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108話 髪の毛
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あの後、父親がシュヴァルと相談してくれ、私とシュヴァルが会って話す日が決まった。
ちなみに、三日後である。
まだ先のような気もするが、三日なんてあっという間に過ぎるだろう。その日は、思っているよりすぐに来るかもしれない。
だから、心の準備をしておかなくては。
「おっはよー、王女様ー」
アスターが意識を取り戻した翌日。
自室で寝ていた私がいつものベッドの上で目を覚ますと、すぐにリンディアが声をかけてきた。
私が目覚めたことに、こんなにも早く気づくなんて。
驚きの発見力である。
「リンディア!」
「今日はあたし、一日ここにいるからー。よろしくねー」
「よろしく。……ってリンディア、今日はラナたちのところへは行かなくていいの?」
「そーなのよー」
その時になって、私はリンディアの異変に気づいた。
……いや、「異変」と言うのは大袈裟かもしれないけれど。
何に気づいたのかというと、いつもは後頭部で一つに束ねている赤い髪が束ねられていないことに気づいたのである。
彼女が髪を下ろしているなんて、かなり珍しい。
「たまには休めー、なんて言われちゃったのよー」
「誰に?」
「アスターよ」
アスターはリンディアを大切に思っている。そういう意味では、彼がリンディアに「たまには休め」と言うのも、理解できないことではない。
「あのジジイ、相変わらずうっざいわー」
リンディアは、アスターの話をする時は特別口が悪くなる。今に始まったことではないが、実に不思議である。
彼女だって、師であるアスターを嫌ってはいないはずなのに。
「リンディアって、アスターさんの話をする時は厳しいわよね」
思いきって言ってみた。
するとリンディアは、眉をひそめて怪訝な顔をする。
「そー?」
頭部が動くたび、真っ直ぐに伸びた紅の髪が微かに揺れ動く。さら、さら、と。その様は、女性らしい魅力に満ちていて、女の私でさえ「おぉ!」と思ったほどに素敵だ。
「あたしはいっつも口が悪いわよー? そーいう性格なの。アスターに対してだけに限ったことじゃないわー」
彼女はそう言うが、それは本当だろうか?
もちろん、リンディアがベルンハルトに対して挑発的なことを言っている場面なんかも見たことはある。だから、アスターに対してだけではないというのも、あながち間違いではないのかもしれない。
けれどやはり、アスターに関することを話す時は、他のことを話す時に比べて厳しいような気がする。
私の誤解なのかもしれないが……私はどうしても、そんな風に感じてしまうのだ。
「ま、王女様にそー見えるなら、本当はそーなのかもしれないけどねー」
「……無自覚ということもあるものね」
「そーね! その可能性はゼロじゃないわねー!」
リンディアは爽やかだった。
「あ、そーだ」
「何?」
「フィリーナっていたじゃなーい? あの娘、捕まったらしーわよー」
「え! そうなの!?」
思わず口を大きく開いてしまった。
襲撃者らに荷担したのだから、捕まるのも、当然といえば当然で。今さら驚くようなことではないのだが。
「そーみたい」
「酷いことをされたりしないかしら……」
少し心配だ。
「ま、大丈夫なんじゃなーい? あの娘、下手に抵抗したりはしなさそーだし」
「あまり酷いことをされていないといいけど……」
フィリーナは少々残念なところのある少女だが、悪人という感じの人ではなかった。それだけに、彼女が酷いことをされるところを想像すると、胸が痛む。
「きっとだいじょーぶよ!」
「本当に……?」
「あのラナたちでも、特に何もされることなくまだ生きてるんだものー」
言いながら、リンディアは笑う。
その笑みは快晴の空のよう。
「……そうね、そうだわ」
リンディアの笑みを見ていたら、段々、大丈夫な気がしてきた。
「必要以上に心配するのは良くないわね」
「そーよ!」
リンディアと言葉を交わしつつ立ち上がった私は、ゆっくり洗面所へと向かう。
洗面所の鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を見て、溜め息を漏らしてしまった。
