イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
110 / 157

109話 料理見学、それもあり

しおりを挟む
「ところで王女様、朝食は?」

 直前までは髪の毛について話していたのだが、リンディアの方から急に話題を変えてきた。

「朝食?」
「食べるものは、もー決まってるのかしらー」

 水で髪を湿らせて寝癖を直そうと努力しながら、私は、リンディアの発言に対する言葉を返す。

「決まってはいないわ」

 一方リンディアはというと、洗面所内の壁にもたれて立っている。
 ほんの僅かに脱力したような立ち方が大人っぽい。

「そ。じゃーさ、今日はあたしが作ってあげるわー」

 いきなりの発言に、私は暫し何も返せなかった。返すべき言葉が、何一つ見つからなかったのである。

「あらー。意外とはんのー薄いじゃなーい」

 彼女が求めているのは、どのような言葉なのだろう。どう返事をすれば、彼女が喜ぶだろう。
 そんなことを色々考えてみるが、答えはなかなか出ない。

「ちょーっと、王女様? 聞いてるのかしらー?」
「……あっ。え、えぇ。もちろんよ」
「ホント? 怪しーわねー。ぼんやりして聞いてなかったんじゃないかしらー?」

 一応、ちゃんと聞いてはいた。が、ぼんやりしていたかと聞かれれば、ぼんやりしていたと答えざるをえないと思う。

 ちなみに、ぼんやりしていることと他人の話を聞かないことは、イコールではない。

「ぼんやりしてはいたけれど、聞いていないことはなかったわよ。朝食の話でしょう」

 するとリンディアは、一度目を見開いた後、ふっと笑みをこぼした。

「なーんだ! 聞ーてるじゃなーい!」
「もちろんよ」
「で、どーなの? あたしが作った料理、食べてみたーい?」

 どうやら、リンディアは料理を作りたいようだ。
 せっかく作りたいと思ってくれているのに、無下に断るというのも申し訳ない。ここは話を合わせておこう。

「ぜひ食べてみたいわ!」

 ……思っていたより明るい声になってしまった。

 明らかにいつもと違う声。
 わざとらしいと感じられていないか、少々不安だ。

 ——しかし、その不安は次の瞬間払拭された。

「ま、そー言ってくれると思ってたわよー!」

 リンディアが嬉しそうな顔をしながら、そんな風に言ったからである。

 今の彼女は、胸を張り、誇らしげな顔をしている。私のことをあれこれ考えているとはとても思えない。
 この様子だと、私が考えていたことはすべて杞憂で終わりそうだ。取り敢えず良かった。

「じゃ、行きましょーか!」
「え。どこへ?」
「どこへ、ですって? やーね! 調理場に決まってるじゃなーい!」

 なるほど、調理場か。
 まぁ確かに……料理をするなら調理場へ行くのが普通と言えよう。

「いいわね、楽しそう。けど……調理場なんて、勝手に入っていいの?」

 素朴な疑問を放ってみた。
 すると彼女は、さらりと答える。

「いーのよ!」

 一切迷いのない答え方だった。

「誰でも自由に使える調理場があーるのよー」
「そんなところが……!」
「着替えたら、早速行きましょー」

 なぜだろう、ワクワクしてきた。

「えぇ! すぐに着替えるわ!」

 こうして、私とリンディアは、調理場へ移動することになった。


 調理場は、想像を遥かに越える綺麗な場所だった。

 磨かれた鏡のようなシンク。何もこびりついていないコンロ。
 隅から隅まで清潔感に満ちている。

 私の中では、調理場といえばあまり綺麗でないイメージだった。水なんかによるくすみがあったり、油が飛んでいたり、そんな状態になっているものなのだと思っていた。

 けれど、今この瞬間目の前に広がる調理場は、そんなイメージとは真逆。

「とても綺麗ね!」
「そーね。食べ物を扱うところだもの、清潔にしてなくちゃならないわよねー」

 リンディアは、まず、赤い髪を一つに束ねる。それから、エプロンを着て、三角巾を頭に装着した。慣れた手つきだ。

「リンディア、私はエプロンがないわ」

 適当に選んだ服を着てきたため、今の私は、少々場に馴染まない服装になってしまっている。
 膝より二三センチほど下までの丈の、桜色をしたワンピース。

 ……なぜこれを選んでしまったのだろう。

「エプロン? なーに言ってるのよ。王女様は作らないでしょー?」
「けど、ここにいる以上、エプロンをしておいた方がいいんじゃないかって」
「いーのいーの! 気にする必要なんて、なーんもないのよー!」

 そういうものなのだろうか。
 調理場に来たのは初めてなので、私には、ここでの決まりがよく分からない。

「あたしが作るんだものー。ま、王女様はその辺にいてちょーだい!」

 結構適当なことを言われ、正直少し戸惑った。

「リンディアが料理するところ、見ていても構わないかしら」
「え。べつにいーけど……そんなに上手くはないわよー?」
「プロレベルなんかじゃなくてもいいの。ただ、料理というものを見てみたいだけだから」

 料理は、したことがないどころか、見たこともほとんどない。大体、完成したものを目の前に出されるのが普通だから。

「そーなの? ならもちろんいーわよ」
「やった! ありがとう」

 分からないことや知らないことほど、興味が湧くというものである。

「ところで、何を作ってくれるの?」
「んー……何にしよーかしら」
「卵焼きとか作れる?」
「えぇ、できるわよ。そーしましょっか!」

 こうして、意味もなく卵焼きに決まってしまった。


 それから私は、リンディアが料理するところを見学した。

 ——が、その様は想像を絶する凄まじいものであった。

 まず最初、卵を割る時、ボウルの端に当てる勢いが半端なかった。恨みのある相手を鈍器で殴る時のような、激しい叩きつけ方。その迫力に、私は圧倒されてしまった。

 凄まじい勢いで卵を割り、その中身をボウルへ入れる。そこへ、白い粒——塩だろうか、を入れ、掻き混ぜる。それから少しして、黒みを帯びた粒——多分胡椒を少し入れ、さらに掻き混ぜていく。

 その掻き混ぜ方も凄い。
 ボウルの中で渦潮が発生するかと思うような、とても人間業とは思えない混ぜ方なのである。

 果たして、ちゃんとした卵焼きが完成するのか——不安はあるが、今はただ見守ろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...