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episode.20 風の吹く高台
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それから半日ほど、私たちは馬車に乗り続けた。
二三時間に一度くらい馬車から降りて休憩したが、それ以外の時間は、ほとんど狭い馬車の中。
私はこれまで、狭いところで誰かとずっと一緒にいる経験なんて、したことがなかった。それだけに、じっとしていたら頭がどうにかなりそうな気がして。
だから私は、馬車の中で揺られている間、リゴールと色々話していた。
楽しく話していれば、気分も晴れやかになるだろう——そう信じて。
やがて、馬車が停まった。
窓から見える外は、既にかなり明るくなっている。
「到着したようですね」
床に座り込み壁にもたれていたデスタンが、ゆっくりと立ち上がりながら言う。
「到着って?」
「……何ですか、馴れ馴れしい」
デスタンは驚くくらい冷ややかに返してきた。
「ただ聞いただけじゃない」
「言っておきますが、私は貴女と親しくする気はありません」
デスタンは私の前を通り過ぎ、すっかり眠ってしまっているリゴールの肩を両手で掴む。そして「起きて下さい」と言いながら、リゴールの体を軽く揺する。
しかし、リゴールは目を覚まさない。
デスタンはそれからもリゴールを起こそうと頑張っていた。が、リゴールはまったく起きそうになくて。
だいぶ時間が経ってから、デスタンが私に言ってくる。
「協力していただけますか」
「親しくする気はないんじゃなかったかしら?」
先ほどの素っ気ない態度には少し腹が立っていたので、思いきって、嫌み混じりの言葉をかけてやった。
するとデスタンは顔をしかめる。
「……言いますね、女の分際で」
「女の分際? 何よ、その言い方!」
「すみません。つい本音が」
さりげなく本音であることを仄めかしてくる辺り、非常に嫌な感じである。
「分かりました。協力していただけないということなら、べつにそれで結構です」
吐き捨てるように言って、デスタンは視線を再びリゴールの方へと戻した。
リゴールはあんなに素直なのに、なぜ彼はこうもひねくれているのだろう……。
人と人を比べてはいけないと思いつつも、比べずにはいられなかった。
リゴールはともかく、デスタンとは上手くやっていく自信がない。近くにいたら喧嘩になりそう——そんな気しかしないのだ。
しばらくしてリゴールは目を覚まし、私たち三人は馬車から降りた。
「凄い……!」
私は思わず発してしまう。
視界に入るものすべてが、これまで見たことのない新鮮なものだったからだ。
見上げればどこまでも広がる空。見下ろせば輝く海。
信じられないくらいの青が、視界を埋め尽くす。時折髪を揺らす爽やかな風すらも青く見えるような、そんな世界。
「デスタン。貴方はこんなにも美しいところへ飛ばされていたのですか?」
微かに潮の香りを帯びた風が吹く中、リゴールはデスタンに尋ねる。
「いえ。知り合った人の家が、偶々この高台だっただけです」
「知り合った人?」
「はい。私が飛ばされたのは、ここからずっと下った辺りの街でした」
見下ろすと輝く海ばかりを認識してしまう。が、意識して目を凝らせば、ずっと下の方に街が見えた。赤茶の平らな屋根がずらりと並んでいる光景は、壮観としか言い様がない。
「適当に歩いていると、酒を飲まないかと誘われまして」
「酒!?」
リゴールは驚きを露わにしつつ、隣のデスタンを見つめる。
「そうです。酒自体に興味はありませんでしたが、取り敢えずついていってみたのです」
「ついていったのですね……」
「はい。そこは男性がお客の女性に奉仕するという、極めて珍しい酒場でした」
デスタンは淡々とした調子で話し続けている。
「男性が……女性に? それはまた、珍しいところですね」
リゴールは眉を寄せ怪訝な顔をしながら、デスタンの話を聞いている。
「帰ることができない雰囲気になったので、少々手伝いをしました」
「て、手伝いとは一体……?」
「ご心配なく、王子。何てことのない手伝いしかしておりません」