「……うわ」
寝癖が酷い。
私の金の髪は元々真っ直ぐではないけれど、いつも以上に乱れている。
リンディアにこの状態を見られていたと思うと、少し恥ずかしい。
「なーにしてるのー?」
「へっ!?」
洗面所の鏡を見つめていたところ、リンディアが背後から声をかけてきた。突然のことだったので、つい、かっこ悪い声を発してしまった。
「あ、驚かせちゃった? ごめんなさいねー」
「い、いえ。大丈夫よ」
「そ? ならいーんだけど。王女様は何をしてるのかなーなんて思ってねー、見に来てみたの」
そんな風に話すリンディアの髪は真っ直ぐ。
燃えるような赤の髪は、ほんの僅かに波打つことすらしていない。
正直、羨ましい。
「寝癖を確認していたところよ」
「ふーん、そーだったの」
リンディアはこちらへと一直線に歩いてくる。そして、私のすぐ隣で停止した。
「もしかして、寝癖気にしてるのー?」
「あ、いえ……気にはしていないわ。ただ、身嗜みを意識することは大切かと考えていただけよ」
人は「気にしているのか」と聞かれると「気にしていない」と答えたくなるものだ。
「べつに、そんなに気にしなくていーんじゃなーい? ふわふわした髪も、かわいーわよー?」
「気にしてないって言ってるでしょ!?」
うっかり調子を強めてしまった。
「あ……ごめんなさい。つい」
「いーえ、気にしないで」
沈黙が訪れてしまった。
気まずい。
……けれど。
このまま黙っていたら、ますます気まずくなってしまうかもしれない。そんな風に思い、私は、勇気を出して話しかけてみることにした。
「そういえば、リンディアは綺麗な髪の毛をしているわよね」
するとリンディアは、意外にも、何事もなかったかのように返してきた。
「あたしー? まっさか。そんなわけないじゃなーい」
良かった。
嫌われてはいないようだ。
「リンディアの髪、真っ直ぐで羨ましいわ」
「そ? あたしからすれば、王女様の髪の方が素敵よー?」
「……寝癖が酷いわ。直すのが面倒よ」
「まー確かに、それはそーかもしれないけど……でも、直毛過ぎるっていうのも、あまり色気ないのよねー」
リンディアと話す時は、いつも不思議な気分だ。
彼女のように飾り気のない女性と話す機会というのは、これまで、滅多になかったからである。
ちなみに、三日後である。
まだ先のような気もするが、三日なんてあっという間に過ぎるだろう。その日は、思っているよりすぐに来るかもしれない。
だから、心の準備をしておかなくては。
「おっはよー、王女様ー」
アスターが意識を取り戻した翌日。
自室で寝ていた私がいつものベッドの上で目を覚ますと、すぐにリンディアが声をかけてきた。
私が目覚めたことに、こんなにも早く気づくなんて。
驚きの発見力である。
「リンディア!」
「今日はあたし、一日ここにいるからー。よろしくねー」
「よろしく。……ってリンディア、今日はラナたちのところへは行かなくていいの?」
「そーなのよー」
その時になって、私はリンディアの異変に気づいた。
……いや、「異変」と言うのは大袈裟かもしれないけれど。
何に気づいたのかというと、いつもは後頭部で一つに束ねている赤い髪が束ねられていないことに気づいたのである。
彼女が髪を下ろしているなんて、かなり珍しい。
「たまには休めー、なんて言われちゃったのよー」
「誰に?」
「アスターよ」
アスターはリンディアを大切に思っている。そういう意味では、彼がリンディアに「たまには休め」と言うのも、理解できないことではない。
「あのジジイ、相変わらずうっざいわー」
リンディアは、アスターの話をする時は特別口が悪くなる。今に始まったことではないが、実に不思議である。
彼女だって、師であるアスターを嫌ってはいないはずなのに。
「リンディアって、アスターさんの話をする時は厳しいわよね」
思いきって言ってみた。
するとリンディアは、眉をひそめて怪訝な顔をする。
「そー?」
頭部が動くたび、真っ直ぐに伸びた紅の髪が微かに揺れ動く。さら、さら、と。その様は、女性らしい魅力に満ちていて、女の私でさえ「おぉ!」と思ったほどに素敵だ。
「あたしはいっつも口が悪いわよー? そーいう性格なの。アスターに対してだけに限ったことじゃないわー」
彼女はそう言うが、それは本当だろうか?
