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109話 料理見学、それもあり
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「ところで王女様、朝食は?」
直前までは髪の毛について話していたのだが、リンディアの方から急に話題を変えてきた。
「朝食?」
「食べるものは、もー決まってるのかしらー」
水で髪を湿らせて寝癖を直そうと努力しながら、私は、リンディアの発言に対する言葉を返す。
「決まってはいないわ」
一方リンディアはというと、洗面所内の壁にもたれて立っている。
ほんの僅かに脱力したような立ち方が大人っぽい。
「そ。じゃーさ、今日はあたしが作ってあげるわー」
いきなりの発言に、私は暫し何も返せなかった。返すべき言葉が、何一つ見つからなかったのである。
「あらー。意外とはんのー薄いじゃなーい」
彼女が求めているのは、どのような言葉なのだろう。どう返事をすれば、彼女が喜ぶだろう。
そんなことを色々考えてみるが、答えはなかなか出ない。
「ちょーっと、王女様? 聞いてるのかしらー?」
「……あっ。え、えぇ。もちろんよ」
「ホント? 怪しーわねー。ぼんやりして聞いてなかったんじゃないかしらー?」
一応、ちゃんと聞いてはいた。が、ぼんやりしていたかと聞かれれば、ぼんやりしていたと答えざるをえないと思う。
ちなみに、ぼんやりしていることと他人の話を聞かないことは、イコールではない。
「ぼんやりしてはいたけれど、聞いていないことはなかったわよ。朝食の話でしょう」
するとリンディアは、一度目を見開いた後、ふっと笑みをこぼした。
「なーんだ! 聞ーてるじゃなーい!」
「もちろんよ」
「で、どーなの? あたしが作った料理、食べてみたーい?」
どうやら、リンディアは料理を作りたいようだ。
せっかく作りたいと思ってくれているのに、無下に断るというのも申し訳ない。ここは話を合わせておこう。
「ぜひ食べてみたいわ!」
……思っていたより明るい声になってしまった。
明らかにいつもと違う声。
わざとらしいと感じられていないか、少々不安だ。
——しかし、その不安は次の瞬間払拭された。
「ま、そー言ってくれると思ってたわよー!」
リンディアが嬉しそうな顔をしながら、そんな風に言ったからである。
今の彼女は、胸を張り、誇らしげな顔をしている。私のことをあれこれ考えているとはとても思えない。
この様子だと、私が考えていたことはすべて杞憂で終わりそうだ。取り敢えず良かった。
「じゃ、行きましょーか!」
「え。どこへ?」
「どこへ、ですって? やーね! 調理場に決まってるじゃなーい!」
なるほど、調理場か。
まぁ確かに……料理をするなら調理場へ行くのが普通と言えよう。
「いいわね、楽しそう。けど……調理場なんて、勝手に入っていいの?」
素朴な疑問を放ってみた。
すると彼女は、さらりと答える。
「いーのよ!」
一切迷いのない答え方だった。
「誰でも自由に使える調理場があーるのよー」
「そんなところが……!」
「着替えたら、早速行きましょー」
なぜだろう、ワクワクしてきた。
「えぇ! すぐに着替えるわ!」
こうして、私とリンディアは、調理場へ移動することになった。
調理場は、想像を遥かに越える綺麗な場所だった。
磨かれた鏡のようなシンク。何もこびりついていないコンロ。
隅から隅まで清潔感に満ちている。
私の中では、調理場といえばあまり綺麗でないイメージだった。水なんかによるくすみがあったり、油が飛んでいたり、そんな状態になっているものなのだと思っていた。
けれど、今この瞬間目の前に広がる調理場は、そんなイメージとは真逆。
「とても綺麗ね!」
「そーね。食べ物を扱うところだもの、清潔にしてなくちゃならないわよねー」
リンディアは、まず、赤い髪を一つに束ねる。それから、エプロンを着て、三角巾を頭に装着した。慣れた手つきだ。
「リンディア、私はエプロンがないわ」
適当に選んだ服を着てきたため、今の私は、少々場に馴染まない服装になってしまっている。
