39 / 141
episode.38 その先では
しおりを挟む
杖のプリンセスから連絡があった。
そして私は知った。
時のプリンス、彼が行方不明になったということを。
「そんなことって……」
私は自然とそんな言葉を漏らしていた。
彼のことは詳しくは知らない。クイーンうんぬんで関わったことはあるけれど、それも皆で会話する時だけ。二人で喋ったことはないし、直接会ったこともない。
だがそれでも、どうでもいい、とは思えない。
一応仲間なのだから。
どうなってもいい、などと考えることはできない。
「あの……少し質問が」
『何でしょうか』
「プリンセスやプリンスが皆倒されてしまったら、世界はどうなってしまうのですか?」
『そうですね。考えたくはありませんが……恐らく、クイーンズキャッスルにも敵が行くでしょう。それと同時に、人間界にも影響が及ぶでしょう。もっとも、そのような状況を迎えた経験はありませんので、実際にどうなるのかまでは分かりませんが』
聞くだけでも恐ろしい。
でも、今感じている恐ろしさなんて想像できる範囲でしかなくて――きっと、本当の恐ろしさは想像以上なのだろう。
『いずれにせよ、より一層身を引き締めて警戒しなくてはなりません』
「そうですね」
『引き続き、待機よろしくお願いします』
「あ、はい。ありがとうございます」
この感じだとしばらくはここから離れられそうにない。幸いここでは物資の不足などは起きないので、ここに留まり続けても生命維持が困難になるということはないだろうが。
だが、前に自宅へ戻った際に色々持ってきておいて良かった。
危うく退屈過ぎて弱るところだった。
◆
時のプリンスが意識を取り戻した時、彼の周囲は見慣れた風景ではなかった。
天井も壁も床もすべてが黒。箱のような真四角の部屋の各隅からは青緑系の色みの柔らかな光だけが弱々しくこぼれている。
意識が戻って一分経つか経たないかくらいの時間で時のプリンスは周囲の状況を把握する。
目もとを隠す仮面はあっても、彼は周囲のものを見ることができる。
そして彼は知った、自身が壁に貼りつけるように拘束されていることを。背中が壁に貼りつくように立たされているのだが、その手首足首には黒く艶のある拘束具のようなものがつけられており、その拘束具のようなものは壁にしっかりとめり込んでいるのだ。
彼は、どう足掻いても自力で自由の身にはなれないような状況に置かれていた。
その時、壁の一部分が動いて開き、メイドをモチーフにしたような衣装の女性が現れる。青い髪に青い瞳、人の姿をしていながらも無機質な雰囲気を漂わせてくる人物。
「目覚められたようですね」
彼女はそれだけ発し、軽く一礼して、広くはない室内へと入ってくる。
「……ここは」
「ご安心を。殺めたりは致しませんので」
女性の冷ややかな声と視線に、時のプリンスは不愉快そうな表情を滲ませる。
「お主、一体何を企んでいる」
不愉快を顔に塗りたくった時のプリンスはいつも以上に低い声で問いを放った。
それに対し、女性は顔色を一切変えない。
「お答えする必要はありません」
「……生意気な」
「それでは確認を開始します。貴方は時のプリンス、間違いありませんか」
女性は淡々と話を進めようとする。
「先にこちらの問いに答えよ」
「そちらの質問には回答許可が出ていません」
時のプリンスはもやもやしているようだった。
「再び確認します。貴方は時のプリンス、間違いありませんか」
「……そうだ」
「確認しました。それでは次の質問事項へ移ります」
「次から、次へと……っ!?」
時のプリンスが不快感を前面に出した声を発した――刹那、女性の右手の人差し指が長く伸び、その先端が彼の眉間に触れた。
青に近い色の電撃が宙を踊る。
眉間に衝撃を受けた時のプリンスは息を詰まらせた。
「ぐ……」
「抵抗することはおすすめしません。反抗的な態度を取ることも、同様です。そして、念のためお伝えしておきますが、この部屋の中では貴方がたの力は使えませんので」
女性は冷ややかな視線を時のプリンスへ向ける。
「プリンセスとプリンスに関する情報を提供していただきます」
「拒否する」
「そうですか。ではこちらで」
女性は再び人差し指を伸ばす。
時のプリンスに命中させるつもりだったのだろうが、彼はそれを読んでいて、素早く首を横に動かしてかわした。
しかしそれで終わりではない。
無機質な女性は、既に長く伸びた指を動かし、目の前の彼の首もとに指先を当てた。
「……く」
「貴方に拒否権はありません」
少し間を空け、女性は続ける。
「それでもなお拒否されるのであれば、強制的に吐かせるという形になってしまいます。ただ、速やかに話してくだされば、こちらも乱暴なことは致しません」
女性が入ってきた際に開いた扉は今も開いたまま。
「何をしようが、答えは変わらぬ……!」
「強がりはおやめください」
「……これ以上話すことはない」
「まだ拒否するというのですか。それは愚かな考えです。死にたいのですか」
「皆を売ることはできぬ」
薄暗い室内に女性の「プリンセスとプリンスに関する情報を提供してください」という声だけが控えめに響いた。
