あなたの剣になりたい

四季

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episode.94 いくつもの遭遇

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 グラネイトとウェスタ、ブラックスターを脱退した二人と別れ、私はエトーリアと共に歩き始める。

 舗装された道に入ると歩きやすくなってきて、どんどん足を前へ進めることができた。

 エトーリアは歩くのが早い。
 けれど、舗装された道であれば私も遅れはしない。

 私たちは進む。

 クレアの街並みを眺めながら。


 やがて、分岐点に差し掛かった。
 二つの方向に分かれる直前で足を止めたエトーリアが、振り返り、尋ねてくる。

「どっちへ行く?」

 唐突に問われ答えられるほど簡単な二択ではない。

 そもそも、私はクレアのことはよく知らないのだ。だから、分岐点が来たからといってどちらへ進むか聞かれても、答えようがない。どちらへ進めば何が待っているのか、それを知らないのにどちらかを選べなんて、難易度が高過ぎだ。

「答えられないわ。だって、どっちに何があるか知らないもの」
「確か……右が商店街で左が飲食店街だった気がするわ」

 それを先に言ってほしかった。

「じゃあ、左にしようかしら」
「さすがエアリ! 素敵な選択ね!」

 左が素敵な選択ということは、右は何なのだろう。もし右を選んでいたら、注意でもされたのだろうか。


 分岐点を左を選んだ。

 選んだ方向へ歩み出してから数分も経たないうちに、飲食店が並ぶ通りに突入。
 パーラーから本格的なレストランまで、幅広い飲食店がずらりと並んでいるその様は、もはや壮観としか言い様がない。

「こんなところがあるなんて。知らなかった」

 賑わっているのも、案外悪くない。

「エアリはあまり出掛けられなかったものね」
「えぇ。……けど、おかげで無事大きくなれたわ。酷い怪我も事故もなかったし」

 隣を歩くエトーリアと話しながら、ゆったり足を動かしていた時——ふと、見覚えのある顔が視界に入った気がした。

「ちょっと待って、母さん」

 見覚えのある顔を探し、首を回す。暫し周囲を眺めた後、私はついに、その見覚えのある顔を発見した。
 ある一軒のカフェ。その店外にあるパラソル付きの席に、彼女は一人座っていた。

「ミセさん!」

 名を呼ぶと、彼女は面を上げる。
 そして数秒後、私の存在に気づく。

「あーら」
「お久しぶりです、ミセさん」

 私は彼女のもとへ駆け寄る。
 エトーリアは待ってくれていた。

「久々ねぇ」
「ミセさん、なぜこんなところに?」
「なぜ、ですって? 暇だったから遊びに来ていた、ただそれだけよ」

 ほんのり色づいた厚みのある唇が、甘い雰囲気を漂わせている。

「そういえば、アタシのデスタンはどう? 元気かしらー?」

 問われてから、しまった、と焦る。

 こんなことを言ってはいけないかもしれないが、ミセに声をかけてしまったことを後悔した。

 彼女と話せばデスタンの話が出てくるのは当然のこと。それゆえ、迂闊に彼女に話しかけてはならなかった。

 話しかけるなら、それなりの覚悟を決めて。
 そうでなければならなかったのだ。

「……は、はい」

 どう言葉を返すべきか分からず、しかし黙っているのも不自然だと思い、結果、私は小さな声で答えた。

 するとミセは訝しむような顔をする。
 今日はそんな顔をされてばかりだ。

「あーら。何かしら、その自信なさげな言い方は」
「お元気です……心は」
「心は? それはつまり、体は元気でないということ?」

 ミセを心配させたくはないが、嘘をつくわけにもいかず。

「はい……」

 私は首を縦に動かした。
 刹那、ミセは私の肩を掴んでくる。

「ならこうしてはいられないわ! アタシが元気をあげなくちゃ。彼に会わせてちょうだい!」
「え……」
「今の家、ここからそう遠くはないのでしょう!?」
「ま、まぁ……」

 徒歩だと結構な距離があるが、馬車に乗ればあっという間だ。

「少し待って下さいね」

 私はそう言って、背後にいるエトーリアの方へ顔を向ける。そして、彼女に向かって問いを放つ。

「母さん。ミセさんを家へ連れていっても構わない?」

 エトーリアは穏やかに返してくる。

「構わないわよ。エアリがそうしたいならね」

 エトーリアなら許してくれると信じていた。だが絶対的な自信があるわけではなかったため、彼女の口から発された答えを聞いて安堵した。

 こうして、私たちはミセと合流。
 それからは三人でクレアを歩き、馬車に乗って家へ帰った。


 屋敷に戻り、エトーリアと別れてから、私はミセをデスタンの部屋まで案内する。
 その間、私の心臓の拍動は加速するばかり。言葉を発することもできず、黙って歩くことしかできなくて。

 ただ唯一の救いは、ミセが何も言ってこなかったこと。

 緊張で脳が埋め尽くされている状態で、さらに話しかけられるとなれば、私はきっと、とんでもないことになっていただろう。


 静寂の中、歩くことしばらく。デスタンの部屋の前へ到着した。

「ここなのー?」
「はい」

 私は扉を数回ノックする。
 そして、扉を開けた。

 向こう側に人がいる可能性もあるため、事故が起こらないよう気をつけながら。

「失礼します」

 ゆっくり扉を開けると、ベッドの脇に座っているリゴールがこちらを向いた。

「エアリ!」

 それから彼は、ベッドに仰向けに寝ているデスタンに向かって言葉を発する。

「デスタン、エアリが帰ってきましたよ」
「良かったですね王子」
「デスタンも喜んで下さ——あ」

 言いかけて、リゴールは唇を閉ざす。彼の瞳には、私の背後にいるミセの姿が映っていた。

「あーら、リゴールくん! こんにちはー!」

 リゴールは戸惑った顔をしつつも立ち上がる。そんな彼に、ミセは屈託のない笑みを浮かべながら歩み寄っていく。

「こ、こんにちは」
「久々ねぇー!」

 ミセは立ち上がったリゴールの華奢な体をぎゅっと抱き締める。今の彼女は、まるで、息子との再会を喜ぶ母親のよう。ただならぬ包容力を漂わせている。

「それでー……」

 リゴールを抱き締め終えると、ベッドで寝ているデスタンへ視線を移す。

「アタシのデスタン、何をしているの?」

 ミセの問いに、ベッド上のデスタンの表情が固くなった。
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