もちろん、リンディアがベルンハルトに対して挑発的なことを言っている場面なんかも見たことはある。だから、アスターに対してだけではないというのも、あながち間違いではないのかもしれない。
けれどやはり、アスターに関することを話す時は、他のことを話す時に比べて厳しいような気がする。
私の誤解なのかもしれないが……私はどうしても、そんな風に感じてしまうのだ。
「ま、王女様にそー見えるなら、本当はそーなのかもしれないけどねー」
「……無自覚ということもあるものね」
「そーね! その可能性はゼロじゃないわねー!」
リンディアは爽やかだった。
「あ、そーだ」
「何?」
「フィリーナっていたじゃなーい? あの娘、捕まったらしーわよー」
「え! そうなの!?」
思わず口を大きく開いてしまった。
襲撃者らに荷担したのだから、捕まるのも、当然といえば当然で。今さら驚くようなことではないのだが。
「そーみたい」
「酷いことをされたりしないかしら……」
少し心配だ。
「ま、大丈夫なんじゃなーい? あの娘、下手に抵抗したりはしなさそーだし」
「あまり酷いことをされていないといいけど……」
フィリーナは少々残念なところのある少女だが、悪人という感じの人ではなかった。それだけに、彼女が酷いことをされるところを想像すると、胸が痛む。
「きっとだいじょーぶよ!」
「本当に……?」
「あのラナたちでも、特に何もされることなくまだ生きてるんだものー」
言いながら、リンディアは笑う。
その笑みは快晴の空のよう。
「……そうね、そうだわ」
リンディアの笑みを見ていたら、段々、大丈夫な気がしてきた。
「必要以上に心配するのは良くないわね」
「そーよ!」
リンディアと言葉を交わしつつ立ち上がった私は、ゆっくり洗面所へと向かう。
洗面所の鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を見て、溜め息を漏らしてしまった。
「……うわ」
寝癖が酷い。
私の金の髪は元々真っ直ぐではないけれど、いつも以上に乱れている。
リンディアにこの状態を見られていたと思うと、少し恥ずかしい。
「なーにしてるのー?」
「へっ!?」
洗面所の鏡を見つめていたところ、リンディアが背後から声をかけてきた。突然のことだったので、つい、かっこ悪い声を発してしまった。
「あ、驚かせちゃった? ごめんなさいねー」
「い、いえ。大丈夫よ」
「そ? ならいーんだけど。王女様は何をしてるのかなーなんて思ってねー、見に来てみたの」
そんな風に話すリンディアの髪は真っ直ぐ。
燃えるような赤の髪は、ほんの僅かに波打つことすらしていない。
正直、羨ましい。
「寝癖を確認していたところよ」
「ふーん、そーだったの」
リンディアはこちらへと一直線に歩いてくる。そして、私のすぐ隣で停止した。
「もしかして、寝癖気にしてるのー?」
「あ、いえ……気にはしていないわ。ただ、身嗜みを意識することは大切かと考えていただけよ」
人は「気にしているのか」と聞かれると「気にしていない」と答えたくなるものだ。
「べつに、そんなに気にしなくていーんじゃなーい? ふわふわした髪も、かわいーわよー?」
「気にしてないって言ってるでしょ!?」
うっかり調子を強めてしまった。
「あ……ごめんなさい。つい」
「いーえ、気にしないで」
沈黙が訪れてしまった。
気まずい。
……けれど。
このまま黙っていたら、ますます気まずくなってしまうかもしれない。そんな風に思い、私は、勇気を出して話しかけてみることにした。
「そういえば、リンディアは綺麗な髪の毛をしているわよね」
するとリンディアは、意外にも、何事もなかったかのように返してきた。
「あたしー? まっさか。そんなわけないじゃなーい」
良かった。
嫌われてはいないようだ。
「リンディアの髪、真っ直ぐで羨ましいわ」
「そ? あたしからすれば、王女様の髪の方が素敵よー?」
「……寝癖が酷いわ。直すのが面倒よ」
「まー確かに、それはそーかもしれないけど……でも、直毛過ぎるっていうのも、あまり色気ないのよねー」
リンディアと話す時は、いつも不思議な気分だ。
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