イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
109 / 157

108話 髪の毛

しおりを挟む
 あの後、父親がシュヴァルと相談してくれ、私とシュヴァルが会って話す日が決まった。

 ちなみに、三日後である。

 まだ先のような気もするが、三日なんてあっという間に過ぎるだろう。その日は、思っているよりすぐに来るかもしれない。

 だから、心の準備をしておかなくては。


「おっはよー、王女様ー」

 アスターが意識を取り戻した翌日。
 自室で寝ていた私がいつものベッドの上で目を覚ますと、すぐにリンディアが声をかけてきた。

 私が目覚めたことに、こんなにも早く気づくなんて。

 驚きの発見力である。

「リンディア!」
「今日はあたし、一日ここにいるからー。よろしくねー」
「よろしく。……ってリンディア、今日はラナたちのところへは行かなくていいの?」
「そーなのよー」

 その時になって、私はリンディアの異変に気づいた。

 ……いや、「異変」と言うのは大袈裟かもしれないけれど。

 何に気づいたのかというと、いつもは後頭部で一つに束ねている赤い髪が束ねられていないことに気づいたのである。

 彼女が髪を下ろしているなんて、かなり珍しい。

「たまには休めー、なんて言われちゃったのよー」
「誰に?」
「アスターよ」

 アスターはリンディアを大切に思っている。そういう意味では、彼がリンディアに「たまには休め」と言うのも、理解できないことではない。

「あのジジイ、相変わらずうっざいわー」

 リンディアは、アスターの話をする時は特別口が悪くなる。今に始まったことではないが、実に不思議である。

 彼女だって、師であるアスターを嫌ってはいないはずなのに。

「リンディアって、アスターさんの話をする時は厳しいわよね」

 思いきって言ってみた。
 するとリンディアは、眉をひそめて怪訝な顔をする。

「そー?」

 頭部が動くたび、真っ直ぐに伸びた紅の髪が微かに揺れ動く。さら、さら、と。その様は、女性らしい魅力に満ちていて、女の私でさえ「おぉ!」と思ったほどに素敵だ。

「あたしはいっつも口が悪いわよー? そーいう性格なの。アスターに対してだけに限ったことじゃないわー」

 彼女はそう言うが、それは本当だろうか?

 もちろん、リンディアがベルンハルトに対して挑発的なことを言っている場面なんかも見たことはある。だから、アスターに対してだけではないというのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 けれどやはり、アスターに関することを話す時は、他のことを話す時に比べて厳しいような気がする。

 私の誤解なのかもしれないが……私はどうしても、そんな風に感じてしまうのだ。

「ま、王女様にそー見えるなら、本当はそーなのかもしれないけどねー」
「……無自覚ということもあるものね」
「そーね! その可能性はゼロじゃないわねー!」

 リンディアは爽やかだった。

「あ、そーだ」
「何?」
「フィリーナっていたじゃなーい? あの娘、捕まったらしーわよー」
「え! そうなの!?」

 思わず口を大きく開いてしまった。
 襲撃者らに荷担したのだから、捕まるのも、当然といえば当然で。今さら驚くようなことではないのだが。

「そーみたい」
「酷いことをされたりしないかしら……」

 少し心配だ。

「ま、大丈夫なんじゃなーい? あの娘、下手に抵抗したりはしなさそーだし」
「あまり酷いことをされていないといいけど……」

 フィリーナは少々残念なところのある少女だが、悪人という感じの人ではなかった。それだけに、彼女が酷いことをされるところを想像すると、胸が痛む。

「きっとだいじょーぶよ!」
「本当に……?」
「あのラナたちでも、特に何もされることなくまだ生きてるんだものー」

 言いながら、リンディアは笑う。
 その笑みは快晴の空のよう。

「……そうね、そうだわ」

 リンディアの笑みを見ていたら、段々、大丈夫な気がしてきた。

「必要以上に心配するのは良くないわね」
「そーよ!」

 リンディアと言葉を交わしつつ立ち上がった私は、ゆっくり洗面所へと向かう。
 洗面所の鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を見て、溜め息を漏らしてしまった。

「……うわ」

 寝癖が酷い。
 私の金の髪は元々真っ直ぐではないけれど、いつも以上に乱れている。

 リンディアにこの状態を見られていたと思うと、少し恥ずかしい。

「なーにしてるのー?」
「へっ!?」

 洗面所の鏡を見つめていたところ、リンディアが背後から声をかけてきた。突然のことだったので、つい、かっこ悪い声を発してしまった。

「あ、驚かせちゃった? ごめんなさいねー」
「い、いえ。大丈夫よ」
「そ? ならいーんだけど。王女様は何をしてるのかなーなんて思ってねー、見に来てみたの」

 そんな風に話すリンディアの髪は真っ直ぐ。
 燃えるような赤の髪は、ほんの僅かに波打つことすらしていない。

 正直、羨ましい。

「寝癖を確認していたところよ」
「ふーん、そーだったの」

 リンディアはこちらへと一直線に歩いてくる。そして、私のすぐ隣で停止した。

「もしかして、寝癖気にしてるのー?」
「あ、いえ……気にはしていないわ。ただ、身嗜みを意識することは大切かと考えていただけよ」

 人は「気にしているのか」と聞かれると「気にしていない」と答えたくなるものだ。

「べつに、そんなに気にしなくていーんじゃなーい? ふわふわした髪も、かわいーわよー?」
「気にしてないって言ってるでしょ!?」

 うっかり調子を強めてしまった。

「あ……ごめんなさい。つい」
「いーえ、気にしないで」

 沈黙が訪れてしまった。
 気まずい。

 ……けれど。

 このまま黙っていたら、ますます気まずくなってしまうかもしれない。そんな風に思い、私は、勇気を出して話しかけてみることにした。

「そういえば、リンディアは綺麗な髪の毛をしているわよね」

 するとリンディアは、意外にも、何事もなかったかのように返してきた。

「あたしー? まっさか。そんなわけないじゃなーい」

 良かった。
 嫌われてはいないようだ。

「リンディアの髪、真っ直ぐで羨ましいわ」
「そ? あたしからすれば、王女様の髪の方が素敵よー?」
「……寝癖が酷いわ。直すのが面倒よ」
「まー確かに、それはそーかもしれないけど……でも、直毛過ぎるっていうのも、あまり色気ないのよねー」

 リンディアと話す時は、いつも不思議な気分だ。

 彼女のように飾り気のない女性と話す機会というのは、これまで、滅多になかったからである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻は従業員に含みません

夏菜しの
恋愛
 フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。  ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。  彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。  だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。  取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。  しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。  鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。  置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。 「俺の妻にならないか」 「は?」  金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

異世界でも、とりあえず生きておく

波間柏
恋愛
 大学の図書室で友達を待っていたのにどうやら寝てしまったようで。目を覚ました時、何故か私は戦いの渦中に座っていた。 いや、何処よここは? どうした私?

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する

紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。 私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。 その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。 完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

処理中です...