イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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105話 時は人を変えるもの

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「主に心配をかけるというのは問題だね。すまなかった」

 そう言って笑うアスターは、彼らしさを取り戻しているように見えた。

 呑気で穏やかで、無害。
 襲撃前と何も変わらない、アスターらしいアスターだ。

「いいえ、アスターさんが謝ることじゃないわ」
「おぉ……優しいのだね、君は……」

 アスターは戸惑った顔をしている。
 そんな彼に対し、リンディアは言い放つ。

「そーよ! 王女様はあたしと違って優しーんだから!」
「……いや、それは違うよ。リンディアも優しい」

 アスターの返しに、リンディアは頬を赤く染める。

「はぁ!?」

 明らかに照れているような表情だ。

「リンディアにはリンディアの優しさがあるのだよ。綿菓子が甘いように、君は優し……」
「どーしてジジイにそんなこと言われなきゃなんないのよー!」

 リンディアは相変わらずだ。
 どんな状況下でも、アスターに対してだけは厳しい言葉を吐く。

「ジジイ!? このタイミングでジジイ呼ばわりは酷くないかね!?」
「事実じゃなーい」
「いや、まぁ、ジジイだが! ジジイだがね!?」

 アスターの発する声は、元気な人と大差ないほど張りがあった。勢いにも満ちている。つい先ほどまで意識を失っていた人だとは、とても思えない。

「ふふ、元気そうで良かった」

 私は思わず言ってしまった。

 年下の私がこんなことを言うのは、少し失礼なことかもしれない。ただ、これが本心なのだ。
 もし仮に失礼なのだとしても、嘘をつくよりかはいいだろう。

「……ま」

 リンディアは、唐突に、視線を宙へ泳がせる。数秒ほどそのままにしてから、今度はその視線を私へ向けた。

「じゃーそろそろ、あたしは働いてくるわー」
「働いて?」
「今日こそは、ラナたちからじょーほーを抜き取ってきてやるわよー」

 そう言って拳を握り締めるリンディアは、これまでよりもやる気に満ちているように見える。

 不思議だ。
 もしかしたら、アスターが目覚めたからやる気になっているのかもしれない。

「私たちはここにいてもいいの?」
「もちろんいーわよ。王女様がそーしたいならねー」
「分かったわ! じゃあ、もう少しここにいるわね。リンディア、気をつけて」
「お気遣い、どーも」

 リンディアはニコッと笑って、胸の前で片手を小さく掲げる。
 その動作は、女の子らしいというよりかは少年のような雰囲気を漂わせていた。


 リンディアが出ていき、部屋にはアスターと私と父親だけが残る。
 そもそもあまり広くない部屋だから、三人でも狭さを感じるくらいだ。ただ、一人減ると、ほんの少し広くなった気がしないこともない。

「少しいいかぁ? アスター」

 三人になってすぐ、父親が、そんな風に口を開いた。

「構わないが……何かね」
「あの話は、事実なのかぁ?」
「ん。あの話、とは?」
「アスターにイーダ殺害を依頼したのがシュヴァルだとかいう話のことだぞぅ」

 妙に真面目な顔で話を振られたからか、アスターは顔面に戸惑いの色を浮かべている。

「あぁ、それかね」
「事実なのか、偽りなのか、はっきりしてもらいたいなぁ」

 父親の言葉に、アスターは目を閉じる。

「事実だとも」

 そう述べる彼の表情は、嘘をついている者の表情ではなかった。

 なぜ分かる、と問われれば、答えることは容易でないかもしれない。すべてを知る神なわけでもないし、具体的な根拠があるわけでもないから。

 ただ、それでも、アスターは嘘をついてはいないと思う。

「私とシュヴァルは元々知り合いでね。それも、結構親しい仲だった。娘を押し付けるくらいの仲だからね、まぁ、かなり仲が良いことは分かってもらえるだろうが」

 娘を押し付ける、て。

 それは仲が良いと言えるのだろうか……。

「私は本当はもう、引退するつもりでいたのだよ。けれど、親しいシュヴァルに頼まれたら仕方ない。そういうわけで、イーダくん殺害の依頼を受けたわけだよ」

 そんな風に話すアスターは、ベッドに横になったまま、どこか寂しげな顔をしていた。

「シュヴァルとは親しい仲だったのね……」
「そうだとも! ま、個人的に好ましい人物だと思っていたというのもあるがね」
「シュヴァルが好ましい人物だなんて、ちょっと不思議」
「ははは、そうだろうね。今の彼を見て好ましいと思う人間などは、ほとんど皆無だろうと思うよ」

 ——かつては、好ましい人物だったのだろうか。

 ふと、そんなことを考えた。

 私はシュヴァルのすべてを知らない。彼の若者時代なんて、まったくと言っていいほどに知らない。
 だから、私の記憶の中にあるのは、今のシュヴァルだけ。

 けれど、アスターは違う。

 アスターの中には、私が知るより前のシュヴァルの姿が、鮮明に刻まれているのかもしれない。

「……もはや、欲に溺れた化け物にすぎないのだから」

 時が流れれば、人は変わるものだ。
 一時は他人との関わりを拒むようになっていた私が、こうやって苦なく出歩き話せるようになっているくらいだから、シュヴァルだって変わりはするだろう。

「欲に溺れた化け物ぉ!? おい! それはさすがに、シュヴァルに対して失礼だろぅっ!?」
「確かに失礼かもしれない。ただ……事実だから仕方ないね。綿菓子に対して『もこもこで甘い』と言うようなものだよ」

 アスターがあげた例は、よく分からないものだった。

 もこもこで甘い、て。

「シュヴァルは欲に溺れてなんかいないぞ。今も忠誠心の塊だぁ」
「それは演技だと思うがね」
「演技ぃ!?」

 父親は今にもアスターに飛びかかりそうになっている。いくら星王とはいえ怪我人に飛びかかるようなことがあってはならないので、私は一応、「落ち着いて」とだけ声をかけておいた。

「アスター、なぜそんなにシュヴァルを悪く……」

 一旦呼吸を整えた父親が、言いかけた時。

 何の前触れもなく、驚くほど唐突に、扉が開いた。

「急にすまない」

 開いた扉の向こう側に立っていたのは、真剣な顔つきのベルンハルトと——フィリーナ。
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