イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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32話 日記帳と繋がり

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 そこに綴られていたのは、物語。

 若くして狙撃手としての才能に目覚め、いくつもの大きな成功を経て高名を手にした、一人の男性。そんな彼が、その栄光の裏側で、いかに考え悩んできたのか。恐らく誰も知らないであろう苦悩が、そこには鮮明に書かれていた。

 そして、一人の少女との出会いについても記されている。

 知人の娘である、赤い髪をした気の強い少女が、弟子入りすべくやって来たこと。彼女に色々教えつつも楽しく過ごしたこと。

 その少女の名が——リンディアだった。

「……やっぱり」

 リンディアが以前言っていた師匠というのは、アスター・ヴァレンタイン、彼のことだったのだろう。

 だが、それにより、ますますよく分からなくなってしまった。

 なぜアスターは、私の従者と戦うことになるような仕事を受けたのだろう。かつての弟子がいるというのに。

 リンディアが私の従者になったことを知らなかったのだろうか?
 それならば、彼が仕事を受けたのも分からないではない。なんせ、リンディアが私の従者となったのは、数日前のことだから。

 しかし、それならば、気づいた時点で身を引こうとすると思うのだが。

 ……いや、どこか抜けたところのある彼のことだ。引こうと思ってはいるもののそのタイミングを逃した、ということもありえなくもないか。


 私はそれからも、日記帳を読み続けた。

 正直に言うならば、私はあまり、読書というものが得意な方ではない。本は必要であれば読みはするが、自ら進んで読んだ本というのは、あっても数冊しかないと思う。

 そんな私ではあるが、この日記帳はどんどん読み進めることができた。

 文章が滑らかで、心情が伝わってくる。飾り気のない言葉ばかりなのに、意識しないうちに引き込まれてしまう。それはもはや、日記などというレベルではない。一つの小説のよう、と言っても言い過ぎではないレベルだ。

 人殺しなんて止めて、物書きにでもなればいいのに。
 そんな風に思いながら、読み終えた日記帳を閉じ、元々置いてあった場所へと戻した。


 ーーふと、目を覚ます。

「少しは眠れたかね?」

 気がつくと、室内にはアスターがいた。

 彼はベッド横の椅子に座っている。にもかかわらず、今まで気づかなかった。
 どうやら、あの日記帳を読み終えてから寝てしまっていたらしい。

「え、えぇ……少しだけ」

 日記帳を読んでいてあまり寝ていない、なんてことは言えないので、曖昧な返事にしておいた。
 真実は述べられないが、これといった良い嘘も思いつかなかったからである。

 アスターは先と変わらず、紫色のスーツを着ていた。だが、白髪が以前よりもさらりとしているような気がする。恐らく、風呂に入りでもしたのだろう。

「少しでも眠れたのなら、良しとしよう。おかげで、私も風呂に入ることができた」

 やはり、入浴を済ませてきたみたいだ。

「今は……お昼?」
「そうだよ。真っ昼間、というべきかな」

 太陽光の入ってこない薄暗い地下室にいると、どうしても、時間が把握できなくなってきてしまう。ヒントが何一つない、というのは、なかなか厳しいものがある。

「さて」

 アスターはゆっくりと腰を上げ、壁にかけられた銃器を手に取る。

「そろそろ時間かな」

 彼の瞳が冷ややかな輝きを放つのを見て、私は思わず後ずさる。

「……射殺でもするつもり?」

 腕が、唇が、震えた。
 その黒い銃口がこの身に向けられるところを想像してしまったから。

 だが、彼は首を横に振った。

「まさか。安心したまえ、君を射殺する気などないよ」

 私は内心、胸を撫で下ろす。
 しかし、呑気に「良かったぁ」などと思っている暇はない。まだ何も解決してはいないのだから。

「餌とはなってもらうが、ね」
「……従者を仕留めるための?」
「その通り! 君は察しがいいね!」

 アスターは一瞬笑みを浮かべ、らしからぬ明るい声を出す。

「その従者が……リンディアであっても?」

 私は恐る恐る言った。
 すると、アスターの表情が固まる。

「リン、ディア?」
「えぇ。彼女は貴方の弟子よね」
「……なぜ君がそのようなことを?」

 アスターは目を細め、訝しむような顔をしながら、首を傾げた。彼の頭の中には、いくつもの疑問符が浮かんでいることだろう。

「リンディアは今、私の従者なの。だから、彼女から聞いていた話と貴方の言動から推測したのよ。従者を殺害するということは、貴方が彼女を傷つけなくてはならないかもしれないということ。それでも止めるつもりはないの?」

 既に初老とはいえ、アスターは一般人でないのだ。この程度で彼の心が揺れるとは考えづらい。

「躊躇うのだろうね、普通の人間なら」

 その声は低い。真夜中の湖畔のような、不気味なほどの静けさを含んだ声だった。

「仕事ゆえ、仕方ないのだよ。……それに、私はもう躊躇うことを忘れてしまった」

 黒くいかにも重そうな銃器を抱えながら、アスターは呟くようにそう述べた。ところどころしわの刻まれた顔面には、寂しげな色が、水彩画のように滲んでいる。


 ——その時。


 突如、爆発音が響いた。

 鼓膜を破りそうなほどの大きな音が、地下室の淀んだ空気を大きく震わせる。

 助けかもしれない!
 そう思った瞬間、胸の奥から希望という名の光が溢れ出てきた。

 一旦溢れ始めた光は止まることを知らない。涙が止まらなくなるのと同じように、希望も、一度溢れ出すと止まらないものなのだろうか。

「お出ましかな」

 アスターは銃器を持ったまま、地下室の外へと歩みを進める。
 その背は、年齢ゆえか、哀愁を漂わせていた。


 地下室からアスターが出ていった後、私は、扉の隙間から外の様子を覗く。

 扉の隙間と言っても、顔一つが通るかどうかさえ分からないほどの細い隙間だ。外の光景がちゃんと見える保証はない。が、ひと房の赤い髪が視界を駆け抜けた。

 赤い髪ということは、来てくれたのはリンディアだろうか。

「まーさか、こんなことになるとはねー。馬鹿な師を持つあたしの身にもなってほしーわ」
「会うのはいつ以来だったかね? 久々に会えて嬉しく思うよ」
「こんな形で再会なんてしたくなったわー」
「そうかね。やはり厳しいな、君は。昔の可愛らしさはどこへ消え去ったのやら」

 明るさ不足のせいで、顔まではっきりとは見えない。
 ただ、声でリンディアだと判断できた。

「うっさいわねー。ちょーしに乗ってんじゃないわよ、ジジイ。その口、撃ち潰してやりましょーか」

 この乱暴さのある口調。間違いない、リンディアだ。

「撃ち潰す? いやはや、これまた奇妙な動詞を作ったものだね」

 リンディアは「とにかく」と言い、少し空けて、急に声を荒らげる。

「王女様ーーイーダ王女は、返してもらうわよ!!」
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