プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

文字の大きさ
6 / 141

episode.5 杖のプリンセス

しおりを挟む
「これを見てください」

 剣のプリンセスは、私の身体を引き寄せると、首から下げているコンパクトをパネルに向ける。

『それは……!』

 パネルに映し出されている女性はハッとしたような顔をした。

「彼女は世話になっている女性です。そして、彼女が、偶然これを持っていました。あたしは知りませんでしたけど、盾のプリンスは少し知っているようだったので。杖のプリンセスはこれをご存知ですか?」

 剣のプリンセスが尋ねると、パネルに映し出されている女性は『もちろんです』と返す。

 このコンパクトがそんな特別なものだったなんて知らなかった。母親が遺してくれた、ということは聞いていても、それ以上の特別な意味があるなんて夢にも思っていなかった。

 だから今もまだ信じきれていない。
 このコンパクトが特別なものだなんて。

『その女性は一体何者なのです……?』

 怪訝な顔をしつつ言葉を発する杖のプリンセス。

「フレイヤさんて言います。普通の人間の女性みたいなんですけど」
『人間……そうですか、分かりました。ただ、一度話をしてみたいところではありますね』
「ですよね! あたしたちもそう思っていたんです!」
『ではこちらへ来ますか? 杖のキャッスルはまだ被害を受けていませんので』
「じゃあそれで! ぜひよろしくお願いします!」

 その後私は杖のキャッスルなる場所へ行くこととなった。

 剣のプリンセスと盾のプリンスが同行してくれるという話だが、不安がないわけではない。未知の世界へ行く、という行為は、どんな時でも不安を感じさせるものだ。だが、だからといって下がる気はないし、逃げる気もない。

 捕虜や奴隷でないだけ幸運だと思おう。

「振り回してごめんなさい、フレイヤさん」
「いえいえ」
「早速行きましょっか!」
「はい!」

 こうして私はまだ見ぬ世界へ向かうこととなった。


 ◆


 一度意識が途切れ、次に気がついた時、私は見たことのない場所にいた。

 何と表現すれば相応しいのか。それすら分からないような光景が目に映る。特徴的なのは、通路の両脇に杖のような細いものが生えているところ。なぜ細長い杖のようなものがこんなにたくさん生えているのか謎だ。飾りなのか、それ以上の意味があるのか。私には判断できない。

 剣のプリンセスに導かれ歩くことしばらく。
 私は門の前にたどり着く。

 この門というのは、先ほど両脇に生えていた杖のような棒を横に並べて繋いだような門。ある意味、柵、という表現が近いかもしれない。
 その柵のような門の前に剣のプリンセスが立つと、それは一気に左右に動いて開いた。

「行きましょ!」
「は、はい……」

 今になって緊張してきてしまう。
 ごくりと唾を飲み込んで、私は足を進める。

 しばらく歩くと豪華な庭園のような風景が見えてきた。

 白い石で造られた円形の台があり、その真ん中には一つの椅子がある。ややくすんではいるがゴールドの艶のある素材がふんだんに使われている豪華な印象の椅子だ。そして、その真上には屋根がある。ドームのようになった半透明の屋根だ。半透明の部分は青緑系の色。

 杖のプリンセスはそこにいた。

「よく来てくださいました」

 そう言って、微笑みながら迎えてくれる。
 杖のプリンセスは上品な雰囲気をまとっている。年齢は剣の彼女よりかなり上だろうが、それでもプリンセスと呼ぶに相応しい雰囲気をまとっている。プリンセスと呼んでも意外と違和感がない。

