プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.32 孤独、そして、私がまだ知らないこと

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「アイアイはかなり情けなくて頼りないかもしれないですけどー、でも、愛の魔法っていいますかそんなようなのが使えるんですっ。だからきっと少しはお役に立てるはず! です!」

 愛のプリンセスの過去は決して明るくはないものであった。
 けれども今も彼女は地上に降り注ぐ太陽の光のよう。

「って言いましても、情けないところばーっかり見せてるので説得力ないかもですけどー……でも! 何かあればフレレの力にはなりますっ! 頼ってください!」

 愛のプリンセスはわざとらしいガッツポーズをしながら軽やかに言葉を紡いでいた。

「ありがとうございます。その、本当に、気を遣ってくださって」
「いえいえっ!」
「……愛のプリンセスさん、友人になってくださいますか?」

 言ってみると、彼女は目を豪快に開いて大きな声を出す。

「ええーっ!? 何を言いますか!? もう友達ですよっ。だってこうしてお話してるじゃないですか!」

 彼女は表情や声色をくるくると変える。
 それが見ていて楽しいところだ。

 ――と、その時、彼女は急に接近してきて私の右手を握った。

「大変ですよね、こうして生きるのって」

 予想外の落ち着いた声。
 いつもの騒がしい彼女と同一人物なのか不安にさえなってくるような。

「アイアイは人の世から去りたかったから良かったですけど……特にそういうことはない方だったら不安もあるだろうなって、思うんです」
「……心配してくださっているのですか」
「ここで生きるのは孤独です。誰かと過ごせる時間も少ないですし、戦いも多いですし……きっと、いろんな意味で大変ですよね」

 私には友人はいなかった。唯一大切に思っていた祖母はもう亡くなり、人の世への未練はほとんどない。強いて言えば、残してきたのは家だけ、というような状況。それゆえ、ここで生きてゆくとしても、何かから引き離されるような苦しみは伴わない。

「でーっもっ!!」

 愛のプリンセスは急にいつものテンションに戻る。

「フレレの不安はアイアイがぜーんぶ吸収しちゃいますっ! フレレが望むなら親友にだってなっちゃいますよ! アイアイは誰かの役に立ちたいですしー、不安を抱えている人を放っておくことはできませーっん!!」

 元気だなぁ。

「だからだから! アイアイに頼ってください!」

 不安しかない。

「ま、そんなところで。今日のところはそろそろお開きにしましょっかー?」
「あ、はい。そうですね」
「でもでも! また呼びますよっ? 連絡もしますよっ? 定期的に会いましょー!」

 こうして愛のキャッスル訪問は終了。
 敵襲やら何やらで落ち着かない時間も長かったが、全体的に見れば楽しめたと思う。


 ◆


 あれから数日が経った頃、杖のプリンセスより色々な報告を受けた。

 あの後、プリンセスプリンスたち皆でミクニをどうするかについての話し合いを行ったらしく、リボンで拘束したまま愛のキャッスルにしばらく置いておくこととなったそうだ。また、その見張りの役割は愛のプリンセスに任せられたらしい。

 そして、フローラの容態についても、彼女から聞くことができた。

 フローラが敵襲の最中に負傷したという話は皆の知るところとなったようだ。
 だが、現状については、かなり希望の持てるものであった。
 羽根はほぼ完治し、背中の傷もそれほど目立たない程度には薄れてきているそうなのだ。本人が持つ秀でた自然治癒力と森のプリンセスの手当てによって順調に回復してきているとのことである。

 そんな報告の少し後。
 盾のプリンスから通信が入った。

『どうも』

 彼はいつもこんな感じだ。

「そちらは調子はどうですか?」
『健康だ。敵襲も特にない』
「そうですか。それは良かった」

 私たちは長くない言葉を数度交わした。

『そちらは敵襲に遭ったそうだな』
「数日前のことですよ。あれからは特に何もありません」
『無事で何より』
「気にかけてくださってありがとうございます」

 彼はこうして穏やかに会話している時でさえ表情を大きく変えはしない。
 常に淡々としている。

『実は少し、伝えたいことが』
「伝えたいこと……?」
『唐突で悪いが、個人的に少し伝えたいことがある』

 個人的に、というのが引っかかる。
 少しばかり怪しさを感じてしまうのだ。

「今で大丈夫そうでしたら聞きますよ」
『二人の母親についてなのだが』
「えっ。……私と貴方の母親、ということですか」
『そういうことだ。君は母親の顔を知らないと言っていただろう、だが私は少しだけ知っている。私の母親のみでなく君の母親のことも、だ』

 何を言い出すの?
 思わずそんな風なことを言いそうになった。

 もっとも、実際にその言葉を発することはなく、ギリギリのところで飲み込めたけれど。

「母のことをご存知だと、そう仰るのですか」
『それに近い』
「興味があります。……聞かせてくださいますか」

 母親に会えるなら会いたかった。それは叶わなかったけれど。ただ、母親のことがどうでもいいというわけではない。私だって人の世に生きる皆のように私を生み出してくれた人に会ってみたい。知ることが可能ならその人のことを知りたい、小さなことでも構わないから。

『君の母親がクイーンであるならば、君の母親と私の母親は親しかった』

 真剣な顔で話し出す盾のプリンスを私はじっと見つめて黙る。

『当然クイーンとプリンセスという関係ではあったが、それ以上に、二人は特別な存在だった。お互いを大切にしていたし、何より、非常に仲良しなようだった』

 私は会ったことのない母親。
 彼女が一体何者なのか、彼女はどんな風に生きたのか、興味がある。

 私が知る母親というと……クイーンになる直前に見たあの幻のような姿だけ。いや、それすらも、本当に母親なのかは定かではない。もしかしたら束の間見ていたただの夢かもしれないし。

『君と話がしたい。少しでいい、キャッスルへ来てもらえないだろうか』
「盾のキャッスルへ?」

 通話画面の中の彼はゆっくりと一度だけ頷く。

「分かりました。では、そちらへ行きますね」
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