イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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115話 現状を知り

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 イーダとリンディアが廃ビルへ連れていかれていた頃、父親——星王は、ベルンハルトと一緒にいた。

「はぁ、はぁ……」

 久々にまともに走ったからか、星王は荒い呼吸をしている。

「大丈夫か」

 呼吸が乱れる星王を、ベルンハルトは不安げに見つめる。

「もちろん大丈夫だけどなぁ……ただ、ちょっと……」
「何だ」
「ショックが……大きすぎてぇ……」

 星王の足取りはかなり不安定だ。まるで酒を飲み過ぎたかのように、ふらりふらりとした歩き方になっている。

「気分が悪いのか」
「まさか本当にぃ……シュヴァルが……ううぅ」

 シュヴァルの裏切りを知ってしまったことがよほどショックだったらしく、星王は涙目になっていた。長い間シュヴァルを純粋に信じていた彼にとって、突きつけられた現実は少々酷だったかもしれない。

「無理はしない方がいい」
「うぅ……」

 すっかり落ち込んでしまっている星王は、ベルンハルトにもたれかかる。

「……そうだぁ」
「何か?」

 ベルンハルトは星王の体を支えつつ、会話を続ける。

「イーダは、イーダはどうなったんだぁ……?」
「リンディアがついている」
「なかなか来ないけどぅ……本当に大丈夫なのかぁ……?」
「もしものことがあった時には、と、リンディアとは前もって話をしていた。だから大丈夫だ。彼女はきっと、イーダ王女を護る」

 その時。一人の侍女が、星王らのもとへと走ってきた。

「あのっ!」

 すべての侍女が星王と接触したことがあるわけではない。いや、それどころか、むしろ星王と直接関わったことのない侍女の方が多いくらいだ。

 そのような状態だから、星王は、走ってきた彼女のことを知らない。

 ただ、彼女の顔が青ざめているのを見て、何かが起こったのだろうと察することはできたようだ。

「今さっき、目隠しされたイーダ王女が連れていかれるところを目撃しました!」
「まさか!」

 侍女の発言に対し、すぐに言葉を返したのはベルンハルト。
 彼の瞳は、動揺の色をくっきりと映し出している。

「……赤い髪の女はいたか」

 ベルンハルトの双眸がキッと鋭くなるのを見て、侍女は少々怯えたような目つきになった。

「赤い髪の……女性、ですか?」
「近くにいなかったか」
「えぇと……」

 侍女は視線をほんの少し左上へ移動させる。

「あっ! そうでした!」

 暫し何やら考えた後、彼女はそう発した。

「いてました! 赤い髪の方! 確か、男に担がれていたような……そんな記憶があります」

 ベルンハルトは眉を寄せる。
 それから少しして、彼は静かな声で「そうか」と発した。

「う……嘘だろぅ……!?」

 その時になって、ベルンハルトに支えられていた星王がようやく口を開いたのだった。

「イーダが……イーダがぁ……」

 星王の瞳は、凄まじい勢いで震えていた。

「また、あの時みたいになったら……!」
「落ち着いてくれ」
「あ、あぁ……! そんなぁ……!」

 ベルンハルトは情報を教えてくれた侍女に軽く礼を言うと、混乱した状態の星王の体を支えて歩き出す。

「嫌だ嫌だ嫌だ……」
「取り敢えず、アスターのところへ行こう。その方が、一人よりかはましだろう」
「イーダイーダイーダ……」

 正気を失ってしまっている星王はよく分からないことを繰り返す。意味もなく、ただひたすらに繰り返す。その光景は、狂気さえ感じられるようなものだった。

 そんな中にあっても、ベルンハルトは表情を崩さない。

 彼とて、この急展開に動揺していないということはないだろう。不安や焦りも、多少はあるはずだ。
 ただ、それでも表情は変えなかった。


 アスターがいる部屋に着いた。
 ベルンハルトは星王の体を支えたまま、室内へと入る。

「おぉ、ベルンハルトくん!」

 ベッドの端に座り本を読んでいたアスターは、ベルンハルトらの気配にすぐに気づき、振り返った。少し嬉しそうな顔で。

「話は終わったのかね?」
「……れた」
「ん? 悪いが、もう一度言ってもらっても構わないかな」
「連れていかれた」

 やや俯いているベルンハルトの唇から零れた言葉に、アスターは口をあんぐりと空けた。

「そんなことが……?」
「リンディアも」
「な! リンディアまで!」

 驚いた顔でアスターは言った。
 いきなり告げられた言葉を、彼は、まだ理解しきれていないようだ。

「アスター、この人をここへ置いていってもいいか」
「星王だね。構わないよ」

 言いながら、アスターはゆっくりと立ち上がる。そして、部屋の隅にあった椅子をベルンハルトの目の前にまで運んできた。

「もう歩けるのか、アスター」
「戦えるかは分からない。ただ、普通に生活する程度なら何の問題もないよ」

 肩や手の甲にある刺された跡は、まだ消え去ってはいないだろう。完治してもいないはずだ。しかしアスターは、何事もなかったかのように振る舞っている。

「さぁ、この椅子に座るといい」

 アスターは意外にも、柔らかな笑みを浮かべた。甘い微笑みだ。
 それに対しベルンハルトは、あっさりとした声色で「感謝する」とだけ言い、星王を意外へ座らせる。

「嫌だ……嫌だ嫌だぁ……」

 意識があるのかないのか、それすらはっきりしないような状態の星王は、まだ言葉を漏らしていた。

「すまんイーダ……すまん……ああ嫌だぁ……」

 とても正気とは思えないような振る舞いを続ける星王を、アスターとベルンハルトは、それぞれじっと見つめる。

 十秒ほど見つめ、二人はほぼ同時に顔を上げる。

「……これは一体、どうなっているのかね?」
「イーダ王女が連れていかれたショックでこうなってしまった」

 ベルンハルトの言葉に、眉を上げるアスター。

「そうか……まぁ無理もない」

 アスターの呟きに、ベルンハルトは首を傾げる。

「どういう意味だ」
「娘を失うということはだね、それだけ辛いことなのだよ」

 二人が言葉を交わしている間も、星王はずっと、「嫌だ」だとか「イーダ」だとかを繰り返し発していた。

「アスターにも娘が?」
「私の娘はリンディアだよ」
「……リンディア? あいつはシュヴァルの娘ではなかったのか」
「そうだとも。ただ、彼女の一番近くにいたのは私だ。だから、父親のようなものなのだよ」

 アスターは過去に思いを馳せるような遠い目をしていた。

「……父親は」

 ベルンハルトは小さく口を動かす。

「父親は、子の幸福を望むものなのだろうか」
「ん?」
「子が、用意されていたのとは違う勝手に選んだ道を行ったとしても、それでも、幸福を望んでくれるのだろうか」

 アスターは不思議なものを見たような顔。
 戸惑っているようだ。

「僕の父親はオルマリンと戦ってきた。そして、結果的に命を落とした。けど、その意思が消えるわけじゃない——父親はそう思っていたはずだ」

 ベルンハルトは俯く。

「打倒オルマリンの意思は、息子である僕が継ぐ。誰もがそう思っていたはずで。だが、僕はその意思を継げなかった」
「……ベルンハルトくん」
「今でも時折思うことがある。僕は選ぶ道を間違えたのではないか、と」
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