膝より二三センチほど下までの丈の、桜色をしたワンピース。
……なぜこれを選んでしまったのだろう。
「エプロン? なーに言ってるのよ。王女様は作らないでしょー?」
「けど、ここにいる以上、エプロンをしておいた方がいいんじゃないかって」
「いーのいーの! 気にする必要なんて、なーんもないのよー!」
そういうものなのだろうか。
調理場に来たのは初めてなので、私には、ここでの決まりがよく分からない。
「あたしが作るんだものー。ま、王女様はその辺にいてちょーだい!」
結構適当なことを言われ、正直少し戸惑った。
「リンディアが料理するところ、見ていても構わないかしら」
「え。べつにいーけど……そんなに上手くはないわよー?」
「プロレベルなんかじゃなくてもいいの。ただ、料理というものを見てみたいだけだから」
料理は、したことがないどころか、見たこともほとんどない。大体、完成したものを目の前に出されるのが普通だから。
「そーなの? ならもちろんいーわよ」
「やった! ありがとう」
分からないことや知らないことほど、興味が湧くというものである。
「ところで、何を作ってくれるの?」
「んー……何にしよーかしら」
「卵焼きとか作れる?」
「えぇ、できるわよ。そーしましょっか!」
こうして、意味もなく卵焼きに決まってしまった。
それから私は、リンディアが料理するところを見学した。
——が、その様は想像を絶する凄まじいものであった。
まず最初、卵を割る時、ボウルの端に当てる勢いが半端なかった。恨みのある相手を鈍器で殴る時のような、激しい叩きつけ方。その迫力に、私は圧倒されてしまった。
凄まじい勢いで卵を割り、その中身をボウルへ入れる。そこへ、白い粒——塩だろうか、を入れ、掻き混ぜる。それから少しして、黒みを帯びた粒——多分胡椒を少し入れ、さらに掻き混ぜていく。
その掻き混ぜ方も凄い。
ボウルの中で渦潮が発生するかと思うような、とても人間業とは思えない混ぜ方なのである。
果たして、ちゃんとした卵焼きが完成するのか——不安はあるが、今はただ見守ろう。
直前までは髪の毛について話していたのだが、リンディアの方から急に話題を変えてきた。
「朝食?」
「食べるものは、もー決まってるのかしらー」
水で髪を湿らせて寝癖を直そうと努力しながら、私は、リンディアの発言に対する言葉を返す。
「決まってはいないわ」
一方リンディアはというと、洗面所内の壁にもたれて立っている。
ほんの僅かに脱力したような立ち方が大人っぽい。
「そ。じゃーさ、今日はあたしが作ってあげるわー」
いきなりの発言に、私は暫し何も返せなかった。返すべき言葉が、何一つ見つからなかったのである。
「あらー。意外とはんのー薄いじゃなーい」
彼女が求めているのは、どのような言葉なのだろう。どう返事をすれば、彼女が喜ぶだろう。
そんなことを色々考えてみるが、答えはなかなか出ない。
「ちょーっと、王女様? 聞いてるのかしらー?」
「……あっ。え、えぇ。もちろんよ」
「ホント? 怪しーわねー。ぼんやりして聞いてなかったんじゃないかしらー?」
一応、ちゃんと聞いてはいた。が、ぼんやりしていたかと聞かれれば、ぼんやりしていたと答えざるをえないと思う。
ちなみに、ぼんやりしていることと他人の話を聞かないことは、イコールではない。
「ぼんやりしてはいたけれど、聞いていないことはなかったわよ。朝食の話でしょう」
するとリンディアは、一度目を見開いた後、ふっと笑みをこぼした。
「なーんだ! 聞ーてるじゃなーい!」
「もちろんよ」
「で、どーなの? あたしが作った料理、食べてみたーい?」
どうやら、リンディアは料理を作りたいようだ。
せっかく作りたいと思ってくれているのに、無下に断るというのも申し訳ない。ここは話を合わせておこう。
「ぜひ食べてみたいわ!」
……思っていたより明るい声になってしまった。
明らかにいつもと違う声。
わざとらしいと感じられていないか、少々不安だ。
——しかし、その不安は次の瞬間払拭された。
