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110話 ブラックな卵焼き
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リンディアの凄まじい卵焼き作りは続く。
熱したフライパンに油をピューッとかけ、そこへ、先ほど渦潮が発生しかけていたボウルの中の卵を注ぎ入れる。
コンロの火力は最大。
噴き出す炎が目視でき、若干怖い。
フライパンに投入された卵は、みるみるうちに固形化していく。こんなに早く焼けるものなのか、という感じだ。
リンディアは近くに置いてあった菜箸を掴み、フライパンの上の固まりつつある卵を混ぜる。ぐちゃぐちゃにしてしまうようだ。
言葉が出ない。
彼女は、そうしてぐちゃぐちゃの塊のようになった黒い卵を、前もって用意していた二つの皿へずるんと乗せた。勢いのままにずるんと。卵焼きを皿へ移す時の動作とは思えない。驚くべき移し方だ。
最後に、胡椒をパラパラとかけ、彼女は私の方へ視線を向ける。
「かんせーよ」
おぉ……。
どうやら出来上がったようだ。
「料理って、凄いのね」
「いいえ。あたしは素人だし、そんなに凄くないわよー」
言いながら、リンディアは皿を二つ渡してくる。
「これ、向こうに持っていっといてもらってもいーかしら」
「もちろん。リンディアはまだ何かするの?」
「片付けをしなくちゃでしょー」
「そっか! 確かに!」
つい失念してしまっていたが、リンディアに言われて気づいた。誰かが片付けをしてくれるわけではないのだ、と。
「分かったわ、持っていっておくわね」
皿を二つ同時に持つことなんて滅多にないから、落とさず運べるか不安はあるけれど。
「あっちのテーブルでいいのよね?」
「そーよ。よろしくー」
「任せて!」
二つの皿を持ち、調理場エリア内にあるテーブルのコーナーへと歩いていく。
ゆっくり、慎重に。
少し歩いて、テーブルのコーナーへ着く。
私はぐちゃぐちゃな卵焼きが乗った二つの皿をテーブルへそっと置くと、すぐに転びそうなほど軽い椅子に腰掛ける。それから、隣の椅子を私が座っている椅子にぴったりとくっつけておいた。万が一リンディアが来たときに満席になっていたら困るからである。
私は椅子に腰掛けて、リンディアが来るのをぼんやりと待つ。
「アンタ、薬はもう取りに行けたのか?」
「行けたっぷ」
「ならいいんだが……ちゃんと働けよ」
「もちろんっぷ」
ぼんやりしていた私の視界を、話し声の大きい二人の男が通り過ぎていく。
一人はやや腹が出た三十代くらいと思われる男。もう一人は、紫の髪を頭頂部で角のように固めているスリムな男。
「あの方は失敗には厳しいからな。アンタは詰めが甘いところがある、ミスには気をつけろよ」
「分かっているっぷ! ミスなんかしないっぷ!」
元気そうな声で話しながら、ゆっくりと歩いている。
知り合いでさえない人をジロジロ見るのは失礼なのだろうが、声が大きいうえ個性的な外見の二人なので、気になってつい見てしまう。
「ご褒美がお姉ちゃんだなんて、楽しみっぷねー」
紫の髪のスリムな男は、そんなことを言いながらニヤニヤしていた。
……不思議な人たち。
「お待たせー」
待つことしばらく、リンディアがやって来た。
彼女の手には紙製コップとフォークが二つずつ。
「リンディア!」
「フォークと、ついでに飲み物も、持ってきたわよー」
「飲み物? あ、そうね。必要よね。ありがとう!」
彼女は既に、三角巾とエプロンを外していた。髪だけはくくったままだが、他は料理をする前の状態に戻っている。
「ただのお茶だけど、良かったかしらー」
言いながら、リンディアは私の向かいの椅子へ腰を下ろした。
そうか。
彼女が座るのは、隣ではなく向かい側だったか。
「えぇ、ありがとう。嬉しいわ」
「良かったー」
お茶と黒い焼き卵が揃った。
「「いただきまーす!」」
こうして、私たちはようやく手を合わせることができた。
黒い焼き卵を、恐る恐る口へ運ぶ。
「……あっ」
「どー?」
見た目の邪悪さとは裏腹に、わりと美味しい。
意外だが、卵焼きらしい味。
若干甘みが強い気はするが、吐き出したくなるほど甘いということはなかった。
「美味しいわ」
表面がカリカリしていて渋苦いところだけは微妙だが、他は悪くない。
「ちょっと焦げちゃって悪かったわねー」
「表面は大人な味よね。肝なんかの味に似ている気がするわ」
「それは焦げてるのよー。だから、表面は残していーのよ」
「そんな、もったいないわ」
表面はあまり美味しくはない。でも、リンディアが作ってくれたものだと思えば、ほとんど気にせず食べられる。
「せっかくリンディアが作ってくれたのだもの。食べられるところは全部食べなくちゃ、損よ」
美味しいものを食べたい、と思うのは普通。もちろん私だってそうだし、誰だってそうだろう。
けど、それだけではないと思うの。
自分のために誰かが作ってくれるということは、とても嬉しいこと。だから、私にとっては、リンディアの手作りであるということが嬉しい。
ぐちゃぐちゃに固まった黒い卵でも構わない。多少苦くたって、気にはならない。
「ふーん、心優しーのねー」
「当然のことだわ」
「そーなの? あたしにはよく分かんないわー」
リンディアは自身の優しさに気づいていないのだろう。彼女の言動からは、自分を心ない人間だと思っている、ということを感じ取ることができる。
けれど、彼女は本当は優しい人間。
彼女自身は気づいていないのかもしれないけれど、私はその優しさを知っている。
……って、あれ?
