イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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126話 撃退に必要なのは、強さだけではない

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 両方の手のひらを上へ向け、やれやれ、といった風に首を横に振るラナ。
 あどけなさの残る少女の姿をした彼女がそんな動作をすると、大人と子どもが混ざったような奇妙さが漂う。

「……ちょっと、どーなってんのかしらー……?」
「私も知らないの。でも、攻撃してくる感じではなさそうね」

 私とリンディアがひそひそ話をしていると、ラナが「ひそひそせんとはっきり言いや!」なんて声をかけてきた。

 真っ直ぐさの感じられる発言に、私は微かに笑みを浮かべてしまう。

 もちろん、変な意味ではない。
 ただ、少々ほっこりしたのである。

「そうね。小さな声で話すなんて失礼よね、ごめんなさい」
「……素直やな。調子狂うわ」

 ラナは歯切れよく呟き、耳元を軽く掻く。
 そんな彼女に、私は言う。

「ねぇ、お願いがあるの。私たちのこと、見逃してくれない?」

 完全に敵であるラナに対してこんなことを言うのは、凄く勇気のいることだった。すぐに頷いてもらえるとはとても思えないようなことを言うわけだから、発する瞬間の緊張感といったら恐ろしいものがある。

「シュヴァルに絶対的な忠誠を誓っているわけではないのでしょう? それなら、どうか、見逃してほしいの」
「……見逃してほしい、やって?」
「そう。私は戦えないし、リンディアも今はまともに動けないのよ。だからどうか。お願い」

 ——暫し沈黙。

 ベッド以外には何もない殺風景な部屋の中、ラナだけを見つめ続ける。

 宇宙に飛び出したかのような静寂の中で、敵である人物の瞳を凝視し続けるというのは、簡単なことではなかった。

 いきなり攻撃されたらどうしよう。
 心ない言葉をかけられたらどうしよう。

 もちろんそれだけではなく、他にも色々あるが、とにかく考えてしまうのである。

 けれど私は、ラナから視線を逸らさなかった。

 それは、彼女と分かり合えたら、という思いがあったからだ。

 目を逸らすことは簡単。視線をラナから外すだけでいいのだから、難しいことではない。私にだって、苦なくできることである。

 だが、簡単な方向に逃げているだけでは何も変わらない。

「……ん、まぁ、そやな」

 長い沈黙の果て、先に口を開いたのはラナだった。

「うちかてそっちに直接的な恨みがあるというわけやないし……まぁ、見逃してやってもいいか」

 ラナの口から出たのは、意外な言葉。

「分かった。今日のところは見逃したる」

 そう言ってから、ラナはびしっと指を差してきた。私に向けて、だ。

「でもな、王女様」
「……何」
「王女様はいずれ頂点に立つんやろ?せやから言っとくけど、この星は今のままやったらあかん」

 ラナの口から出ている言葉だとは、とても思えない。
 けれども、発しているのは確かにラナだ。

「こんなままやったら、保ち続けていくんは無理や。いずれ反乱か何かが起こって、滅茶苦茶になるかもしれんよ。まぁ、うちは予言者ちゃうから、『絶対』なんてことは言えへんけどな」

 言い終わると、ラナは軽く手を掲げる。

「そしたら、失礼するわ」

 体をくるりと返し、開いている扉の方へと歩き出す。
 その背中に、私は叫んだ。

「待って!」

 私たちは敵同士。
 でも、今はもう、狙う狙われるの関係ではなくなった。

 だからこそ、言いたい。

「ラナ! フィリーナを心配してくれてありがとう!」

 私の発言に、驚きを露わにするリンディア。

 今この状況下でこんなことを言うというのは、もしかしたら、少しおかしいのかもしれない。誰もが選ぶ選択肢ではないのかもしれない。リンディアが驚いた顔で言葉を失っていたのを見て、若干そう思った。

 でもいいの。
 たとえ普通でないとしても、それが私の選んだ選択肢だから。

「その……今度は、敵としてではなく会えたら嬉しいわ」

 返事はなかった。
 静寂の中、ラナの小さな影は闇に沈む。


「……やるじゃなーい」

 ラナが去った後、ベッドに横たわったままのリンディアがそう言った。

 視線をリンディアへ落とす。
 彼女の目は、前に見た時よりかは開いていた。もしかしたら、注射された薬品の効果が少しずつ切れてきたのかもしれない。

「ふぅ。取り敢えず何とかなったわね」
「か弱いわりには……頑張った方じゃなーい?」
「えぇ、頑張ったつもりよ」

 今は緊張状態にあるおかげで疲れを感じにくくなっている。しかし、気が緩んだ瞬間どっと疲れが来そうな気がする。

「……ふーん。頑張ったなんて、自分で言っちゃうのねー」
「まさか。つもりよ、つもり」

 自分としてはかなり頑張った気でいるが、物差しには個人差があるものだ。私が頑張ったと思っていても、「べつに頑張っていないじゃないか」と思う人もいるかもしれない。だから「頑張った」ではなく、「頑張ったつもり」という表現にしたのである。

「自分で『自分は頑張った』なんてことは、少し言いづらいわ」

 私が口を動かすと、リンディアは柔らかく、ふふ、と笑みをこぼした。
 女性らしさのある表情。男性が見ていたなら、十人中八人は恋に落ちそうなくらい魅力のある笑みだった。

「……そーね」

 それから彼女は、横になったまま、右手を上へと伸ばす。

「……ちょーっと、手を貸してもらえるかしらー」

 段々起きられる気がしてきたのかもしれない。そう思い、私は、彼女が上へ伸ばした腕を掴む。

 掴む時の力加減が難しい。
 弱すぎたら意味がないだろうし、強すぎると痛いだろうから。

「こう?」
「そ。……起こしてもらえるかしらー」
「えぇ、やってみるわ」

 腕を掴んでいるのと違う方の手は、リンディアの背中に添える。

「こ、こんな感じ……?」
「……やり方なんて、何でもいーわよー」
「分かったわ」

 ゆっくりと上半身を起こすリンディア。私は両手で、それをサポート。
 結果、彼女は上半身を起こすことに成功した。
 胸に得たいの知れない達成感が込み上げてくる。私は軽くサポートしただけだというのに、まるで自分が起き上がることに成功したかのような達成感があった。

「やったわね! リンディア!」
「……喜んでる場合じゃ、ないわよー……」
「あ、そうね。つい。ごめんなさい」
「……べつに、謝らなくていーわ」

 上半身を起こし、ようやく座る体勢になれたリンディアは、片手で乱れた髪を整える。
 紅葉のような赤が、私の視界をさらりと流れた。

「……さて。これから……どーすべきかしらねー……」
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