笑顔で話すデスタンに、怪訝な顔をしたリゴールは「具体的には何をしたのです」と問う。それに対してデスタンは、笑顔を崩さぬまま返す。
「飲み物を運んだり、飲み物を飲んだり、飲み物を運んだりしました」
「……飲み物を運んでばかりじゃないですか」
「はい、運んでばかりでした」
リゴールは額に手を当てて、溜め息をつく。
「まったく……何をやっているのですか。そのような奉仕、必要ないでしょう。貴方は王子の護衛なのですよ?」
「いえ、違います」
「なっ……」
「王子の護衛、ではなく、リゴール・ホワイトスターの護衛、です」
ほぼ同じ意味なのではないだろうか。遠巻きに話を聞きながら、そんなことを考えてしまった。それに。デスタンはいつも、リゴールを「王子」と呼んでいるではないか。それなのに、こんな時だけ「王子の、ではない」などと言うなんて、おかしな話だ。
「……何を言い出すのです、デスタン」
そう発したリゴールは、驚きと困惑の混じったような顔つきをしている。
「ここはホワイトスターではありませんから」
「それはそうです。しかし……いつも『王子』と呼んで下さるではないですか」
「癖だから。ただそれだけです」
デスタンにきっぱりと言われたリゴールは、急にふっと笑みをこぼした。
「……ふふ。相変わらずですね、デスタンは」
意外にも楽しそうに笑みを浮かべたリゴールを見て、デスタンは戸惑っているようだった。無論、見ていただけの私も戸惑ったが。
「一時はどうなることかと思いましたが……こうしてまた会えて良かったです」
「今日の王子は何だか気持ち悪いです」
「なっ! 良いではないですか、再会を喜ぶくらい!」
するとデスタンは、少し間を空けてから、「そうですね」とだけ返した。リゴールは不満げな顔をしていたが、デスタンはそんなことは気にせず話を進める。
「ではそろそろ参りましょう、王子」
「……どこへです?」
「答えの分かりきった問いは、答えるのが面倒なので止めて下さい」
潮の香りの風が吹く中、デスタンは歩き始める。リゴールも、「……何だか妙に厳しいですね」などと言いながら、デスタンの背を追って歩き出す。
私は完全に忘れられている。
少し寂しい気もしたが、それはひとまず置いておき、彼らの背を追うように足を動かした。
二三時間に一度くらい馬車から降りて休憩したが、それ以外の時間は、ほとんど狭い馬車の中。
私はこれまで、狭いところで誰かとずっと一緒にいる経験なんて、したことがなかった。それだけに、じっとしていたら頭がどうにかなりそうな気がして。
だから私は、馬車の中で揺られている間、リゴールと色々話していた。
楽しく話していれば、気分も晴れやかになるだろう——そう信じて。
やがて、馬車が停まった。
窓から見える外は、既にかなり明るくなっている。
「到着したようですね」
床に座り込み壁にもたれていたデスタンが、ゆっくりと立ち上がりながら言う。
「到着って?」
「……何ですか、馴れ馴れしい」
デスタンは驚くくらい冷ややかに返してきた。
「ただ聞いただけじゃない」
「言っておきますが、私は貴女と親しくする気はありません」
デスタンは私の前を通り過ぎ、すっかり眠ってしまっているリゴールの肩を両手で掴む。そして「起きて下さい」と言いながら、リゴールの体を軽く揺する。
しかし、リゴールは目を覚まさない。
デスタンはそれからもリゴールを起こそうと頑張っていた。が、リゴールはまったく起きそうになくて。
だいぶ時間が経ってから、デスタンが私に言ってくる。
「協力していただけますか」
「親しくする気はないんじゃなかったかしら?」
先ほどの素っ気ない態度には少し腹が立っていたので、思いきって、嫌み混じりの言葉をかけてやった。
するとデスタンは顔をしかめる。
「……言いますね、女の分際で」
「女の分際? 何よ、その言い方!」
「すみません。つい本音が」
さりげなく本音であることを仄めかしてくる辺り、非常に嫌な感じである。
「分かりました。協力していただけないということなら、べつにそれで結構です」
吐き捨てるように言って、デスタンは視線を再びリゴールの方へと戻した。
リゴールはあんなに素直なのに、なぜ彼はこうもひねくれているのだろう……。
人と人を比べてはいけないと思いつつも、比べずにはいられなかった。
