イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
106 / 157

105話 時は人を変えるもの

しおりを挟む
「主に心配をかけるというのは問題だね。すまなかった」

 そう言って笑うアスターは、彼らしさを取り戻しているように見えた。

 呑気で穏やかで、無害。
 襲撃前と何も変わらない、アスターらしいアスターだ。

「いいえ、アスターさんが謝ることじゃないわ」
「おぉ……優しいのだね、君は……」

 アスターは戸惑った顔をしている。
 そんな彼に対し、リンディアは言い放つ。

「そーよ! 王女様はあたしと違って優しーんだから!」
「……いや、それは違うよ。リンディアも優しい」

 アスターの返しに、リンディアは頬を赤く染める。

「はぁ!?」

 明らかに照れているような表情だ。

「リンディアにはリンディアの優しさがあるのだよ。綿菓子が甘いように、君は優し……」
「どーしてジジイにそんなこと言われなきゃなんないのよー!」

 リンディアは相変わらずだ。
 どんな状況下でも、アスターに対してだけは厳しい言葉を吐く。

「ジジイ!? このタイミングでジジイ呼ばわりは酷くないかね!?」
「事実じゃなーい」
「いや、まぁ、ジジイだが! ジジイだがね!?」

 アスターの発する声は、元気な人と大差ないほど張りがあった。勢いにも満ちている。つい先ほどまで意識を失っていた人だとは、とても思えない。

「ふふ、元気そうで良かった」

 私は思わず言ってしまった。

 年下の私がこんなことを言うのは、少し失礼なことかもしれない。ただ、これが本心なのだ。
 もし仮に失礼なのだとしても、嘘をつくよりかはいいだろう。

「……ま」

 リンディアは、唐突に、視線を宙へ泳がせる。数秒ほどそのままにしてから、今度はその視線を私へ向けた。

「じゃーそろそろ、あたしは働いてくるわー」
「働いて?」
「今日こそは、ラナたちからじょーほーを抜き取ってきてやるわよー」

 そう言って拳を握り締めるリンディアは、これまでよりもやる気に満ちているように見える。

 不思議だ。
 もしかしたら、アスターが目覚めたからやる気になっているのかもしれない。

「私たちはここにいてもいいの?」
「もちろんいーわよ。王女様がそーしたいならねー」
「分かったわ! じゃあ、もう少しここにいるわね。リンディア、気をつけて」
「お気遣い、どーも」

 リンディアはニコッと笑って、胸の前で片手を小さく掲げる。
 その動作は、女の子らしいというよりかは少年のような雰囲気を漂わせていた。


 リンディアが出ていき、部屋にはアスターと私と父親だけが残る。
 そもそもあまり広くない部屋だから、三人でも狭さを感じるくらいだ。ただ、一人減ると、ほんの少し広くなった気がしないこともない。

「少しいいかぁ? アスター」

 三人になってすぐ、父親が、そんな風に口を開いた。

「構わないが……何かね」
「あの話は、事実なのかぁ?」
「ん。あの話、とは?」
「アスターにイーダ殺害を依頼したのがシュヴァルだとかいう話のことだぞぅ」

 妙に真面目な顔で話を振られたからか、アスターは顔面に戸惑いの色を浮かべている。

「あぁ、それかね」
「事実なのか、偽りなのか、はっきりしてもらいたいなぁ」

 父親の言葉に、アスターは目を閉じる。

「事実だとも」

 そう述べる彼の表情は、嘘をついている者の表情ではなかった。

 なぜ分かる、と問われれば、答えることは容易でないかもしれない。すべてを知る神なわけでもないし、具体的な根拠があるわけでもないから。

 ただ、それでも、アスターは嘘をついてはいないと思う。

「私とシュヴァルは元々知り合いでね。それも、結構親しい仲だった。娘を押し付けるくらいの仲だからね、まぁ、かなり仲が良いことは分かってもらえるだろうが」

 娘を押し付ける、て。

 それは仲が良いと言えるのだろうか……。

「私は本当はもう、引退するつもりでいたのだよ。けれど、親しいシュヴァルに頼まれたら仕方ない。そういうわけで、イーダくん殺害の依頼を受けたわけだよ」

 そんな風に話すアスターは、ベッドに横になったまま、どこか寂しげな顔をしていた。

「シュヴァルとは親しい仲だったのね……」
「そうだとも! ま、個人的に好ましい人物だと思っていたというのもあるがね」
「シュヴァルが好ましい人物だなんて、ちょっと不思議」
「ははは、そうだろうね。今の彼を見て好ましいと思う人間などは、ほとんど皆無だろうと思うよ」

 ——かつては、好ましい人物だったのだろうか。

 ふと、そんなことを考えた。

 私はシュヴァルのすべてを知らない。彼の若者時代なんて、まったくと言っていいほどに知らない。
 だから、私の記憶の中にあるのは、今のシュヴァルだけ。

 けれど、アスターは違う。

 アスターの中には、私が知るより前のシュヴァルの姿が、鮮明に刻まれているのかもしれない。

「……もはや、欲に溺れた化け物にすぎないのだから」

 時が流れれば、人は変わるものだ。
 一時は他人との関わりを拒むようになっていた私が、こうやって苦なく出歩き話せるようになっているくらいだから、シュヴァルだって変わりはするだろう。

「欲に溺れた化け物ぉ!? おい! それはさすがに、シュヴァルに対して失礼だろぅっ!?」
「確かに失礼かもしれない。ただ……事実だから仕方ないね。綿菓子に対して『もこもこで甘い』と言うようなものだよ」

 アスターがあげた例は、よく分からないものだった。

 もこもこで甘い、て。

「シュヴァルは欲に溺れてなんかいないぞ。今も忠誠心の塊だぁ」
「それは演技だと思うがね」
「演技ぃ!?」

 父親は今にもアスターに飛びかかりそうになっている。いくら星王とはいえ怪我人に飛びかかるようなことがあってはならないので、私は一応、「落ち着いて」とだけ声をかけておいた。

「アスター、なぜそんなにシュヴァルを悪く……」

 一旦呼吸を整えた父親が、言いかけた時。

 何の前触れもなく、驚くほど唐突に、扉が開いた。

「急にすまない」

 開いた扉の向こう側に立っていたのは、真剣な顔つきのベルンハルトと——フィリーナ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻は従業員に含みません

夏菜しの
恋愛
 フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。  ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。  彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。  だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。  取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。  しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。  鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。  置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。 「俺の妻にならないか」 「は?」  金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する

紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。 私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。 その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。 完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!(続く)

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
恋愛
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜 タイトルちょっと変更しました。 政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

異世界でも、とりあえず生きておく

波間柏
恋愛
 大学の図書室で友達を待っていたのにどうやら寝てしまったようで。目を覚ました時、何故か私は戦いの渦中に座っていた。 いや、何処よここは? どうした私?

処理中です...