私、前にもそんなことを考えたことがあるような気がする。
今と同じようなことを、誰かに対して思っていた覚えがある。
誰に思っていたのだっけ。
確か……ベルンハルト?
記憶は正確ではないかもしれない。が、確か彼だったような気がする。
だとしたら、不思議なことだ。
運命という糸によって集められた私たちが、同じような部分を持っているのだとしたら、それはとても不思議なこと。
「ちょっと。どーしたのよ」
「えっ」
「王女様ったら、ぼんやりしちゃってー」
つい自分の世界に入り込んでしまっていた。
「卵焼きが苦すぎて失神したのかと思ったわよー」
「まさか! それはないわ。ただ、考え事をしていただけなの」
リンディアの卵焼きは、確かに苦い。魚介類の肝に似た、独特の苦みがある。卵焼きなのに表面が肝のような味、というのは、なかなか珍しい。生まれてこのかた、苦みのある卵焼きなんて食べたことがない。
ーーけど、さすがに失神はないと思うわよ。
熱したフライパンに油をピューッとかけ、そこへ、先ほど渦潮が発生しかけていたボウルの中の卵を注ぎ入れる。
コンロの火力は最大。
噴き出す炎が目視でき、若干怖い。
フライパンに投入された卵は、みるみるうちに固形化していく。こんなに早く焼けるものなのか、という感じだ。
リンディアは近くに置いてあった菜箸を掴み、フライパンの上の固まりつつある卵を混ぜる。ぐちゃぐちゃにしてしまうようだ。
言葉が出ない。
彼女は、そうしてぐちゃぐちゃの塊のようになった黒い卵を、前もって用意していた二つの皿へずるんと乗せた。勢いのままにずるんと。卵焼きを皿へ移す時の動作とは思えない。驚くべき移し方だ。
最後に、胡椒をパラパラとかけ、彼女は私の方へ視線を向ける。
「かんせーよ」
おぉ……。
どうやら出来上がったようだ。
「料理って、凄いのね」
「いいえ。あたしは素人だし、そんなに凄くないわよー」
言いながら、リンディアは皿を二つ渡してくる。
「これ、向こうに持っていっといてもらってもいーかしら」
「もちろん。リンディアはまだ何かするの?」
「片付けをしなくちゃでしょー」
「そっか! 確かに!」
つい失念してしまっていたが、リンディアに言われて気づいた。誰かが片付けをしてくれるわけではないのだ、と。
「分かったわ、持っていっておくわね」
皿を二つ同時に持つことなんて滅多にないから、落とさず運べるか不安はあるけれど。
「あっちのテーブルでいいのよね?」
「そーよ。よろしくー」
「任せて!」
二つの皿を持ち、調理場エリア内にあるテーブルのコーナーへと歩いていく。
ゆっくり、慎重に。
少し歩いて、テーブルのコーナーへ着く。
私はぐちゃぐちゃな卵焼きが乗った二つの皿をテーブルへそっと置くと、すぐに転びそうなほど軽い椅子に腰掛ける。それから、隣の椅子を私が座っている椅子にぴったりとくっつけておいた。万が一リンディアが来たときに満席になっていたら困るからである。
私は椅子に腰掛けて、リンディアが来るのをぼんやりと待つ。
「アンタ、薬はもう取りに行けたのか?」
「行けたっぷ」
「ならいいんだが……ちゃんと働けよ」
「もちろんっぷ」
ぼんやりしていた私の視界を、話し声の大きい二人の男が通り過ぎていく。
一人はやや腹が出た三十代くらいと思われる男。もう一人は、紫の髪を頭頂部で角のように固めているスリムな男。
「あの方は失敗には厳しいからな。アンタは詰めが甘いところがある、ミスには気をつけろよ」
「分かっているっぷ! ミスなんかしないっぷ!」
元気そうな声で話しながら、ゆっくりと歩いている。
知り合いでさえない人をジロジロ見るのは失礼なのだろうが、声が大きいうえ個性的な外見の二人なので、気になってつい見てしまう。
