イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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111話 第五会議室

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 それなりに穏やかな時間を送り、ついに、約束の日が来た。
 シュヴァルと話をする約束の日である。

 場所は第五会議室。
 会議室にしてはあまり広さのない、コンパクトな部屋だ。

 室内にあるのは、横幅が五メートルほどある横長のテーブルといくつかの椅子、そしてロッカー。ちなみに、ロッカーは部屋の隅にある。

 テーブルを挟み、私とシュヴァルは向き合って座る。これまでは、彼とこんな風に真っ直ぐ向き合うことはなかったから、今私は、妙に緊張している。

 室内には、父親もいる。

 だが、私としてはそれは好都合なこと。なぜなら、シュヴァルの言動すべてを父親に見せられるということだからだ。

 もちろん、室内にいるのは、それだけではない。

 アスターは回復しきっていないため来ていないが、ベルンハルトとリンディアは来てくれている。もし何かあった時に備えて、である。

 そして、フィリーナもいる。
 ちなみに、彼女のことを見張っているのはリンディア。

「それで王女様、お話とは?」

 先に切り出したのは、シュヴァル。

「王女様からこのシュヴァルに用があると、そう伺っておりますが」
「……単刀直入に聞かせてもらうわ」

 できれば早く決着をつけたい。
 だから、本題から入っていくことにした。

「シュヴァル、貴方……私のことを狙っているの?」

 彼にこんなことを問う日が来るなんて、夢にも思わなかった。
 以前から彼のことはあまり好きではなかったけれど、それでも、ずっと王女と星王の側近という関係であり続けられるのだと思っていた。

「ここ最近の襲撃、貴方が仕掛けたことなのではない?」
「何を仰っているのか分かりませんが。このシュヴァルが王女様を狙う理由なんて、あるものでしょうか」

 シュヴァルの表情には、まだ余裕がある。
 王女なんかに口で負けるわけがない、とでも思っているのだろう。

「このシュヴァルは、長年、星王様にお仕えしてきた身です。裏切るつもりなら、もっと早くに裏切っていたはずではありませんか」
「長年仕えることで『絶対裏切らない』と思い込ませておいてから、裏切る。そういうことはないかしら」

 ふと視線の端に入ったベルンハルトは、部屋の隅にあるロッカーをじっと見つめていた。
 ベルンハルトが余所見だなんて、珍しい。

「王女様、そんなことはあり得ませんよ」
「そうかしら」
「色々あって心配になられるのは理解できます。疑心暗鬼になられるのも、無理はありません。ただ、身近な者から疑っていくというのは少々おかしな話かと」

 シュヴァルに隙はない。

「そうだよな! シュヴァル!」

 唐突に口を挟んできたのは父親。

「裏切るわけがないよなぁ!」
「もちろんです」

 父親は「シュヴァルは裏切らない」と信じたがっている。彼が求めているのは自分にとって都合のいい答えで、それはシュヴァルも理解しているだろう。

 それだけに、厄介だ。

 何か証拠があれば、話が早いのだが。

 ——そんな風に思っていた時。

「あ、あの……!」

 リンディアに見張られているフィリーナが、体を縮こめたまま、口を開いた。

「フィリーナ?」

 物陰に隠れる小動物のように小さくなっているフィリーナは、怯えているのか、その琥珀のような瞳を揺らしている。

「少し……その、構いませんか……」
「何か言いたいことがあるの?」
「は、はいぃ……」

 私がフィリーナの立場だったら、多分、小さくなってじっとしていることしかできなかったと思う。このような冷たい空気の中にいても発言しようとする彼女の度胸は、私も見習わねばならぬ立派なものだ。

 フィリーナの琥珀の双眸が、シュヴァルを捉える。

「その……役目を果たせなくて、すみません……」

 彼女はシュヴァルに対し謝罪した。

「はい?」

 突然の謝罪に、怪訝な顔をするシュヴァル。

「失敗したことは謝りますぅ。で、でも……やっぱり、人を傷つけるのは……良くないです……」
「何の話ですか」

 シュヴァルはますます怪訝な顔になる。

「悪い人でもない人を殺すなんて……やっぱり、良くないと思うんです……」
「待って下さい。一体何を」
「忘れていませんよね……『王女様を確実に仕留めるために、一人にする』と、そう……言ったこと」

 フィリーナは両手を胸の前に寄せつつ、言葉を紡いでいく。

「あの時は……家族のことを言われて、怖くなって……拒めなくなりました……。でも、今なら言えます……! 仕留める、なんて、間違っているって!」

 いつもは失敗ばかりのフィリーナ。ちょっとのことですぐ涙目になる、情けないフィリーナ。
 けれど、今の彼女からは、凛とした空気が感じられる。

 不思議な現象だ。

 まるで、別人とすり変わってしまったかのよう。

「……もう止めて下さい。止めましょう、もう……こんなことは。こんなことを続けても、誰も幸せになんて……」

 その時。

 シュヴァルが突如、テーブルを強く叩いて立ち上がった。
 ばぁん、という刺々しい音が空気を揺らし、部屋全体に緊張の波が押し寄せる。

「貴女、一体何を言っているのですか」

 脅すような低い声で述べるシュヴァルの顔からは、先ほどまでのような余裕は消えていた。

 ——フィリーナの言葉は真実。

 シュヴァルの顔つきから、私はそう察した。

 だって、そうだろう。
 元々血の気の多い者ならともかく、冷静なシュヴァルなら嘘を言われて怒ったりはするまい。

 いや、もちろん、嘘を言われて腹が立つのは分かる。

 しかし、日頃のシュヴァルなら、こんな乱暴な行動には出ないと思うのだ。普段の彼ならちゃんと言葉で説明すると、そう思うのである。

「誤解を招くような嘘は控えていただけますかね?」
「あ……ごめんなさい。でも……! 嘘は言っていません……!」

 シュヴァルは無表情だ。
 目の前のフィリーナへ、憎しみのこもった視線を向けるだけである。

「シュヴァル、どうなっているの」

 私はシュヴァルに向けて言い放つ。

「やっぱり無関係じゃなかったのね?」
「…………」
「答えてちょうだい!」
「……えぇ」

 ——刹那。

 フィリーナの首に、弾丸が突き刺さった。

「あ」

 紅の飛沫が散る。

 それは、本当に一瞬のことだった。
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