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1.澤田誉、異世界転移?
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「ははは! 貴様が我が妻となる小娘か!」
その日は突然やって来た。
私は確か、日本という国で、穏やかに暮らしていたはず。しかし、今こうして立っている世界は、どこからどう見ても日本国内ではない。
周囲は森のようだ。ただし、色は緑系ではない。赤だ、紅だ。赤く染まり出した葉をたくさんつけた大樹が、今私がいるところを取り囲むように、幾本も生えている。地面は舗装されておらず、焦げ茶色の土が剥き出しになっている。が、乾燥して縮んだ赤茶色の葉が、ところどころに散らばっていた。そのため、焦げ茶色のところと赤茶色のところがあり、精密に描かれた絵画のようである。
目の前には一人の男性。
セミロングの黒い髪に、周囲の木々と同じようなややくすんだ赤系の双眸という、どことなく非現実的な容姿である。
ただし、現実世界らしくないのは、彼自身の色だけ。それとは対照的に服装はシンプルだ。長袖の白色シャツに黒のズボンとローファー、それだけである。
「黒髪! 黒い眼! しかし地味だな!」
挨拶も自己紹介もないままかけられたのは、そんな言葉。
「……失礼ですね、いきなり」
思わず本音を漏らしてしまった。
初対面の人相手に本心を放つなど無礼なことかもしれない。だが、それを言うなら彼の発言とて無礼の域に含まれるはず。私だけが無礼なことをしたことにはならない。お互い様だ。
「ははは! はっきりした物言いだな!」
「……何ですか、貴方」
お互い自己紹介もしないまま、なぜか会話が続く。
「嫌悪感を隠さない目、嫌いでないぞ! ははは!」
いや、何なの本当に。
名乗るでもなく、私の名を問うでもなく、謎の話だけを続けて。
「……あの、どなたですか?」
あまりに話が進まず、段々イライラしてきてしまったから、私は自ら尋ねてみた。
すると男性は、自信に満ち溢れたような顔で、やや丈のある黒髪を掻き上げる。
髪はシャンプー仕立てのように滑らかで、柔らかく宙を揺らいだ。
「我が名はジルカス! ははは!」
いかにも心が笑っていないような、平坦な笑い。常にそれを織り込んでくるところが、さりげなく不愉快だ。笑う気がないのなら、敢えて笑い声を発する必要など欠片もないだろうに。
「ジルカスさんと仰るのですね。分かりました」
「ははは! 我が妻は淡白だな!」
目の前の不思議な男性——ジルカスは、さらりと言った。
しかし私は不審な部分を聞き逃さない。
「……ちょっと待って下さい。何ですか、妻って」
さも当たり前であるかのような言い方をされていたが、私は彼の妻になった覚えはない。
いや、そもそも、私はまだ十代後半。誰かの妻になるような年齢ではないのだ。無論、法的には結婚できるのかもしれないが。
「貴様は今日から我が妻となるのだ! ははは! 喜べ!」
「悪い冗談は止めていただけますか」
心を乱すな。慌てるな。
何か問題が起きた時は、まず冷静になることが大切だと、親から習った。
今こそ、その教えを活かす時。
「んあっ!? わ、悪い冗談だと!?」
「はい。私は貴方の妻になる気はありません」
「馬鹿な! 我が一族の男は皆、これまでずっと、儀式で妻となる者を呼び出してきたというのに!」
……それは一体、何の話?