そして私は知った。
時のプリンス、彼が行方不明になったということを。
「そんなことって……」
私は自然とそんな言葉を漏らしていた。
彼のことは詳しくは知らない。クイーンうんぬんで関わったことはあるけれど、それも皆で会話する時だけ。二人で喋ったことはないし、直接会ったこともない。
だがそれでも、どうでもいい、とは思えない。
一応仲間なのだから。
どうなってもいい、などと考えることはできない。
「あの……少し質問が」
『何でしょうか』
「プリンセスやプリンスが皆倒されてしまったら、世界はどうなってしまうのですか?」
『そうですね。考えたくはありませんが……恐らく、クイーンズキャッスルにも敵が行くでしょう。それと同時に、人間界にも影響が及ぶでしょう。もっとも、そのような状況を迎えた経験はありませんので、実際にどうなるのかまでは分かりませんが』
聞くだけでも恐ろしい。
でも、今感じている恐ろしさなんて想像できる範囲でしかなくて――きっと、本当の恐ろしさは想像以上なのだろう。
『いずれにせよ、より一層身を引き締めて警戒しなくてはなりません』
「そうですね」
『引き続き、待機よろしくお願いします』
「あ、はい。ありがとうございます」
この感じだとしばらくはここから離れられそうにない。幸いここでは物資の不足などは起きないので、ここに留まり続けても生命維持が困難になるということはないだろうが。
だが、前に自宅へ戻った際に色々持ってきておいて良かった。
危うく退屈過ぎて弱るところだった。
◆
時のプリンスが意識を取り戻した時、彼の周囲は見慣れた風景ではなかった。
天井も壁も床もすべてが黒。箱のような真四角の部屋の各隅からは青緑系の色みの柔らかな光だけが弱々しくこぼれている。
意識が戻って一分経つか経たないかくらいの時間で時のプリンスは周囲の状況を把握する。
目もとを隠す仮面はあっても、彼は周囲のものを見ることができる。
そして彼は知った、自身が壁に貼りつけるように拘束されていることを。背中が壁に貼りつくように立たされているのだが、その手首足首には黒く艶のある拘束具のようなものがつけられており、その拘束具のようなものは壁にしっかりとめり込んでいるのだ。
彼は、どう足掻いても自力で自由の身にはなれないような状況に置かれていた。
その時、壁の一部分が動いて開き、メイドをモチーフにしたような衣装の女性が現れる。青い髪に青い瞳、人の姿をしていながらも無機質な雰囲気を漂わせてくる人物。
「目覚められたようですね」
彼女はそれだけ発し、軽く一礼して、広くはない室内へと入ってくる。
「……ここは」
「ご安心を。殺めたりは致しませんので」
女性の冷ややかな声と視線に、時のプリンスは不愉快そうな表情を滲ませる。
「お主、一体何を企んでいる」
不愉快を顔に塗りたくった時のプリンスはいつも以上に低い声で問いを放った。
それに対し、女性は顔色を一切変えない。
「お答えする必要はありません」
「……生意気な」
「それでは確認を開始します。貴方は時のプリンス、間違いありませんか」
女性は淡々と話を進めようとする。
「先にこちらの問いに答えよ」
「そちらの質問には回答許可が出ていません」
時のプリンスはもやもやしているようだった。
「再び確認します。貴方は時のプリンス、間違いありませんか」
「……そうだ」
「確認しました。それでは次の質問事項へ移ります」
「次から、次へと……っ!?」
時のプリンスが不快感を前面に出した声を発した――刹那、女性の右手の人差し指が長く伸び、その先端が彼の眉間に触れた。
青に近い色の電撃が宙を踊る。
眉間に衝撃を受けた時のプリンスは息を詰まらせた。
「ぐ……」
「抵抗することはおすすめしません。反抗的な態度を取ることも、同様です。そして、念のためお伝えしておきますが、この部屋の中では貴方がたの力は使えませんので」
女性は冷ややかな視線を時のプリンスへ向ける。
「プリンセスとプリンスに関する情報を提供していただきます」
「拒否する」
「そうですか。ではこちらで」
女性は再び人差し指を伸ばす。
時のプリンスに命中させるつもりだったのだろうが、彼はそれを読んでいて、素早く首を横に動かしてかわした。
しかしそれで終わりではない。
無機質な女性は、既に長く伸びた指を動かし、目の前の彼の首もとに指先を当てた。
「……く」
「貴方に拒否権はありません」
少し間を空け、女性は続ける。
「それでもなお拒否されるのであれば、強制的に吐かせるという形になってしまいます。ただ、速やかに話してくだされば、こちらも乱暴なことは致しません」
女性が入ってきた際に開いた扉は今も開いたまま。
「何をしようが、答えは変わらぬ……!」
「強がりはおやめください」
「……これ以上話すことはない」
「まだ拒否するというのですか。それは愚かな考えです。死にたいのですか」
「皆を売ることはできぬ」
薄暗い室内に女性の「プリンセスとプリンスに関する情報を提供してください」という声だけが控えめに響いた。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる