プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.33 過去の揉め事と二人の母親

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 そちらへ行きますね、なんて一人前であるかのようなことを言いつつも、結局迎えに来てもらうことになってしまった。

 情けなさを感じつつ、盾のキャッスルを訪問する。

 今回は盾のプリンスがいるため直接壁の内側へ入ることができた。

 盾のキャッスルの座は無機質な金属のようなものでできているようだった。その椅子は、見るからに硬そうな雰囲気を漂わせていて、当然可愛らしさを感じさせるような部分はない。

 また、座の周囲も、無機質さを絵に描いたような見た目だ。
 壁から突き出た棚のようなものの上には液体や個体が入った小瓶が並んでいた。

「なんだかんだで迎えに来ていただいてしまってすみませんでした……」
「気にすることはない」
「それで……母の話ですよね。聞かせていただけますか?」

 盾のプリンスは「もちろん」とやや低めの声を発し、それから、座の奥側に設置されたテーブルの上に置かれていた赤いカバー付きの日記帳のようなものを手に取った。それから、表紙についている細いベルトを外し、日記帳のようなものを開く。とはいえ、特別ここを見せたいというようなことがあるわけではないようで、訳もなくページをぱらぱらとめくっていた。

「これは特に誰にも話してはいないことだが、この日記帳には色々なことが書かれている」
「母親のことですか?」

 彼は日記帳を手にしたまま静かに目を伏せる。
 それから少しして、口を開く。

「それだけではないが……それも含まれている。これは、我が母――先代が使っていた日記帳だ」

 互いに暫し黙って。

「私の母のことも書かれていますか?」
「もちろん。先代クイーンのことも色々書かれている。……そして、過去の揉め事についても」
「揉め事?」

 すると彼は日記帳のようなものを一旦ぱたんと閉じる。

「かつて、クイーンが子を人の世へ逃したという事件があった」

 盾のプリンスは過去の揉め事について教えてくれた。

 それは、先代クイーン――恐らく私の母だろうが、彼女が子どもを人の世へ逃したところから始まった、いうなれば内輪揉めのようなものだという。

 クイーン、プリンセス、プリンスには、その寿命が近づく頃、自然に子が誕生する仕組みになっているらしい。

 そしてそれは先代クイーンも例外ではなかった。
 彼女もまた、自然な流れとして子を得た。

 だが彼女は望まなかった――自身の子が、クイーンとして生きるという、自分と同じ道を辿ることを。

 そこで、先代クイーンは子を連れて人の世へ行くことを思いつく。そして、その子を人の世に生きる者に預ける、という道を選んだのである。

 だがその行いが波紋を呼んだ。

「プリンセスやプリンスの子として誕生したのならその運命を受け入れるほかない。そう考えていた皆はクイーンを責めた。なんということをしたのか、と。そうして孤立してしまったクイーンの味方をしたのが、私の母だ」

 彼の母親が私の母親の味方をしてくれていたのなら、彼だって私を悪くは思っていないはず。
 そう信じたいところだ。

「盾の……プリンセス?」
「そうだな」
「じゃあ、私の母は、貴方のお母様に救われたのですね」
「だが結局、二人が理解されることはなく。先代クイーンは亡くなり、後に母も亡くなった」

 私は何も言えず黙ることしかできなかった。
 重苦しい静寂だけが辺りを包み込んでいる。
 終わりなんてないのかもしれないと思えてくるような沈黙のその果てに、口を開いたのは盾のプリンス。

「そんな暗い顔をしないでほしい。何も、君を責めているわけではない」
「……でも」
「君に罪はない」
「そう言っていただけるのは……嬉しい、ですけど……」

 盾のプリンスは手にしていた日記帳をテーブルの上へ置く。

「暗い話をしてしまいすまなかった。この話は一旦ここまでとしよう。そうだ、実は見せたいものがある。面白いものがあるんだ」

 そう言って、彼はその場で腰の位置を下げた。
 テーブル下の奥の方へと腕を伸ばす。

 何をしているのだろう、と不思議に思いつつ見ていると、船のような物体が出てきた。

「それって……」
「船」

 そのままかい! と突っ込みたくなるのを堪えて。

「厳密には、船の形をした置物兼玩具だ」

 彼はその物体を両手で取り出し、日記帳が乗ったテーブルの空いているスペースにこつんと音を立てて置く。

「何に使うのですか?」
「眺めて楽しむこともできるが、別の楽しみ方もある」

 盾のプリンスは手袋を外す。素手が露わになる。人間のそれと何の違いもない指先を伸ばし、船の尻の辺りについた小さなネジのようなものをつまむ。そして、その小さなネジのようなものを回し始める。

「そのまま見ていてほしい」
「はい」

 彼が指先を離すと、船のような物体の上部にある旗をつけた棒がくるくると回転し始めた。
 操作しているわけではないのに動き続ける。

「上の棒が回るんですね」
「あぁ。そして、ここを触ると……」
「鳩が飛び出た!」

 驚きのあまり大きな声を発してしまった。

 私の声が大きかったせいか否かははっきりしないが、すぐそこにいる彼と目があって――なぜか、互いに自然と笑い合う。

 なせだろう、今は何の躊躇もなく笑うことができた。

「こういう玩具もいくつか持っている。これだけではない。君が好きなら、もっと出そう」

 母親の話はどこへやら……。

「いいですよ、そんなの。面倒でしょう」
「こういうのは嫌いか?」
「いえ、べつに、そういうわけではないですけど……」
「なら出してこよう。他にも面白いのが色々あるんだ」
「へ、へぇ……そうなんですか……」
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