心の中にはそんな思いが込み上げてくる。が、もはやそれを口から出す気力すらない。色々意味不明過ぎて、突っ込む気にもなれないのだ。
「その儀式とやらで私は呼び出されたのですか?」
「もちろん! 我が一族に数千年伝わる、伝説の秘技だ!」
皆は知っているだろうか。日本国内ではわりと有名な、奇妙な言動をする病のことを。
自分は特別——そんな意識を年頃の少年少女が持ち過ぎた時、その病は発現する。
そしてその病は、後に顔から火が出るほど恥ずかしい思いをさせる黒歴史となるような行為を、平気で行わせてしまうのだ。
ジルカスはもしかしたらその病に感染しているのではないだろうか。
だとしたら、この奇妙な言動も、少しは説明がつく。
……もっとも、彼はいい年した大人だから普通よりなおさらイタいのだけれど。
「では我が妻よ! 早速名前を聞かせてくれ!」
「いきなり『地味』などと言った方に、名乗りたくありません」
「んぐぁっ!? 名乗りたくないだとっ!?」
いちいち反応が大きい。大事件があったわけでもないのに騒ぐなど、くだらない。
「謝って下さい」
「ぐ……そ、そうか。では。地味と言ってすまなかった!!」
拒否されるだろうなと予想しながらも謝罪を求めてみたところ、ジルカスは本当に謝ってきた。しかも、腹を九十度以上折り曲げ頭を地面に近づけるような、豪快な動作付きの謝罪。従ってもらえるとは思っていなかったので、かなり驚いた。
実は善人なのかな、なんて、一瞬考えてしまう。
単純だな、私も。
「……もう結構です。頭を上げて下さい」
「許してもらえただろうか!?」
「はい。……本当に謝罪していただけるとは思っていなかったので驚きました」
これは本音だ。
「許してもらえて何より! では早速、名を聞かせてくれ!」
こちらが驚くほど豪快に頭を下げていたジルカスだったが、私が「許す」というようなことを口から出すや否や、元のテンションに戻った。
なんという切り替えの早さ。これまた、別の意味衝撃である。
だが、名乗るくらいなら良いかもしれない。
「澤田 誉です」
「サワダ……ホマ、レ?」
「はい」
「奇妙な名だな! ははは! 珍しい!」
ひらり、と、紅葉した葉が一枚舞い落ちる。
哀愁漂う光景なのに、ジルカスの笑い声がこだまするせいで風情がない。台無しだ。
「まぁ良かろう。では家まで案内しよう。いざ! これから我々が暮らす家へ!」
その日は突然やって来た。
私は確か、日本という国で、穏やかに暮らしていたはず。しかし、今こうして立っている世界は、どこからどう見ても日本国内ではない。
周囲は森のようだ。ただし、色は緑系ではない。赤だ、紅だ。赤く染まり出した葉をたくさんつけた大樹が、今私がいるところを取り囲むように、幾本も生えている。地面は舗装されておらず、焦げ茶色の土が剥き出しになっている。が、乾燥して縮んだ赤茶色の葉が、ところどころに散らばっていた。そのため、焦げ茶色のところと赤茶色のところがあり、精密に描かれた絵画のようである。
目の前には一人の男性。
セミロングの黒い髪に、周囲の木々と同じようなややくすんだ赤系の双眸という、どことなく非現実的な容姿である。
ただし、現実世界らしくないのは、彼自身の色だけ。それとは対照的に服装はシンプルだ。長袖の白色シャツに黒のズボンとローファー、それだけである。
「黒髪! 黒い眼! しかし地味だな!」
挨拶も自己紹介もないままかけられたのは、そんな言葉。
「……失礼ですね、いきなり」
思わず本音を漏らしてしまった。
初対面の人相手に本心を放つなど無礼なことかもしれない。だが、それを言うなら彼の発言とて無礼の域に含まれるはず。私だけが無礼なことをしたことにはならない。お互い様だ。
「ははは! はっきりした物言いだな!」
「……何ですか、貴方」
お互い自己紹介もしないまま、なぜか会話が続く。
「嫌悪感を隠さない目、嫌いでないぞ! ははは!」
いや、何なの本当に。
名乗るでもなく、私の名を問うでもなく、謎の話だけを続けて。
「……あの、どなたですか?」
