あなたの剣になりたい

四季

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episode.56 馬鹿みたいな笑い声

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「敵!?」

 ミセの家へ戻ろうと引き返し始めて一二分が経過した時、草が生い茂った木々の隙間から、敵が現れた。
 ちなみにその敵とは、グラネイトなんかが手下としてよく使っていた、小柄な人間のような生物である。

「下がって、リゴール!」
「は、はい」

 茂みから飛び出してきた一体の顎に肘を叩きつけ、リゴールを咄嗟に庇う。

 それから私は、少し離れた場所にいたデスタンへ声をかける。

 彼の付近にも敵は出現していたようだ。
 しかし彼は、何も発さず、足を使って敵を蹴り飛ばしていた。

「デスタンさん、平気!?」

 リゴールを庇いつつ、デスタンの方へと接近する。

「はい」
「これは、またまたブラックスターのやつね」
「数が多く面倒です」
「そうね……」

 一体一体ぷちぷち潰していくでも問題はないわけだが、次から次へと溢れるように現れる敵を地道に倒していくというのは面倒臭すぎる。せめてもう少し、何体か一気に倒せる方法があれば良いのだが。

「そういえば貴女」
「何?」
「あの剣は使えないのですか?」
「剣……って、あ! ペンダントの剣ね!?」
「はい」

 デスタンに言われたことで思い出し、首にかけているペンダントを手に取る。

 銀色の円盤。
 その中央には、星型に成形された白い石が埋め込まれている。

「これはある。けど、剣にはならないわ」
「……なぜです?」
「あの後、一度も剣に変えられていないの」

 そう事実を述べると、デスタンはきっぱり「それは貴女が変えようとしていないからでしょう」と言ってきた。他人の頑張りを少しも認めようとしない態度に少々苛立った私は、「そんなことないわ!」と、調子を強めて返してしまう。が、デスタンは特に表情を変えず、淡々と「何でもいいので、その剣で片付けて下さい」と言ってきた。

「何なのよ、もう!」

 吐き捨てて、ペンダントを握る。
 そして、苛立ちを吐き出すように、さらに叫ぶ。

他人ひとの努力を何だと思っているの!」

 ——刹那。

 白色の眩い輝きが、ペンダントから溢れる。


 そして、奇跡は起きた。


 ペンダントが一本の剣へと形を変え、手の内に収まる。

「え……あ……出た?」

 木漏れ日を浴び、勇ましく煌めく、銀の刃。
 それを信じられない思いで見つめていると、変化の瞬間を目にしたデスタンが淡々とした調子で言ってくる。

「やはり変えられたではないですか」
「……信じられない。前は何も起こらなかったのよ」
「貴女が言う『前』とは、いつなのです?」

 単純な動きで飛び掛かってくる敵を蹴散らしつつ、デスタンは尋ねてきた。私は問いに速やかに答える。

「母さんの家へ向かっている途中でウェスタに遭遇した、あの時よ」

 するとデスタンは、ふっ、と、呆れたように笑みをこぼす。

「それはまぁ、無理でしょうね」
「……馬鹿にしてるの?」
「まさか。ただ、ホワイトスターに伝わる剣が貴女のような一般人のために覚醒するはずがないと、そう思っただけです」
「……微妙に酷いわね」

 デスタンの嫌み混じりな発言には、さりげなく傷ついてしまう。

 だが今は、そんなことはどうでもいい。
 今大切なのは「いかにして敵を退けるか」であって、「嫌みを言われて傷ついた」などということはさほど重要でないのだ。

「では早速。こいつらを蹴散らしましょう」
「えぇ……私もやってみるわ」

 敵はまだ次から次へと現れ続けている。敵は皆小柄で、戦闘能力もさほど高くはない。ただ、草木の隙間から突然飛び出してくるので、いちいち驚かされてしまう。それに、素早く倒しておかなくては数が増えていってしまう。そこも何げに厄介な点である。

 けれど、だからといって弱気になっている場合ではない。

「エアリ! わ、わたくしも何か加勢を……!」
「リゴールは自分の身を護ってて!」
「は、はい……」

 柄を握り、剣を振る。
 素人ゆえ正しい扱い方はできていないだろう。だが、それでも敵を消滅させることはできる。

 剣術コンテストではない。
 敵を倒すことさえできれば、それで十分だ。

「デスタン! よ、良ければわたくしも……」
「結構です」
「早くないですか!? わたくしまだ、何も申しておりませんよ!?」

 ショックを受けたような顔をするリゴール。

「戦えない状態の人は黙っていて下さい」
「なっ……!」

 デスタンは、リゴールとそんなやり取りをしながらも、敵を次々倒していく。それも、武器は使わず、だ。自身の肉体だけで敵を圧倒している様は、「勇ましい」だとか「強い」だとかを通り越し、「美しい」と表現したくなるような華麗さである。

 負けていられない。
 私も役目を果たさなくては。

 湧いてくる敵を相手に華麗に戦うデスタンを見ていたら、改めてそう思った。


 戦い続けることしばらく。
 敵の出現が止まった。

 それまでは、泉のように湧き出てきていたのに。

 不思議に思い、デスタンの目を合わせる。彼も訝しんでいるような顔をしていた。

 ——直後。

 強い風が吹いた時のような葉と葉が擦れ合う音と、「ふはははははァ!!」という馬鹿みたいな笑い声とが、重なって、耳に飛び込んでくる。また、それと同時に、蔓のようなものに掴まった人影が急接近してくるのが見えて。デスタンは警戒心剥き出しの顔つきで、その人影の方向へと一歩踏み出した。

「ふはははははァ!!」

 人影は蔓から飛び降りる。

 その正体は——グラネイトだった。
 灰色がかった肌。すらりと伸びた手足。ワインレッドの燕尾服。

「このグラネイト様が、王子を倒しに、わざわざここまで来てやったぞ! 感謝せよ!!」

 グラネイトは片手の手のひらを私たちの方へ向け、決め台詞であるかのような気合いの入り方で発した。

 反応に困ってしまう。
 どう返せば良いのか、まったく分からない。

「またか」

 デスタンは、呆れることさえ煩わしい、というような顔をしている。

「また、とは何だ! 失礼な!」

 グラネイトは腹を立てたらしく、デスタンが「また」と言ったことに抗議する。しかし当のデスタンはというと、そんな抗議には欠片も関心がないらしく。グラネイトに接近し、その首を右手で掴んでいた。

「うぐッ!?」
「……害悪は滅べ」

 デスタンは、掴んだグラネイトの首を、一気に自分の体へ引き寄せる。そして、体が下がったグラネイトの鳩尾に、膝を食い込ませる。

「ぐはぁッ!?」

 やる気満々で姿を現したグラネイトだが、既に、見事なまでにやられている。
 背の高さでは圧勝しているにもかかわらず、だ。
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