あなたの剣になりたい

四季

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episode.93 かつての刺客二人組

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 少し前までブラックスターからの刺客だったグラネイトとウェスタ。二人が道端で芸を披露しているなんて、微塵も想像してみなかった。これはかなりの衝撃である。

「あの人って……」

 ウェスタを凝視しつつ、不安げに漏らすエトーリア。

「大丈夫よ、母さん。二人はもう敵ではないの」

 不安にさせてはいけないと思い、言葉をかける。するとエトーリアは、怪訝な顔をしながら、視線をこちらへ向けてきた。

「……そうなの?」
「今はもう敵じゃないの。まぁ、まさかあんなことをしているとは思わなかったけどね」

 苦笑いしつつ述べる。
 するとようやく、エトーリアの表情が柔らかくなった。

 僅かに、だが。

「ならどうする? 話しかけてみる?」

 エトーリアにそう問われたが、すぐには返せなかった。なぜなら、話しかけるべきなのかどうかすぐには判断できなかったから。知り合いだから、話しかけてはいけないということはないのだろうけど。でも、話しかけないでおいた方が良いのかなと思う心もあって。

「……エアリ?」
「ま、べつに、話しかけなくてもいいかもしれないわね」

 二人が話しかけてほしいと思っている可能性は低いはずだ。話しかけないでほしいと思っているかどうかは別として。

 だから私は、そっとしておくことに決めた。

「じゃ、行きましょっか」

 エトーリアの言葉に、私は頷く。

 そして歩き出した——刹那。

「エアリ・フィールド!」

 背後から、声が飛んできた。

 声の主はグラネイト。
 彼は人だかりを押し退け、私に駆け寄ってきていた。

「なぜ見なかったかのように流すッ!?」
「え、えっと……」

 手首を掴まれてしまった。これはもう、見なかったことにはできない。面倒臭さも若干あるが、話すしかなさそうだ。

「声をかけないのはなぜだ!?」
「え、いや……邪魔しちゃ悪いかと……」
「ふはは! 寂しいぞ!」

 それまでは芸を続けていたグラネイトが、急に私のところまで駆けたのを見て、観客たちは不思議そうな顔をしている。

「暇なら、グラネイト様の芸を見ていってくれ!」

 ……もう見た。

 けれど、そんなことは言えなくて。

「そ、そうね。分かったわ」

 私はそう答えた。


 グラネイトに発見され捕まってしまった私は、結局、彼らの演技をまたしても見ることになってしまった。心優しいエトーリアは付き合ってくれたので、一人にはならず、そこは良かった。だが、グラネイトの芸はやはり何ともいえない雰囲気で。笑えないし、感動もしなかった。

 芸が終わると、人だかりはみるみるうちに散っていく。
 一部の人たちは、ウェスタが持っている箱にお金を放り込んでいた。あの妙な芸に金を出す人がいるとは、驚きである。

 しばらくして人だかりが完全に去ると、グラネイトとウェスタは私たちのところへ歩いてきた。

「……こんなところで何をしている」

 一番に口を開いたのはウェスタ。

 長い睫毛に彩られた赤い瞳に、感情的でない顔つき、そして銀色に輝く髪。
 金属のような冷ややかささえ、彼女の魅力となっている。

「何をしている、って……私はただ、街を色々見て回っていただけよ」
「……そうか」
「ウェスタさんこそ、何をしているの?」
「……生活費が必要」

 こうして近くで見ると、彼女は本当に、デスタンによく似ている。彼女は鏡に映るデスタンのようだ。髪や瞳の色はまったく異なっているにもかかわらず、である。

 聡明さの表れた目鼻立ちの奥に潜む、複雑な色。
 仮面のような顔から見え隠れする、燃え上がる心。

 多分、そこが似ているのだ。

「そうだったの」
「……そう」
「けど、良かったわ。グラネイトさんと合流できたみたいで、安心した」

 グラネイトとウェスタ。二人はブラックスターにいた頃からの友人だから、きっと、上手くやっているのだろう。

「……ありがとう」
「元気だった?」

 そう問うと、ウェスタは怪訝な顔をする。

「なぜ……そこまで気にかける」

 ウェスタの口から出た言葉は、私にとっては意外なものだった。

「我々はブラックスターの人間だ。お前たちを傷つけた。にもかかわらず、なぜ……そんな風に接するのか、理解できない」

 真剣な表情で発するウェスタに、グラネイトはいきなり肩を組にいく。

「ふはは! ウェスタは考えすぎだ!」
「……グラネイトには聞いていない」
「ふはは! 大概のことは気にしたら負——ぐはぁ!」

 妙なノリで絡むグラネイトの腹に、ウェスタの肘が突き刺さる。

 肘での一撃は、静かだが、かなり威力がありそうだ。

 しかも、それだけでは終わらない。ウェスタは自身の腕を握ろうとしていたグラネイトの片手を掴み、指を逸らせる。

「あだだだだ!」
「……余計なことをするな」
「ごっ、ごめ、ごめっ、ごめんて!」

 ウェスタは容赦なかった。
 痛みにジタバタするグラネイトを見ていたら可哀想になり、余計な発言と分かりながらも言ってしまう。

「あ、あの、ウェスタさん……止めて差し上げては……」

 それに対しウェスタは、淡々と返してくる。

「理解力のない人間は、物理でいかねば止まらない」

 それ以上は何も言わなかった。

 これが二人の関わり方なのだとしたら、第三者が勝手な感覚で口出しするのは良くない——そんな風に思ったからだ。

 傍にいるエトーリアは、戸惑いつつ苦笑していた。

「……ところで。兄さんはどう?」

 答えづらい質問が来てしまった。
 私は思わず言葉を詰まらせる。

「えっと……」

 ウェスタの眉間にしわが現れる。

「言えないような様子?」

 怪しまれている!
 勘違いをされては困るので、ここは、はっきりと返さなくてはならないところだ。

「い、いいえ! 意識はしっかりしているし、元気そうではあるの! ……ただ、体が」

 私が言い終わるのを待たず、ウェスタとグラネイトが同時に発する。

「「体が!?」」

 少し空け、答える。

「……斬られた傷のせいかどうか分からないけれど、すぐには戻らないみたいなの」

 打ち明けるのは怖かった。特に、ウェスタの存在は恐ろしかった。彼女の憎しみが私に向くのではなどと考えてしまって。

 ウェスタは物分かりのいい人。だから、理不尽に憎しみを向けてきたりなんかはしない。
 そう信じている。

 けれど、信じていても、不安があることに変わりはない。

「……生きては、いるの」

 やがて口を開いたのはウェスタ。

「え」
「兄さんは生きている。それは事実なんだね」

 確認に、私は強く頷いた。
 するとウェスタの表情がほんの僅かに柔らかくなる。

「……なら、良かった」
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