リゴールはともかく、デスタンとは上手くやっていく自信がない。近くにいたら喧嘩になりそう——そんな気しかしないのだ。
しばらくしてリゴールは目を覚まし、私たち三人は馬車から降りた。
「凄い……!」
私は思わず発してしまう。
視界に入るものすべてが、これまで見たことのない新鮮なものだったからだ。
見上げればどこまでも広がる空。見下ろせば輝く海。
信じられないくらいの青が、視界を埋め尽くす。時折髪を揺らす爽やかな風すらも青く見えるような、そんな世界。
「デスタン。貴方はこんなにも美しいところへ飛ばされていたのですか?」
微かに潮の香りを帯びた風が吹く中、リゴールはデスタンに尋ねる。
「いえ。知り合った人の家が、偶々この高台だっただけです」
「知り合った人?」
「はい。私が飛ばされたのは、ここからずっと下った辺りの街でした」
見下ろすと輝く海ばかりを認識してしまう。が、意識して目を凝らせば、ずっと下の方に街が見えた。赤茶の平らな屋根がずらりと並んでいる光景は、壮観としか言い様がない。
「適当に歩いていると、酒を飲まないかと誘われまして」
「酒!?」
リゴールは驚きを露わにしつつ、隣のデスタンを見つめる。
「そうです。酒自体に興味はありませんでしたが、取り敢えずついていってみたのです」
「ついていったのですね……」
「はい。そこは男性がお客の女性に奉仕するという、極めて珍しい酒場でした」
デスタンは淡々とした調子で話し続けている。
「男性が……女性に? それはまた、珍しいところですね」
リゴールは眉を寄せ怪訝な顔をしながら、デスタンの話を聞いている。
「帰ることができない雰囲気になったので、少々手伝いをしました」
「て、手伝いとは一体……?」
「ご心配なく、王子。何てことのない手伝いしかしておりません」
笑顔で話すデスタンに、怪訝な顔をしたリゴールは「具体的には何をしたのです」と問う。それに対してデスタンは、笑顔を崩さぬまま返す。
「飲み物を運んだり、飲み物を飲んだり、飲み物を運んだりしました」
「……飲み物を運んでばかりじゃないですか」
「はい、運んでばかりでした」
リゴールは額に手を当てて、溜め息をつく。
「まったく……何をやっているのですか。そのような奉仕、必要ないでしょう。貴方は王子の護衛なのですよ?」
「いえ、違います」
「なっ……」
「王子の護衛、ではなく、リゴール・ホワイトスターの護衛、です」
ほぼ同じ意味なのではないだろうか。遠巻きに話を聞きながら、そんなことを考えてしまった。それに。デスタンはいつも、リゴールを「王子」と呼んでいるではないか。それなのに、こんな時だけ「王子の、ではない」などと言うなんて、おかしな話だ。
「……何を言い出すのです、デスタン」
そう発したリゴールは、驚きと困惑の混じったような顔つきをしている。
「ここはホワイトスターではありませんから」
「それはそうです。しかし……いつも『王子』と呼んで下さるではないですか」
「癖だから。ただそれだけです」
デスタンにきっぱりと言われたリゴールは、急にふっと笑みをこぼした。
「……ふふ。相変わらずですね、デスタンは」
意外にも楽しそうに笑みを浮かべたリゴールを見て、デスタンは戸惑っているようだった。無論、見ていただけの私も戸惑ったが。
「一時はどうなることかと思いましたが……こうしてまた会えて良かったです」
「今日の王子は何だか気持ち悪いです」
「なっ! 良いではないですか、再会を喜ぶくらい!」
するとデスタンは、少し間を空けてから、「そうですね」とだけ返した。リゴールは不満げな顔をしていたが、デスタンはそんなことは気にせず話を進める。
「ではそろそろ参りましょう、王子」
「……どこへです?」
「答えの分かりきった問いは、答えるのが面倒なので止めて下さい」
潮の香りの風が吹く中、デスタンは歩き始める。リゴールも、「……何だか妙に厳しいですね」などと言いながら、デスタンの背を追って歩き出す。
私は完全に忘れられている。
少し寂しい気もしたが、それはひとまず置いておき、彼らの背を追うように足を動かした。
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