イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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16話 その笑みは月夜に開く

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「シュヴァル・リンク様ぁ!」

 夜、月の光の差し込む廊下。窓際で暗い空を見上げていたシュヴァルは、名を呼ばれ、煩わしげに振り返る。

 そこに立っていたのは、一人の男。

 背は低く、痩せていて、顔には落ち窪んだ目と曲がった鼻。髪は紫気味の灰色で、前髪がくるりとカールしている。それに加え、着ているスーツはかなり大きめのサイズで、腕や腹回り、脚など、あらゆるところがぶかぶか。

 そんな、奇妙な外見の男である。

「あぁ、貴方ですか。クネル・ジョシー」
「うふふ。そうよーん」
「何の用ですか、こんな真夜中に」

 シュヴァルが冷たく返すと、痩身の男クネルは両腕を背中側に回しながらくねくねする。

「あーん。冷たーい」

 現存する言葉では表現できないような、クネルの珍妙な言動に、シュヴァルは苛立ったようだ。少々調子を強める。

「そういうのは結構です!」

 やや不機嫌なシュヴァルは、そう言い放った後、クネルを睨む。

「それで、用件は何です」
「実はねーん」

 睨まれることに慣れているのか、クネルは、シュヴァルに睨まれても動じていない。それどころか、口元にうっすらと笑みを浮かべている。

「これよーん」

 クネルがジャケットのポケットから取り出したのは、小指ほどの高さしかない小さな瓶。
 透明の小瓶の中には、真っ白な粉末が入っている。いかにもさらさらしていそうな粉末だ。

「それは!」

 クネルが小瓶を出した瞬間、シュヴァルは驚いたように、目を大きく見開いた。

 しかし、彼が驚きの表情を浮かべたのは一瞬だけ。
 彼はすぐに驚きの表情を消すと、今度はニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。

「……なるほど。そういうことでしたか」
「うふふん。約束はちゃーんと果たしたわよーん」
「ならば最初にそう言って下さいよ」
「あーん。やっぱり冷たいわねーん」

 そんなことを言いながら、脚を「ル」の字のようにして妙なポーズをとるクネル。

「では話をしましょう。こちらへ」
「やったぁーん! 二人きりー!」

 シュヴァルは窓際から離れ、月光のみが降り注ぐ廊下を歩き出す。足音はたてず、ゆっくりとした足取りで。

 一方クネルは、その痩せた体をくねくねさせながら、シュヴァルの背を追っていく。何やら楽しそうな、軽やかな足取りで。


 シュヴァルは胸元から手のひらサイズのカード取り出すと、鉄製の扉の横にある四角いパネルへ、そのカードを当てた。すると、ピッと高めの音が鳴る。続けて、ガチャンとロックが解除される音がした。

 鉄製の扉を開けると、シュヴァルはクネルに向けて述べる。

「ここで話をしましょう」

 するとクネルは頬を紅潮させながら、「そうねーん」とだけ返す。何やら、嬉しそうな顔つきだ。

 こうして、シュヴァルとクネルは、部屋へと入っていく。


 二人が入った部屋は、書斎のような、落ち着いた雰囲気を持っていた。
 室内には事務机や本棚はあるが、その他の娯楽的な要素を含むようなものは何もない。まさに、真面目な人の部屋、といった感じだ。

「ここで話すのーん?」
「そうです。ここなら誰も来ませんし、防音になっているので外にも漏れませんから」
「うふふ。それは良いわねん!」

 クネルは両手をそれぞれ両頬へ当て、太ももはぴったりと閉じ、嬉しそうな顔でくねくねしている。

「大事な瓶、落とさないで下さいよ」
「分かってるわよーん。うふっ」

 シュヴァルに注意されたからか、クネルは体を動かすことを止めた。

「二日後、王女の従者ヘレナの葬儀が執り行われます」

 クネルがくねくねすることを止めたのを見て、シュヴァルは淡々と話し始める。その声は、とても冷たい。

「その葬儀の後、参列者による食事会があります。そこでそれを使い、王女を暗殺して下さい」

 シュヴァルは事務机の上に置かれたアンティーク調のランプに明かりを点す。すると、クネルはそのランプへ駆け寄る。

「まぁー! このランプ、まるでお花みたい! 素敵ねぇー!」

 急にまったく関係のないことを言い出したクネルに腹を立てたシュヴァルは、手で事務机を強く叩いた。

「きゃ!」
「……聞いていますか?」
「ご、ごめんなさーい……可愛かったから、つい」
「聞いていましたか?」

 ギロリと睨まれたクネルは、身を縮めながら返す。

「も、もちろんよーん。葬儀の後の食事会で暗殺すれば良いのよねーん?」
「そうです」
「研究室から貰ってきたこの薬品、本当に使っていいのーん?」
「構いません」

 今のシュヴァルの顔には、表情というものは欠片もない。

「どんな手を使っても構いません。ただ、絶対に成功させて下さい」
「もちろんよん!」

 クネルは男だが、なぜかシュヴァルに擦り寄っていく。不自然なほどに距離が近い。

「成功した暁には——本当に、アタシを部下にしてくれるのよねーん?」
「えぇ。成功すれば、です」
「やったぁーん! アタシ、頑張っちゃうわー!」
「ただし、失敗した時には斬首の可能性もあります。それは覚悟しておいて下さいよ」

 シュヴァルが放った夢のない発言に、クネルは思わず顔を強張らせた。失敗すれば容赦なく切り捨てられる、と悟ったからだろう。

 だがクネルは、その程度で逃げ出すような根性無しの男ではなかった。

「もちろん! もちろんその覚悟よーん!」

 彼の顔に迷いはない。

「シュヴァル様の部下になるためなら、アタシはどんな試練にも負けないわよぉー!」

 拳を握り締めながら叫ぶクネル。
 そんな彼の姿を見て、シュヴァルは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

「やる気に満ちているようで、何よりです。くれぐれも……失敗のないように」

 アンティーク調のランプが、黒い笑みを浮かべたシュヴァルの顔を、怪しげに照らしていた。
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