あなたの剣になりたい

四季

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episode.87 護れるのは、貴女だけ

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 母の手のように優しい風が、木々を揺らし、頬を撫でる。
 気づけば私たちは、地上界へ戻ってきていた。

「……到着」

 呟くのは、ウェスタ。

 傍には、面に戸惑いの色を浮かべたリゴールと、仰向けに横たわっているデスタンの姿があった。
 全員帰ってくることができたようだ。

「ウェスタさん、ここは?」
「……貴女の屋敷の近く」
「もうそんなところまで!?」
「そう」

 デスタンの体を抱き上げるウェスタ。

「兄さんを……貴女の屋敷へ連れていく」
「そうね!」


 こうして、私たちは四人は、屋敷へ戻った。

 屋敷に戻るや否や、私たちのことを心配してくれていたエトーリアが飛び出してきて。さらにその後、バッサやリョウカとも再会した。

 デスタンはエトーリアが呼んでくれた医者による治療。リゴールもついでに確認。そして私は、赤く染まった服を着替えた後、リョウカと二人、別室で待機。

「もー、エアリったら! 心配したよ!」
「ごめんなさい、リョウカ」

 椅子に腰掛け、バッサが淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、リョウカと話す。ようやく戻ってきた、穏やかな日常。素晴らしい。

「入ってきた賊たちは、まとめて地区警備兵に差し出してきておいたからねっ」

 リョウカの溌剌とした笑みに癒やされる。

「そうだったの。ありがとう」
「うんっ」
「あ、そういえば。リョウカに教わった剣術、少し役に立ったわ」

 そう言って、ふと思い出す。

 紅の飛沫が散る光景を。

 鮮明に。生々しく。
 あの瞬間の光景は、今でも脳にこびりついている。

「……っ」

 思い出したくない記憶を思い出し、吐き気が込み上げる。

「エアリ?」

 胃が熱くなる。気を抜いたら口から何かを出してしまいそうな、そんな感覚。弱いところを見せたくはないが、こればかりはどうしようもない。

「エアリ!?」

 リョウカが不安げに叫ぶ。
 でも、答えられない。

「急にどうしたの? 大丈夫?」

 何か返したいのに、うんともすんとも言えなくて。

「エアリ! エアリ!?」

 駄目だ。動けない。返事もできない。
 今私は、込み上げる嫌な感覚に支配されていた。


 ——気がついた時、私は、自室のベッドに横たえられていた。

「気がついたのね、エアリ」
「大丈夫っ!?」

 ベッドの脇にはエトーリアとリョウカ。

「……母さん、リョウカ……」

 重い瞼を持ち上げながら言う。
 胃から何かが込み上げるような嫌な感覚は、既に消えていた。ただ、なんとなく体が重い。

「何があったの? エアリ」
「……分からないわ」

 不安げな表情のエトーリアが放った問いに、はっきりとは答えられなかった。

「思い出したくない光景を思い出して……それで……」
「そう。そういうことなら仕方ないわね。思い出したくないことは、誰にだってあるものだものね」

 エトーリアはすっと立ち上がる。

「じゃ、そろそろ失礼するわ」
「母さん……」
「用があればいつでも呼んでちょうだい、エアリ」
「……えぇ」

 エトーリアはあっという間に部屋を出ていってしまう。

 待って、なんて声をかける時間はなくて。本当はもう少し傍にいてほしいと思ったりしたけれど、言えなかった。

 室内に一人残ってくれているリョウカに対し、謝罪する。

「迷惑かけたんじゃない? ごめんなさい」

 しかしリョウカは、首を左右に動かす。

「ううん。気にしないで。困った時はお互い様だよ」

 彼女の言葉に、私は救われた。

「ありがとう、リョウカ」
「ううん」
「それでも、ありがとうって言わせて」

 するとリョウカは少し驚いたような顔をして。

「う、うん。そこまで言うなら……ありがとうって言っていいよ」

 彼女は少し戸惑っているようだ。もしかしたら、私の言い方は不自然だったかもしれない。


 その日の夜。
 私はデスタンの部屋を訪ね、そこで初めて彼の容態を耳にした。

「そんな……元通りにはならない……?」
「はい」
「そんなことって……」

 医者から「日常生活はともかく、運動できるところまで回復するかどうかは分からない」と告げられたという事実を明かしたのは、外の誰でもない、彼自身であった。

 残酷な現実と対峙しているというのに、デスタンは、不自然なくらい落ち着いている。明確な原因は分からず、希望なき未来を告げられたのだから、少しくらい取り乱しても良さそうなものなのだが。

「こうして話すことができているだけ、幸運です」
「……でも」
「暗い顔をしないで下さい。同情は必要ありません」

 デスタンはうつ伏せでベッドに寝ながら、静かな調子で発する。

「貴方は……平気なの?」
「当然の報いと言えるでしょう」
「……どうしてそんなに冷静でいられるのよ」

 なぜ淡々としていられるのか分からない。私には、彼が理解できない。

「それは……いずれこうなると分かっていたからです」
「動けなくなると、予感していたというの?」

 デスタンの黄色い瞳に宿る凛々しい光は消えていない。ただ攻撃性は低い。日頃より、ほんの少し大人しい雰囲気だ。

「……いえ。そこまで分かっていたわけではありません。ただ、いずれ何かしらの形で報いを受けるだろうということは、分かっていました。……想定の範囲内です」


 室内には、私とデスタンだけ。
 言葉にならない静けさだ。

「そう……だったのね」

 私が返せる言葉は、そのくらいしかない。聡明な人間であれば、もっと気の利いた言葉を見つけられるのかもしれないが、今の私には無理だ。

「これからは、王子を頼みます」
「え……わ、私?」
「はい。今の貴女なら、王子を護ることができるはずです」

 いきなりそんなことを言われても、困ってしまう。

「……まだ無理よ、そんなの」
「できます」
「……けど!」
「王子を護れるのは、貴女だけですから」

 そんな風に言われたら、断れない。
 私がやらなければ! と思ってしまいそうになる。

「今日は妙に私を信頼してくれているのね、不気味だわ」
「不気味? 失礼な。私はただ、いつでも自分に正直なだけです」
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