「ご褒美がお姉ちゃんだなんて、楽しみっぷねー」
紫の髪のスリムな男は、そんなことを言いながらニヤニヤしていた。
……不思議な人たち。
「お待たせー」
待つことしばらく、リンディアがやって来た。
彼女の手には紙製コップとフォークが二つずつ。
「リンディア!」
「フォークと、ついでに飲み物も、持ってきたわよー」
「飲み物? あ、そうね。必要よね。ありがとう!」
彼女は既に、三角巾とエプロンを外していた。髪だけはくくったままだが、他は料理をする前の状態に戻っている。
「ただのお茶だけど、良かったかしらー」
言いながら、リンディアは私の向かいの椅子へ腰を下ろした。
そうか。
彼女が座るのは、隣ではなく向かい側だったか。
「えぇ、ありがとう。嬉しいわ」
「良かったー」
お茶と黒い焼き卵が揃った。
「「いただきまーす!」」
こうして、私たちはようやく手を合わせることができた。
黒い焼き卵を、恐る恐る口へ運ぶ。
「……あっ」
「どー?」
見た目の邪悪さとは裏腹に、わりと美味しい。
意外だが、卵焼きらしい味。
若干甘みが強い気はするが、吐き出したくなるほど甘いということはなかった。
「美味しいわ」
表面がカリカリしていて渋苦いところだけは微妙だが、他は悪くない。
「ちょっと焦げちゃって悪かったわねー」
「表面は大人な味よね。肝なんかの味に似ている気がするわ」
「それは焦げてるのよー。だから、表面は残していーのよ」
「そんな、もったいないわ」
表面はあまり美味しくはない。でも、リンディアが作ってくれたものだと思えば、ほとんど気にせず食べられる。
「せっかくリンディアが作ってくれたのだもの。食べられるところは全部食べなくちゃ、損よ」
美味しいものを食べたい、と思うのは普通。もちろん私だってそうだし、誰だってそうだろう。
けど、それだけではないと思うの。
自分のために誰かが作ってくれるということは、とても嬉しいこと。だから、私にとっては、リンディアの手作りであるということが嬉しい。
ぐちゃぐちゃに固まった黒い卵でも構わない。多少苦くたって、気にはならない。
「ふーん、心優しーのねー」
「当然のことだわ」
「そーなの? あたしにはよく分かんないわー」
リンディアは自身の優しさに気づいていないのだろう。彼女の言動からは、自分を心ない人間だと思っている、ということを感じ取ることができる。
けれど、彼女は本当は優しい人間。
彼女自身は気づいていないのかもしれないけれど、私はその優しさを知っている。
……って、あれ?
私、前にもそんなことを考えたことがあるような気がする。
今と同じようなことを、誰かに対して思っていた覚えがある。
誰に思っていたのだっけ。
確か……ベルンハルト?
記憶は正確ではないかもしれない。が、確か彼だったような気がする。
だとしたら、不思議なことだ。
運命という糸によって集められた私たちが、同じような部分を持っているのだとしたら、それはとても不思議なこと。
「ちょっと。どーしたのよ」
「えっ」
「王女様ったら、ぼんやりしちゃってー」
つい自分の世界に入り込んでしまっていた。
「卵焼きが苦すぎて失神したのかと思ったわよー」
「まさか! それはないわ。ただ、考え事をしていただけなの」
リンディアの卵焼きは、確かに苦い。魚介類の肝に似た、独特の苦みがある。卵焼きなのに表面が肝のような味、というのは、なかなか珍しい。生まれてこのかた、苦みのある卵焼きなんて食べたことがない。
ーーけど、さすがに失神はないと思うわよ。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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