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episode.37 時の城と黒き姫
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紺色の骨組みが剥き出しになったような座、その上部には屋根となっているかのように金属製風の星座早見盤のようなものが浮いている。床に敷かれているのは暗い紺色のタイル。それらを包む大きなドーム状のものは透明なガラスに似た物質で造られている。それ越しに見える遥か上空には、宇宙のような柄が描かれた巨大な円盤。そして巨大な円盤を囲むようにして大小様々な歯車が無数に存在している。
まるで宇宙を絵画にしたかのような空間――その中に、時のプリンスはいた。
銅のような色のショートヘア、右側の側頭部辺りに細い三つ編みを一本慎ましく垂らしている。顔は男性ゆえの硬さがあるつくりになっており、端に歯車のデザインがあしらわれた黒い仮面で目もとを隠している。
服装において特徴的なのは、首もとの右寄りにあるまとっているマントの留め具が歯車の形をしていることだろう。
時のプリンスは座に腰を下ろしたまま手にしていたティーカップを傾ける。赤茶色の液体がなみなみと入っていた白色のカップから一口分だけが口腔内へと移る。その間、誰に気づかれるでもなく、静かに湯気がのぼっていた。
そう、紅茶を飲むことは彼の趣味の一つなのである。
そんな穏やかな寛ぎの時間が、突如響き出した警報音で遮られる。
座から立ち上がる時のプリンス。
その目の前に一人の女性が現れる――全身が黒いもやに包まれた剣のプリンセス。
彼女は虚ろな目をしていた。本来当たり前にあるであろう瞳の中の光はなく、瞼も完全には開ききっていない。表情は真顔、それも力ないようなもの。感情など欠片ほども読み取れない。また、顔の具に動きはない。微かに何かを呟いているようにも受け取れそうだが、それも言葉は聞き取れない程度。声を大きくしたりはしていないので、会話する意思はなさそうである。
そして、剣は黒く染まりきっている。
「報告の件、か」
時のプリンスは溜め息混じりにぽそりと呟く。
そしてマントの下から木製に見える棒を取り出す。
「プリンセスとはいえ、正気でないなら容赦はせぬ」
時のプリンスは低い声で言い、棒を右手で握って構える。
黒く染まったプリンセスはその場で剣を先端が一番上に来るような向きにし、持ち手を両手で握る。すると黒いもやに覆われた刃部分から幾本もの触手のようなものが発生した。それらは、まるで意思を持っているかのような動きで、一斉にプリンスの方へと向かってゆく。
しかし。
「ふっ」
時のプリンスは身体の前で棒を回転させ迫り来る触手を跳ね除ける。
だが触手は囮。
高く跳んでいた剣のプリンセスがプリンスめがけて急降下してくる。
振り下ろされる剣。しかしプリンスは認識していた。直前まで回転させていた棒で斬撃を防いだ。剣のプリンセスの動作が一瞬止まる。その隙を逃さず、プリンスは棒の先で相手の身体を突く。棒の先端は剣のプリンセスの鳩尾に命中。強くはないところを突かれた剣のプリンセスは一旦攻撃をやめて数歩後退した。両者の間に距離が生まれる。
今度は時のプリンスが攻める側に回る。
彼は棒を振り回すようにして攻撃を仕掛けた――両手を器用に使って棒を操る。
こうして、剣と棒が激突することとなる。
剣のプリンセスと時のプリンス、本来であれば戦う必要などなかったはずの二人だ。敵対するどころか、むしろ、協力して敵と戦うくらいであったはずだった。しかし今は両者共に相手を味方とは考えていないような表情で交戦している。
響き渡るのは武器がぶつかり合う無機質な音。
棘のある音だけが空気を揺らす。
二人の戦闘能力に大きな差はなく、それゆえ、互角の戦いが続く。
しかし、互角の戦いも永遠ではなかった。
かなりの時間ぶつかり合いが続いた後、棒が当たったことで、剣が剣のプリンセスの手からすり抜けた。剣のプリンセスの手から離れた剣は凄まじい勢いで回転しながら宙を舞う。そして、二人の位置から十歩分ほど以上離れた位置に落ちる――かと思われたが、意外にもタイルの床に刺さった。
刹那、既に黒く染まっていた剣から、再び触手のようなものが発生する。
「……な」
光の速さで迫った触手が時のプリンスの両腕に絡みついた。
電撃のようなものが駆ける。
黒い稲光が音もなく空気を震わせていた。
「っ……!!」
触手から直接攻撃を受けた時のプリンスは詰まるような声を発する。
二人以外誰もいない空間に、時のプリンスの吐き出しきれないような声だけが広がる。
「プリンセスともあろう者が……このような、ことを……っ、何という……」
時のプリンスは、低い声で言葉を紡いでから、ぎりと歯を噛み合わせた。
両腕の自由を奪われた彼はそれでもまだ抵抗しようと身体を動かす。脚で反動をつけるようにして前後に揺さぶったり腹部を折り曲げるようにして上下に揺らしたりする。しかし触手は頑丈で。彼が身体を揺らしてもびくともしない。
「裏切り者、め……っ、あああ!」
彼が言い終わるより早く電撃のようなものが駆け巡り、じっとりと発生した黒いもやが時のプリンスを包み込む。
それから数秒が経ち黒いもやが晴れた時には、時のプリンスは気絶していた。
死んではいない。呼吸はあり、心臓が止まっているわけでもない。が、首は前向けにがくりと倒れ込んでいる。まるで蝋人形、声を発することも動くこともなかった。