「貴女がフレイヤさんですね」
「あ……は、はい」

 緊張のあまり目の前の彼女を直視できない。
 別の方向へ視線を向けてしまう。

「何か?」
「……美しいところですね」
「え」
「とても綺麗だと思います、この場所」

 杖のプリンセスは一瞬戸惑ったような顔をした。が、少しして私の発言を理解できたようで。ふふ、と落ち着いた笑みをこぼす。

「気に入っていただけたなら光栄です」

 彼女はそう述べた。

 杖のキャッスル、ここはまるで異世界のよう。いや、実際そうなのかもしれないが。すべてが美しく幻想的で、この世のものとは思えない。装飾の一つ一つさえも幻想的な魅力をはらんでおり、見る者を自然と魅了する。
 ややくすんだゴールドと暗めのブルーグリーンで構成されているところも大人びた魅力がある。

「わたくしは杖のプリンセス。どうか、好きに呼んでください」
「ご存知かと思いますが……改めて。フレイヤ・アズリベルです」

 念のため名乗っておく。

「フレイヤさんでよろしいですね?」
「はい。問題ありません」

 剣のプリンセスと盾のプリンスは口を挟まない。ただ見守っているだけ。どうやら私が自力で話さなくてはならないようだ。

 でもきっと大丈夫。
 杖のプリンセスは優しそうだから。

「ではフレイヤさん、早速になりますが、コンパクトの件です。まずはそれの入手経路に関してお尋ねしたいのです」

 私はそれから数時間色々尋ねられた。杖のプリンセスは冷静さを保ったまま様々なことを質問してきた。これではまるで捕虜か何かのようではないか。そんなことを思いつつも、逃げ出しはせず、一つ一つ答えた。今の私にできることはそれしかなかったから。

 解放された時には、杖のキャッスルへ来てからかなりの時間が経っているようだった。
 もっとも、ここには時計がないので、正確な時間は確認できないのだけれど。

「溶けてるわね」

 ようやく解放されだらしない格好になってしまっていた私に、剣のプリンセスが声をかけてきた。

「うぅ……疲れました……」
「長引いてたものね」

 運動したわけでもないのに、疲労感が凄い。

 今は杖のプリンセスが少しこの場から離れている。そのため緊張感は若干薄れている。が、緊張感が薄れたことによって疲労をより一層強く感じている部分もあると思う。

 杖のプリンセスは、今、他のプリンセスプリンスたちに連絡しているのだろう。
 ここを離れる前彼女はそう言っていた。

「これからどうなってしまうのでしょう……」

 今頃私のことが話し合われているのだろうか?
 悪く言われていないだろうか?

「心配?」
「……少し」

 すると剣のプリンセスは私の手を握ってくれる。

「大丈夫! どんな展開になったとしても、あたしがついてる限り傷つけさせたりはしないから!」

 真っ直ぐな瞳でこちらを見つめながら述べる剣のプリンセスを見ていたら、少し元気になれた気がした。

「剣のプリンセスさん。……ありがとうございます。とても頼もしいです」

 待つことしばらく、杖のプリンセスが戻ってきた。

「皆に話してきました」
「どうなりましたか……?」

 恐る恐る尋ねてみる。
 すると彼女は口角を僅かに持ち上げる。

「皆に会っていただくことは可能でしょうか?」
「え……は、はい。構いません、けど……」
「そういうことになりましたので。すみませんね、長時間」
「いえ……平気です……」

 杖のプリンセスと会って喋るだけでもこれほど疲労感を感じたのだ、これが大勢ととなれば凄まじく疲労することとなるだろう。

 でも、それでも。

 今はただ前へ進むしかない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。 私たちは確かに愛し合っていたはずなのに いつの頃からか 視線の先にあるものが違い始めた。 だからさよなら。 私の愛した人。 今もまだ私は あなたと過ごした幸せだった日々と あなたを傷付け裏切られた日の 悲しみの狭間でさまよっている。 篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。 勝山 光との 5年間の結婚生活に終止符を打って5年。 同じくバツイチ独身の同期 門倉 凌平 32歳。 3年間の結婚生活に終止符を打って3年。 なぜ離婚したのか。 あの時どうすれば離婚を回避できたのか。 『禊』と称して 後悔と反省を繰り返す二人に 本当の幸せは訪れるのか? ~その傷痕が癒える頃には すべてが想い出に変わっているだろう~

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...