さい」

 それまでずっとリゴールと二人で話していただけに、彼以外の人が急に口を挟んできたことに驚きを隠せなくて。私はすぐさま振り返った。

「……貴方だったの」
「何ですか。その、がっかりというような顔は」

 声の主はデスタンだったようだ。

 彼は、壁から突き出した椅子のような部分には座らず、木材を敷き詰めた床に座っていた。結構寛いでいるのか、壁にもたれている。

「ごめんなさい。そんなつもりではなかったの」
「……何でも構いませんが、王子を困らせるような真似だけはしないで下さい」

 その時ふと、私の家にいた時とは、デスタンの雰囲気が違うことに気がついた。どこがどう違っているのか、すぐには分からなかったけれど、数秒経って分かった。

 違っているのは、服装だ。

 私の家で出会った時は、丈が長いコートを羽織っていた。しかし今は、シャツにベストという軽装である。

 ——と、そこで、私の手元にあるコートの存在を思い出す。

「これって、もしかして貴方の?」

 恐る恐る尋ねてみる。
 するとデスタンは、小さく一度だけ頷いた。

「貴方って、意外と親切なのね。ありがとう」

 そうお礼を言うと、彼はにっこり笑って「王子の指示に従っただけのことです」と返してきた。
 デスタンの笑顔の不気味なことといったら。

 彼には無表情が似合っている。あるいは、攻撃的な表情をしている時の方が、しっくりくる。
 笑っている彼なんて、悪事を企んでいる人にしか見えない。

「ところでリゴール」

 視線を隣に座っているリゴールへと戻す。

「は、はいっ」
「この馬車は一体、どこへ向かっているの?」

 するとリゴールは少し考えて。

「街の名は分かりませんが……デスタンが世話になっている家がある街へ向かっているところです」

 そんな風に答えた。

 デスタンが世話になっている家がある街。そんなことを言われても、それがどんな街なのか、まったく見当がつかない。

 ただ、余所者であっても受け入れられる余裕のある街なのだろうということくらいは、想像できる。
 そう考えると、受け入れてもらう先としては、悪くはない街だろう。

 けれど、不安がないわけではない。

 父親に安否を伝えぬまま、村を出てきてしまったのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...