あなたの剣になりたい

四季

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episode.68 観戦とその後

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 鳴り止まない異様なほどの歓声が、空気を激しく揺らす。一時間もこの歓声を聞いていたら、耳を痛めてしまいそう。

 そんな中に、私はいた。

 リゴールは歓声に驚き戸惑っているらしく、固い表情になっており、また、両耳に手を軽く当てている。耳へ飛び込んでくる大きな音を少しでも小さくしようとしているのかもしれない。

 一方デスタンはというと、直前までと少しも変わっていない落ち着き払った表情で、フィールドをじっと見下ろしていた。髪で隠れていない右目は、フィールドに向かって、真剣な眼差しを放っている。

 二人の様子は正反対。

 ちなみに、私は、どちらかというとリゴール寄りである。

 他者との接触を避けるような生き方をしてきたわけではないが、ここまで騒がしい場所に放り込まれるのは初めてかもしれない。

 大迫力の歓声が飛び交う中、フィールドには参加者のうち二人が向かい合わせに立つ。

「そろそろ始まりそうね、リゴール」
「ですね」
「どんな戦いが見られるのかしらね」


 それから、フィールドではいくつもの試合が行われていった。

 参加者は男性が多かったが、女性がいないということはなく、十数名の参加者のうち三人ほどは女性だった。

 戦いを見ていて私が意外に思ったのは、女性であってもそれなりに戦えていること。そして、相手が男性であっても怯まず挑んでいっていることだ。

 特に印象に残った剣士の少女などは、可愛らしい雰囲気の容姿ながら、木製の剣で対戦相手の男性を軽く蹴散らしていた。


 二時間ほどが経過して、武芸大会は終了した。

 始まる前は「観ているだけというのも結構疲れそうだな」などと思っていたのだが、案外そんなことはなく。始まってしまえば、不思議なくらいあっという間に時が過ぎた。

 私がさりげなく気に入っていた剣士の少女の結果は二位。
 決勝戦まで残ったものの、対戦相手の屈強な男に、最後の最後で負けてしまったのである。

 一位になれず、少し残念。

 ただ、女性ながら二位の座を手にしたというのは、素晴らしいことだと思う。

「終わりましたね」

 大会中、ずっと真剣な顔つきでフィールドだけを見つめていたデスタンが、ようやく私たちの方へ視線を向けた。

「なかなか熱かったわね!」
「……貴女、目的を忘れていませんか?」
「わ、忘れてなんてないわよ!」
「なら良いのですが」

 そう。私たちは戦いを楽しむためだけにここへ来たわけではない。私たちがここへ来たのは協力者を探すため。それを忘れてはならない。

「では行きましょうか」

 そう言って、デスタンは席から立ち上がる。

「もう行くの?」

 私がそんな風に問うと、デスタンは「はい。何事も早い方が良いですから」と述べた。

 直後、デスタンが立ち上がったのを目にしたリゴールは、すっと腰を上げる。座っているのが三人のうち自分一人だけになってしまったため、私は慌てて立ち上がった。

 誰に声をかけるつもりなのだろう? と考えながら、私はデスタンの背を見つめて歩く。


 私たちが一階へ降りた時、建物の入り口付近には既に人だかりができていた。係の人は「押し合わず、お並び下さい」と大声を発している。が、言葉など何の意味も持たず。結局、係の人の注意によって人だかりが整理されることはなかった。

「な、何ですか……この人の群れは……」

 人の海ではぐれてしまわないよう手を繋いでいるリゴールが、恐ろしいものを見たかのような調子で漏らす。

「凄い人よね」
「はい、本当に……めまいがしてきま——」

 直後。
 リゴールと繋いだ手にかかる重みが、急に大きくなる。

「ちょっ……!?」

 異変を感じ、思わず叫ぶ。

 だが返事はなく。
 その数秒後、リゴールの体が私の方へと倒れ込んできた。

 彼の細い体を包むように支え、「どうしたの!?」と声をかける。すると彼は「……いえ、その……」と掠れた声で返してきた。

 意識を失ってはいないようだ。

 けれど、だからといって油断はできない。

 いくらリゴールが華奢な体をしているとはいえ、この人混みの中で彼を支えながら歩くというのは無理がある。それに、この状態では、誰かに声をかけに行くなんて不可能だ。そんな余裕はない。

「どうしたの?」
「……少し、気分が」
「気分が悪いの?」

 デスタンはリゴールの様子の変化に気がつかなかったらしく、一人歩いていってしまう。
 可能なら名を呼んで止めたいところだが、ここで彼の名を叫ぶわけにはいかない。もし敵が人込みに紛れ込んでいたら大変だからだ。

「と、取り敢えず……人混みから離れましょ」

 デスタンを呼ぶことは諦め、ひとまず人混みから外れることにした。


 人通りが少ない建物の隅へ移動し、リゴールを地面に座らせる。
 王子だった人をこんなところへ座らせて良いのだろうか、と思いつつ。

「大丈夫?」
「はい……」

 リゴールは壁にもたれ、小さく肩を上下させる。

「怪我したわけではないわよね?」
「はい……」
「なら良かった。きっと、急に人混みに入ったせいね」
「情けない……申し訳ありません……」

 こうしていると思い出す。
 リゴールと初めて出会った日を。

 あの時も、彼は今みたいに、壁にもたれかかっていて——そんな彼に、通りかかった私が声をかけたのだ。

 思えばそれが、すべての始まりだった。

 私は彼の横にそっとしゃがみ、小さく声をかける。

「何だか懐かしいわね」
「……エアリ?」

 リゴールは戸惑ったような表情を浮かべた顔を向けてくる。

「懐かしい……とは?」
「初めて会った日も、こんな感じだったじゃない。リゴールは壁にもたれかかってて」

 するとリゴールは、過去を懐かしむような微笑みを口元に湛えながら、静かに瞼を閉じた。

「……そうでしたね」

 デスタンを呼び止めることができなかったことは少し後悔している。だが、リゴールが穏やかな表情を浮かべているのを見たら、心から「良かった」と思えた。

「懐かしいです、本当に……」
「あの時声をかけてみて良かったわ」

 私がそう言った瞬間、リゴールは急に顔をこちらへ向けた。かなり驚いているような顔をしていた。

「それはまことですか!?」
「え」
「声をかけて良かったと、本気で言って下さっているのですか!?」

 いきなり凄まじい勢いで問いを投げかけられたことに戸惑いつつも、はっきり答える。

「本当よ。だって、あの時声をかけてみなかったら出会えなかったんだもの」

 途端にリゴールの瞳が潤んだ。

「エアリッ……!」
「え?」

 リゴールは私の体を抱いた。
 強く、抱き締めた。

 私が困惑していることなどお構い無しに。

「ありがとうございます……! 嬉しいです……!」
「え、ちょ、あの」
「これからも傍にいて下さいますか?」
「え、えぇ。それはそのつもりだけど……」

 ——その時。

「ちょっと! こんなところで何してるの!」

 鋭い声が飛んできて、慌てて声がした方を向くと、そこには一人の少女が立っていた。
 そう——私が密かに応援していた、二位になった少女が。
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