あまりに話が進まず、段々イライラしてきてしまったから、私は自ら尋ねてみた。
すると男性は、自信に満ち溢れたような顔で、やや丈のある黒髪を掻き上げる。
髪はシャンプー仕立てのように滑らかで、柔らかく宙を揺らいだ。
「我が名はジルカス! ははは!」
いかにも心が笑っていないような、平坦な笑い。常にそれを織り込んでくるところが、さりげなく不愉快だ。笑う気がないのなら、敢えて笑い声を発する必要など欠片もないだろうに。
「ジルカスさんと仰るのですね。分かりました」
「ははは! 我が妻は淡白だな!」
目の前の不思議な男性——ジルカスは、さらりと言った。
しかし私は不審な部分を聞き逃さない。
「……ちょっと待って下さい。何ですか、妻って」
さも当たり前であるかのような言い方をされていたが、私は彼の妻になった覚えはない。
いや、そもそも、私はまだ十代後半。誰かの妻になるような年齢ではないのだ。無論、法的には結婚できるのかもしれないが。
「貴様は今日から我が妻となるのだ! ははは! 喜べ!」
「悪い冗談は止めていただけますか」
心を乱すな。慌てるな。
何か問題が起きた時は、まず冷静になることが大切だと、親から習った。
今こそ、その教えを活かす時。
「んあっ!? わ、悪い冗談だと!?」
「はい。私は貴方の妻になる気はありません」
「馬鹿な! 我が一族の男は皆、これまでずっと、儀式で妻となる者を呼び出してきたというのに!」
……それは一体、何の話?
心の中にはそんな思いが込み上げてくる。が、もはやそれを口から出す気力すらない。色々意味不明過ぎて、突っ込む気にもなれないのだ。
「その儀式とやらで私は呼び出されたのですか?」
「もちろん! 我が一族に数千年伝わる、伝説の秘技だ!」
皆は知っているだろうか。日本国内ではわりと有名な、奇妙な言動をする病のことを。
自分は特別——そんな意識を年頃の少年少女が持ち過ぎた時、その病は発現する。
そしてその病は、後に顔から火が出るほど恥ずかしい思いをさせる黒歴史となるような行為を、平気で行わせてしまうのだ。
ジルカスはもしかしたらその病に感染しているのではないだろうか。
だとしたら、この奇妙な言動も、少しは説明がつく。
……もっとも、彼はいい年した大人だから普通よりなおさらイタいのだけれど。
「では我が妻よ! 早速名前を聞かせてくれ!」
「いきなり『地味』などと言った方に、名乗りたくありません」
「んぐぁっ!? 名乗りたくないだとっ!?」
いちいち反応が大きい。大事件があったわけでもないのに騒ぐなど、くだらない。
「謝って下さい」
「ぐ……そ、そうか。では。地味と言ってすまなかった!!」
拒否されるだろうなと予想しながらも謝罪を求めてみたところ、ジルカスは本当に謝ってきた。しかも、腹を九十度以上折り曲げ頭を地面に近づけるような、豪快な動作付きの謝罪。従ってもらえるとは思っていなかったので、かなり驚いた。
実は善人なのかな、なんて、一瞬考えてしまう。
単純だな、私も。
「……もう結構です。頭を上げて下さい」
「許してもらえただろうか!?」
「はい。……本当に謝罪していただけるとは思っていなかったので驚きました」
これは本音だ。
「許してもらえて何より! では早速、名を聞かせてくれ!」
こちらが驚くほど豪快に頭を下げていたジルカスだったが、私が「許す」というようなことを口から出すや否や、元のテンションに戻った。
なんという切り替えの早さ。これまた、別の意味衝撃である。
だが、名乗るくらいなら良いかもしれない。
「澤田 誉です」
「サワダ……ホマ、レ?」
「はい」
「奇妙な名だな! ははは! 珍しい!」
ひらり、と、紅葉した葉が一枚舞い落ちる。
哀愁漂う光景なのに、ジルカスの笑い声がこだまするせいで風情がない。台無しだ。
「まぁ良かろう。では家まで案内しよう。いざ! これから我々が暮らす家へ!」
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