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episode.36 続く、想定外の連絡
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連絡を受けたのは突然だった。
表情自体には大きな変化はないものの口調に落ち着きが感じられない杖のプリンセスからその話を聞いた。
剣のプリンセスがやられた、と。
信じられなかった。正確な経過時間は覚えていないが、剣のプリンセスとは少し前に連絡を取ったのに。あの時彼女は元気そうだったし、交戦中とは言っていたが苦戦している様子はなかった。だから大丈夫だろうと思っていた、当たり前のように。彼女が倒される可能性なんて一切想定していなかった。
「そんな……剣のプリンセスさんは亡くなられたのですか?」
『いえ、さすがに亡くなってはいないかと。しかし消息不明です。すみませんが詳しいことは掴みきれていません』
他のプリンセスプリンスたちより少し上の年齢のような見た目の杖のプリンセスは、平常心を保ちきれていないのか、少しばかり乱れのある声質で言葉を紡いでいる。
「そう、ですよね。すみません。でも……心配ですね」
驚くべきことを告げられたという衝撃は時が経てば自然と薄れてゆく。
しかしながら剣のプリンセスを案じる気持ちは消えない。
いや、むしろ、消えるどころか段々大きく膨らんできている。
『皆にも注意するよう伝えておきます。クイーンはもうしばらくそちらにとどまっていてください』
「どこかのキャッスルへお手伝いに行きましょうか?」
『いえ、その必要はありません』
杖のプリンセスが発する言葉はどことなく冷ややかだった。
彼女とて悪人ではない、それは知っている。平常時の彼女は丁寧だし優しい人だから。冷ややかな雰囲気を撒き散らしてしまっているのは、心理的に余裕がないことを暗に示しているのだろう。人間誰しも余裕がなくなれば優しく温かくはできなくなってしまうというもの。この状況だ、そうなってしまうのもやむを得ないのかもしれない。
とはいえ、少々怖さを感じる。
うっかり余計なことを言うと怒らせてしまうのではないか。
そんな風に思ったり。
それにしても、せっかくこの前剣のキャッスルを取り戻したというのに、またしてもこんなことになってしまうなんて。剣のプリンセスが倒されたなら、多分、キャッスルも奪われてしまったのだろう――残念の極みである。
『それでは一旦失礼します』
「あ、はい。ありがとうございました」
◆
フレイヤと杖のプリンセスが通話を終えたのとほぼ同時刻。
盾のキャッスルの壁の外側で突如爆発が発生した。
爆発が起きたその時、盾のプリンスは座に腰を下ろして木製ミニチュア船を制作しているところだった。明らかに不自然な異音に気づいた彼は、動かしていた手を止め、怪訝な顔をして座から立ち上がる。
ちょうどそのタイミングで、座を囲む壁の一部が開かれた。
何の前触れもなく発生した出来事に戸惑っている盾のプリンスの目の前に一人の女性が現れる。長い髪を後頭部の高い位置で一つに束ねている女性――彼女は剣のプリンセスであった。
しかし盾のプリンスは「何かがおかしい」と感じる。
二人は仲良しというわけではないが、それでも付き合いは長い。プリンセスとプリンスだ、ある意味当然とも言えるようなことである。長い間関わりを持ってきた、だからこそ、互いに異変があれば気づくというものだ。
「何事か」
目を細め、敵を見るかのような目つきをするプリンス。
「……何をしている」
彼は低い声で問いを放つ。
しかし返答はない。
剣のプリンセスはいつも愛用しているひとふりの剣を携えている。しかし、彼女らしい表情はなく、虚ろな目をしている。瞳に輝きがない。それに、声を発することもない。剣のプリンセスは慎ましく黙っていることができるような人物ではないというのに。
刹那、剣のプリンセスは急に突撃。
盾のプリンスは咄嗟に鋼鉄の盾を出して刃を防ぐ。
瞬間的に接近した両者の距離が再び離れる。
「……別人、か」
一度の激突で盾のプリンスは悟ったようだ。
今の彼女は彼女ではない、と。
剣のプリンセスは剣を構え直す。すると剣の刃の部分から黒いもやのようなものが溢れてくる。明けない夜の闇のような黒。霧のようなそれは剣から多く湧いてきているが、彼女の身体そのものからも少量ながら噴き出てきている。
やがて剣全体が黒いもやに包み込まれた。
そして彼女は再び勢いよく直進する。
そこからは接近戦が繰り広げられた。剣のプリンセスはお得意の鋭い剣技で攻め続け、盾のプリンスは出現させた盾を使って斬撃を防ぐ。そういうことが長時間続く。その間、両者がまともに言葉を交わすことはなかった。
かなり長い時間が経って、体力的に不利になったのは剣のプリンセスの方だった。
「まだ続ける気か。どれだけ続けても無駄だ」
盾のプリンセスは淡々とした調子で告げる。
「こんな戦いは何も生まない。もうやめよう、こんなことをしても何の意味もない」
彼がそう続けた瞬間。
剣のプリンセスはその場で煙にでもなったかのように消えた。
◆
「そんなことが……!?」
『あぁ』
私は盾のプリンスから驚くべきことを聞いてしまった。
彼が言うには、剣のプリンセスが単身彼のキャッスルへ殴り込んできたそうなのだ。
ただ、剣のプリンセスが己の意思で自ら攻撃してきているというわけではないようだ。意思疎通ができない状態になっていて、剣の様子もおかしい、というような状態だったらしい。
根拠はないが、もしかしたら何者かに操られているのかもしれない。
『この件に関しては既に皆に共有してある』
「そうなんですね」
『念のため伝えておいた』
「ありがとうございます。でも……そんなことって……。操られているとかでしょうか……?」
操られているにせよ何にせよ、剣のプリンセスの身が心配であることに変わりはない。
助けられるなら早く助けたいとは思うけれど、敵として動いてくるとなると、助けるのも簡単ではなさそうだ。
「盾のプリンスさんに怪我がなくて良かったです」
『心配ない、そう簡単にはやられない』
倒れている状態で出会った人にそんなことを言われてもあまり説得力が……。
表情自体には大きな変化はないものの口調に落ち着きが感じられない杖のプリンセスからその話を聞いた。
剣のプリンセスがやられた、と。
信じられなかった。正確な経過時間は覚えていないが、剣のプリンセスとは少し前に連絡を取ったのに。あの時彼女は元気そうだったし、交戦中とは言っていたが苦戦している様子はなかった。だから大丈夫だろうと思っていた、当たり前のように。彼女が倒される可能性なんて一切想定していなかった。
「そんな……剣のプリンセスさんは亡くなられたのですか?」
『いえ、さすがに亡くなってはいないかと。しかし消息不明です。すみませんが詳しいことは掴みきれていません』
他のプリンセスプリンスたちより少し上の年齢のような見た目の杖のプリンセスは、平常心を保ちきれていないのか、少しばかり乱れのある声質で言葉を紡いでいる。
「そう、ですよね。すみません。でも……心配ですね」
驚くべきことを告げられたという衝撃は時が経てば自然と薄れてゆく。
しかしながら剣のプリンセスを案じる気持ちは消えない。
いや、むしろ、消えるどころか段々大きく膨らんできている。
『皆にも注意するよう伝えておきます。クイーンはもうしばらくそちらにとどまっていてください』
「どこかのキャッスルへお手伝いに行きましょうか?」
『いえ、その必要はありません』
杖のプリンセスが発する言葉はどことなく冷ややかだった。
彼女とて悪人ではない、それは知っている。平常時の彼女は丁寧だし優しい人だから。冷ややかな雰囲気を撒き散らしてしまっているのは、心理的に余裕がないことを暗に示しているのだろう。人間誰しも余裕がなくなれば優しく温かくはできなくなってしまうというもの。この状況だ、そうなってしまうのもやむを得ないのかもしれない。
とはいえ、少々怖さを感じる。
うっかり余計なことを言うと怒らせてしまうのではないか。
そんな風に思ったり。
それにしても、せっかくこの前剣のキャッスルを取り戻したというのに、またしてもこんなことになってしまうなんて。剣のプリンセスが倒されたなら、多分、キャッスルも奪われてしまったのだろう――残念の極みである。
『それでは一旦失礼します』
「あ、はい。ありがとうございました」
◆
フレイヤと杖のプリンセスが通話を終えたのとほぼ同時刻。
盾のキャッスルの壁の外側で突如爆発が発生した。
爆発が起きたその時、盾のプリンスは座に腰を下ろして木製ミニチュア船を制作しているところだった。明らかに不自然な異音に気づいた彼は、動かしていた手を止め、怪訝な顔をして座から立ち上がる。
ちょうどそのタイミングで、座を囲む壁の一部が開かれた。
何の前触れもなく発生した出来事に戸惑っている盾のプリンスの目の前に一人の女性が現れる。長い髪を後頭部の高い位置で一つに束ねている女性――彼女は剣のプリンセスであった。
しかし盾のプリンスは「何かがおかしい」と感じる。
二人は仲良しというわけではないが、それでも付き合いは長い。プリンセスとプリンスだ、ある意味当然とも言えるようなことである。長い間関わりを持ってきた、だからこそ、互いに異変があれば気づくというものだ。
「何事か」
目を細め、敵を見るかのような目つきをするプリンス。
「……何をしている」
彼は低い声で問いを放つ。
しかし返答はない。
剣のプリンセスはいつも愛用しているひとふりの剣を携えている。しかし、彼女らしい表情はなく、虚ろな目をしている。瞳に輝きがない。それに、声を発することもない。剣のプリンセスは慎ましく黙っていることができるような人物ではないというのに。
刹那、剣のプリンセスは急に突撃。
盾のプリンスは咄嗟に鋼鉄の盾を出して刃を防ぐ。
瞬間的に接近した両者の距離が再び離れる。
「……別人、か」
一度の激突で盾のプリンスは悟ったようだ。
今の彼女は彼女ではない、と。
剣のプリンセスは剣を構え直す。すると剣の刃の部分から黒いもやのようなものが溢れてくる。明けない夜の闇のような黒。霧のようなそれは剣から多く湧いてきているが、彼女の身体そのものからも少量ながら噴き出てきている。
やがて剣全体が黒いもやに包み込まれた。
そして彼女は再び勢いよく直進する。
そこからは接近戦が繰り広げられた。剣のプリンセスはお得意の鋭い剣技で攻め続け、盾のプリンスは出現させた盾を使って斬撃を防ぐ。そういうことが長時間続く。その間、両者がまともに言葉を交わすことはなかった。
かなり長い時間が経って、体力的に不利になったのは剣のプリンセスの方だった。
「まだ続ける気か。どれだけ続けても無駄だ」
盾のプリンセスは淡々とした調子で告げる。
「こんな戦いは何も生まない。もうやめよう、こんなことをしても何の意味もない」
彼がそう続けた瞬間。
剣のプリンセスはその場で煙にでもなったかのように消えた。
◆
「そんなことが……!?」
『あぁ』
私は盾のプリンスから驚くべきことを聞いてしまった。
彼が言うには、剣のプリンセスが単身彼のキャッスルへ殴り込んできたそうなのだ。
ただ、剣のプリンセスが己の意思で自ら攻撃してきているというわけではないようだ。意思疎通ができない状態になっていて、剣の様子もおかしい、というような状態だったらしい。
根拠はないが、もしかしたら何者かに操られているのかもしれない。
『この件に関しては既に皆に共有してある』
「そうなんですね」
『念のため伝えておいた』
「ありがとうございます。でも……そんなことって……。操られているとかでしょうか……?」
操られているにせよ何にせよ、剣のプリンセスの身が心配であることに変わりはない。
助けられるなら早く助けたいとは思うけれど、敵として動いてくるとなると、助けるのも簡単ではなさそうだ。
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