「ま、そー言ってくれると思ってたわよー!」
リンディアが嬉しそうな顔をしながら、そんな風に言ったからである。
今の彼女は、胸を張り、誇らしげな顔をしている。私のことをあれこれ考えているとはとても思えない。
この様子だと、私が考えていたことはすべて杞憂で終わりそうだ。取り敢えず良かった。
「じゃ、行きましょーか!」
「え。どこへ?」
「どこへ、ですって? やーね! 調理場に決まってるじゃなーい!」
なるほど、調理場か。
まぁ確かに……料理をするなら調理場へ行くのが普通と言えよう。
「いいわね、楽しそう。けど……調理場なんて、勝手に入っていいの?」
素朴な疑問を放ってみた。
すると彼女は、さらりと答える。
「いーのよ!」
一切迷いのない答え方だった。
「誰でも自由に使える調理場があーるのよー」
「そんなところが……!」
「着替えたら、早速行きましょー」
なぜだろう、ワクワクしてきた。
「えぇ! すぐに着替えるわ!」
こうして、私とリンディアは、調理場へ移動することになった。
調理場は、想像を遥かに越える綺麗な場所だった。
磨かれた鏡のようなシンク。何もこびりついていないコンロ。
隅から隅まで清潔感に満ちている。
私の中では、調理場といえばあまり綺麗でないイメージだった。水なんかによるくすみがあったり、油が飛んでいたり、そんな状態になっているものなのだと思っていた。
けれど、今この瞬間目の前に広がる調理場は、そんなイメージとは真逆。
「とても綺麗ね!」
「そーね。食べ物を扱うところだもの、清潔にしてなくちゃならないわよねー」
リンディアは、まず、赤い髪を一つに束ねる。それから、エプロンを着て、三角巾を頭に装着した。慣れた手つきだ。
「リンディア、私はエプロンがないわ」
適当に選んだ服を着てきたため、今の私は、少々場に馴染まない服装になってしまっている。
膝より二三センチほど下までの丈の、桜色をしたワンピース。
……なぜこれを選んでしまったのだろう。
「エプロン? なーに言ってるのよ。王女様は作らないでしょー?」
「けど、ここにいる以上、エプロンをしておいた方がいいんじゃないかって」
「いーのいーの! 気にする必要なんて、なーんもないのよー!」
そういうものなのだろうか。
調理場に来たのは初めてなので、私には、ここでの決まりがよく分からない。
「あたしが作るんだものー。ま、王女様はその辺にいてちょーだい!」
結構適当なことを言われ、正直少し戸惑った。
「リンディアが料理するところ、見ていても構わないかしら」
「え。べつにいーけど……そんなに上手くはないわよー?」
「プロレベルなんかじゃなくてもいいの。ただ、料理というものを見てみたいだけだから」
料理は、したことがないどころか、見たこともほとんどない。大体、完成したものを目の前に出されるのが普通だから。
「そーなの? ならもちろんいーわよ」
「やった! ありがとう」
分からないことや知らないことほど、興味が湧くというものである。
「ところで、何を作ってくれるの?」
「んー……何にしよーかしら」
「卵焼きとか作れる?」
「えぇ、できるわよ。そーしましょっか!」
こうして、意味もなく卵焼きに決まってしまった。
それから私は、リンディアが料理するところを見学した。
——が、その様は想像を絶する凄まじいものであった。
まず最初、卵を割る時、ボウルの端に当てる勢いが半端なかった。恨みのある相手を鈍器で殴る時のような、激しい叩きつけ方。その迫力に、私は圧倒されてしまった。
凄まじい勢いで卵を割り、その中身をボウルへ入れる。そこへ、白い粒——塩だろうか、を入れ、掻き混ぜる。それから少しして、黒みを帯びた粒——多分胡椒を少し入れ、さらに掻き混ぜていく。
その掻き混ぜ方も凄い。
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果たして、ちゃんとした卵焼きが完成するのか——不安はあるが、今はただ見守ろう。
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