あなたの剣になりたい

四季

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episode.86 奪還作戦の行方

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 剣使いの兵を倒したリゴールは、地面に横たわっているデスタンへ駆け寄る。

「デスタン! 起きて下さい! デスタンッ!」

 倒れているデスタンの周囲には、赤い飛沫が散っている。しかしリゴールはそんなことは気にせず、デスタンの体を左右に揺さぶる。

 それでも、デスタンの体は動かない。
 リゴールの青い瞳には、涙の粒が浮かんでいた。

「デスタン! 返事をして下さい!」

 早くここから離れなければ。もたもたしていては捕まってしまう。捕まったりなんかすれば、ここまでの頑張りが水の泡だ。

 ——でも。

 だからといってデスタンを見捨てるわけにもいかないし、そんな選択はリゴールが許さないだろう。

 私はひとまず、リゴールとデスタンの方へ駆け寄る。
 すると、リゴールが今にも泣き出しそうな目でこちらを見てきた。

「エ、エアリ……ど、どうし……」
「反応がないの?」
「は、はい……」

 リゴールは震えていた。
 指先も肩も、瞳も、声も。

 きっと、とても不安なのだろう。

 デスタンはあくまでリゴールの護衛。けれど、すべてを失ったリゴールにとっては、家族のような存在でもあっただろう。そのデスタンが倒れてしまったのだ、落ち着いていられないのも分からないではない。

「リゴール。彼を持ち上げられる?」
「え……」
「できる?」

 二度目に問った時、リゴールは手の甲で目元を拭って頷いた。

「……はい」

 彼の目元はいまだに潤んでいるし、頬にも涙の粒が通った跡が残っている。だが、それでも彼の心は、完全に折れきってはいないようで。青い双眸には、悲しみと懸命に戦おうとしているような色が浮かんでいた。

「私も手伝うわ。なるべく静かに、持ち上げて」

 剣をペンダントに戻し、自分の首にかける。

「はい」

 私は頭部側を、リゴールは足の方を、それぞれ持つ。
 そうして、脱力したデスタンの体を協力しながら持ち上げる。

 デスタンは成人男性だ、そこそこ重いだろうな——そう覚悟してはいたのだが、彼の体は、私が想像していたよりずっと重かった。

 リゴールと協力して、やっと、何とか宙に浮かせることができる。
 そのくらい、重い。

 脱力している人間の重さは、その人の普段の重さより、ずっと重い。それはいつかバッサから習った。けれど、まさかここまで重いとは。

「持ち上がりましたが……これで、どう、するのです……?」
「脱出するのよ」
「だ、だっしゅ……!?」

 眉を寄せ、目を丸くし、口を大きく開いて。
 まさに驚いている人! というような顔をするリゴール。

「急ぐわよ」
「え、えっ……しかし……」
「いいから」

 そう言って、歩き出す。
 リゴールは顔面に戸惑いの色を浮かべたまま、それについてきてくれた。


 あと十歩ほどで処刑場を出られる、という時。
 正面から一人の兵が駆けてきた。

 上の尖った帽子を被った、軽装の男性兵士。手には槍。

「賊め! 逃がさん!」

 勇ましく叫ぶ彼の目が捉えているのは、私。
 どうやら、私を倒したくて仕方がないようだ。

「き、来ますよ! エアリ!」

 後ろでリゴールが発する。私は「分かってるわ!」と返し、持っていたデスタンの肩を地面へそっと置く。そしてすぐにペンダントを手に取り、剣へと変化させる。

「覚悟しろ! 女!」

 それはこっちのセリフよ。

 心の中で、言ってやる。

 彼は仲間の兵を斬られて私を憎んでいるのかもしれないが、こちらとてデスタンを斬られているのだ。

 どちらが悪いなんて言えない。
 こればかりは、お相子。

 兵は接近しきるより早く槍を振る。柄の長さを活かした攻撃だ。
 こちらも負けじと剣を振り、槍の先を弾き返す。

 もうじき、兵本体が攻撃可能範囲に入る。そうなれば、もうこちらのもの。

「おおお!」

 興奮状態の兵は、こちらから攻撃できる範囲に入ることも厭わず、考えなしに突っ込んでくる。

 ——迷うな。

 自身に言い聞かせ、私は剣を振った。

 紅は散る。その飛沫は、この身さえも濡らす。剣の先は痛々しいほどに染まるけれど、今だけは、何も感じない。

 兵はその場にずしゃりと倒れ込んだ。

「……お見、事……」

 背後から聞こえた掠れた声に驚き、振り返る。
 すると、仰向けに横たわっているデスタンの瞼が、ほんの少しだけ開いていた。

「デスタンさん!」
「……今の、は……なかなかです……」
「気がついたの!」

 私は彼に駆け寄る。
 そして、リゴールの方へ視線を向けた。

 リゴールの瞳は今にも涙が溢れ出そうなほどに湿っている。が、彼の表情は、直前までより明るいものに変わっていた。希望の感じられる顔つきだ。

 それから私は、再び、デスタンの方へ視線を戻す。

「動ける?」

 そう問うと、彼は考えるように黙った。
 それから五秒ほどが経ち、目を細めて「いえ」と答える。

「動けないの?」
「……はい」

 デスタンは気まずそうな顔をする。それを見て、私も気まずいような気分になってしまう。そして訪れる、ほんの数秒の沈黙。

 やがてそれを、リゴールが破った。

「引き上げましょう……エアリ……」

 そうだ。
 のんびりしている時間はない。

「えぇ。じゃあデスタンさん、少し運——」

 言いかけた、刹那。

「その必要はない」

 そんな風に述べる女性の声を聞き、顔を上げる。
 声の主はウェスタだった。
 いつの間に処刑場内へ戻ってきたのか。まったく気づかなかった。

「ウェスタさん」
「……ここから直接、あちらへ飛べばいい」

 彼女は静かにそう言って、仰向きに横たわっているデスタンのすぐ傍へ行く。そして、しゃがみ込む。そうして、指を揃えた手をデスタンの体に当ててから、私とリゴールへ「準備して」と指示を出した。

 私は彼女の片腕をそっと掴み、怪訝な顔をしているリゴールにも、同じことをするよう促す。と、彼は素直にそれに従った。

「脱出する」

 ウェスタは呟く。

 こうして、私たちは処刑場から去った。
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