黒に染まりきった剣のプリンセスは、プリンスが気を失っていることを確認すると、地面に刺さっている剣を引き抜き回収。剣を手にした瞬間、彼女の姿は消えた。それと同時にプリンスの姿も消え去った。
宇宙を連想させる時のキャッスルに残されたのは、誰もいない静寂だけであった。
まるで宇宙を絵画にしたかのような空間――その中に、時のプリンスはいた。
銅のような色のショートヘア、右側の側頭部辺りに細い三つ編みを一本慎ましく垂らしている。顔は男性ゆえの硬さがあるつくりになっており、端に歯車のデザインがあしらわれた黒い仮面で目もとを隠している。
服装において特徴的なのは、首もとの右寄りにあるまとっているマントの留め具が歯車の形をしていることだろう。
時のプリンスは座に腰を下ろしたまま手にしていたティーカップを傾ける。赤茶色の液体がなみなみと入っていた白色のカップから一口分だけが口腔内へと移る。その間、誰に気づかれるでもなく、静かに湯気がのぼっていた。
そう、紅茶を飲むことは彼の趣味の一つなのである。
そんな穏やかな寛ぎの時間が、突如響き出した警報音で遮られる。
座から立ち上がる時のプリンス。
その目の前に一人の女性が現れる――全身が黒いもやに包まれた剣のプリンセス。
彼女は虚ろな目をしていた。本来当たり前にあるであろう瞳の中の光はなく、瞼も完全には開ききっていない。表情は真顔、それも力ないようなもの。感情など欠片ほども読み取れない。また、顔の具に動きはない。微かに何かを呟いているようにも受け取れそうだが、それも言葉は聞き取れない程度。声を大きくしたりはしていないので、会話する意思はなさそうである。
そして、剣は黒く染まりきっている。
「報告の件、か」
時のプリンスは溜め息混じりにぽそりと呟く。
そしてマントの下から木製に見える棒を取り出す。
「プリンセスとはいえ、正気でないなら容赦はせぬ」
時のプリンスは低い声で言い、棒を右手で握って構える。
黒く染まったプリンセスはその場で剣を先端が一番上に来るような向きにし、持ち手を両手で握る。すると黒いもやに覆われた刃部分から幾本もの触手のようなものが発生した。それらは、まるで意思を持っているかのような動きで、一斉にプリンスの方へと向かってゆく。
しかし。
「ふっ」
時のプリンスは身体の前で棒を回転させ迫り来る触手を跳ね除ける。
だが触手は囮。
高く跳んでいた剣のプリンセスがプリンスめがけて急降下してくる。
振り下ろされる剣。しかしプリンスは認識していた。直前まで回転させていた棒で斬撃を防いだ。剣のプリンセスの動作が一瞬止まる。その隙を逃さず、プリンスは棒の先で相手の身体を突く。棒の先端は剣のプリンセスの鳩尾に命中。強くはないところを突かれた剣のプリンセスは一旦攻撃をやめて数歩後退した。両者の間に距離が生まれる。
今度は時のプリンスが攻める側に回る。
彼は棒を振り回すようにして攻撃を仕掛けた――両手を器用に使って棒を操る。
こうして、剣と棒が激突することとなる。
剣のプリンセスと時のプリンス、本来であれば戦う必要などなかったはずの二人だ。敵対するどころか、むしろ、協力して敵と戦うくらいであったはずだった。しかし今は両者共に相手を味方とは考えていないような表情で交戦している。
響き渡るのは武器がぶつかり合う無機質な音。
棘のある音だけが空気を揺らす。
二人の戦闘能力に大きな差はなく、それゆえ、互角の戦いが続く。
しかし、互角の戦いも永遠ではなかった。
かなりの時間ぶつかり合いが続いた後、棒が当たったことで、剣が剣のプリンセスの手からすり抜けた。剣のプリンセスの手から離れた剣は凄まじい勢いで回転しながら宙を舞う。そして、二人の位置から十歩分ほど以上離れた位置に落ちる――かと思われたが、意外にもタイルの床に刺さった。
刹那、既に黒く染まっていた剣から、再び触手のようなものが発生する。
「……な」
光の速さで迫った触手が時のプリンスの両腕に絡みついた。
電撃のようなものが駆ける。
黒い稲光が音もなく空気を震わせていた。
「っ……!!」
触手から直接攻撃を受けた時のプリンスは詰まるような声を発する。
二人以外誰もいない空間に、時のプリンスの吐き出しきれないような声だけが広がる。
「プリンセスともあろう者が……このような、ことを……っ、何という……」
時のプリンスは、低い声で言葉を紡いでから、ぎりと歯を噛み合わせた。
両腕の自由を奪われた彼はそれでもまだ抵抗しようと身体を動かす。脚で反動をつけるようにして前後に揺さぶったり腹部を折り曲げるようにして上下に揺らしたりする。しかし触手は頑丈で。彼が身体を揺らしてもびくともしない。
「裏切り者、め……っ、あああ!」
彼が言い終わるより早く電撃のようなものが駆け巡り、じっとりと発生した黒いもやが時のプリンスを包み込む。
それから数秒が経ち黒いもやが晴れた時には、時のプリンスは気絶していた。
死んではいない。呼吸はあり、心臓が止まっているわけでもない。が、首は前向けにがくりと倒れ込んでいる。まるで蝋人形、声を発することも動くこともなかった。
黒に染まりきった剣のプリンセスは、プリンスが気を失っていることを確認すると、地面に刺さっている剣を引き抜き回収。剣を手にした瞬間、彼女の姿は消えた。それと同時にプリンスの姿も消え去った。
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