イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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127話 一つ、過ぎて

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 ラナは去った。
 一つ、嵐が過ぎた。

 けれど、まだ安心はできない。というのも、これで終わりではないからだ。ラナから逃れただけで、すべてが終わるわけではない。

 すべてを終わらせるためには、元凶であるシュヴァルをどうにかせねばならないのである。

「リンディア、歩くのはまだ無理よね?」
「……そーね。この感じだと、どーも……そのうち歩けるよーには、なりそーだけどねー」

 リンディアを一人ここに残していくのは心配。だが、アスターやベルンハルトの様子も気になる。

 結局何もできない私だから、いてもいなくても同じこと。
 それは分かっているのだけれど、でも、やはり気になって仕方がない。

「もう少し時間がかかりそうよね」
「そーね」
「……ベルンハルトたち、大丈夫かしら」

 制止を聞かず飛び出してきた私には、こんなことを言う資格なんてないのだろうけど。

「……相変わらず、他人の心配ばっかしてるのねー」
「えぇ、心配よ。もう誰も失いたくないんだもの」
「そ。ま、心配したっていーんじゃない? あたしからすれば、他人の心配より……自分の心配をなさいよーって、感じだけどー……」

 リンディアの言うことはもっともだと思う。
 本当は、他人の心配をしている余裕なんてないはずなのだ。私の存在によってベルンハルトらが巻き込まれてしまうのだから、本当は、私が自分の身を護れるようになることが最優先なのである。

「……そうね、そうよね」

 必要なのは、現実に向き合う勇気。
 ただそれだけで。

 けれど、私はそれを手にすることができずに、ここまで来た。

「私が変わらなくちゃ、何も変わらない」

 すると、リンディアは口を開く。

「……そーね」

 ベッドの上で上半身を起こしているリンディアは、静かな声を発する。

「でも……もう変わりつつあると思うわよー」
「えっ」

 リンディアの水色の瞳が、私をじっと見つめてきた。

 水晶のような美しさのある瞳に凝視されると、言葉を発せなくなってしまう。しかも、その瞳と一度視線を合わせてからは、目を逸らせなくなってしまった。

「……王女様はもー、弱々しい王女様じゃなくなったでしょー?」

 さらりとそんなことを言うリンディア。

 だが、私には分からなかった。
 彼女が何を言っているのか、正確に理解することができなかったのである。

「どういう意味? 私は強くなれてなんかいないと思うけど……」
「それはねー……気づいていないだけよー」
「気づいていない、ですって?」

 私は改めて、彼女の瞳を見つめる。

 そして、彼女の発言が冗談でないことを悟った。

 リンディアが真剣に物を言っていると感じられたのは、彼女の瞳が真っ直ぐな光を放っていたからだ。もしその光に気づかなかったとしたら、私は、彼女は冗談を言っているものと思い込んで終わっていただろう。

「何を言い出すの? リンディア。よく分からないわ。私は……あの春から、何一つとして成長できていない。そう思うの」
「……それはそー思い込んでるだけよ」

 視線が重なり合う。

「……なら聞くわ。その春の頃の王女様なら、ラナを口で追い払うことなんて、できたかしらー?」

 ——私は何か変わったのだろうか。

 リンディアに言われて、もう一度それを考えてみる気になった。
 けれど、私の脳が「変わることができた」という答えを出すことはなかった。

 武術を学んだわけでもない。熱心に勉強に取り組み、知識を蓄えたわけでもない。ただひたすら、従者たちに護られ続けてきただけ。そんな私が「変わることができた」とは、とても思えなくて。

「あるいは……一人で勝手にこんなとこまで来たり、したかしらー? ……どーなのよ?」

 リンディアはそう問う。私はその問いに、すぐには答えられない。

「……どーなの? 答えるくらい簡単でしょー? ねぇ——んっ!」

 途中で言葉を切り、リンディアは拳銃を構える。

 赤い銃口が、扉の方へと向けられた。

 私は一瞬何事か理解できず、焦る。しかし、四五秒が経過してから、リンディアが武器を構えた理由に気づいた。
 ぱたぱたという足音が聞こえてきたから、ということなのだろう。

「敵?」
「分かんないわよー。ま、でも……いちおーね」

 足音は徐々に近づいてきているようだった。

 ラナが戻ってきた? シュヴァルが狙いに来た? それとも、ベルンハルトかアスター?

 考えられるパターンは山のようにあるが、ヒントは何もない。

「……備えておいて損はないでしょー」
「それはそうね」

 私も心の準備をしておかなくちゃ。

 もちろん、足音が味方のものという可能性もある。けれど、敵の足音である可能性だって高いのだ。まだ気を緩める時ではない。
 そんなことを考えているうちに、足音が大きくなってきた。見えない誰かが近づいてくるのが分かる。リンディアが構えている拳銃の安全装置を解除するところを見て、全身に緊張が駆け巡った。

「……もーそろそろ来そーね」
「えぇ……」
「……そんな顔、してるんじゃないわよー。あたしがいるわ。少しくらいなら、戦えるわよ」

 リンディアは、まだ、立ち上がれそうにない。

 彼女が傍にいてくれることは、とてもありがたいこと。けれど、今の状態のままでは、いくら彼女でもまともに戦えないだろう。

 だが、親切心で言ってくれた言葉に対して否定的なことを返すというのは、善の心が少々痛む。なので私は、「そうね。頼もしいわ」と、短く返しておいた。


 やがて、視界に現れる人影。
 リンディアは咄嗟に引き金を引いた。

 緑色をした細い光が、彼女が構える赤い拳銃の先端から放たれる。発射された光は、微かに曲がることさえなく、宙を駆けていく。

「くっ!」

 人影の声。

 ……ん? ちょっと待って。

 思わずそう言いたい衝動に駆られた。というのも、人影から漏れた声に、聞き覚えがあったのである。それも、非常に聞いたことのある声だ。

 宙を駆けた緑色の光。それは、何か——恐らく人影の正体にぶつかり、花火のように散った。光が散るまでにかかったのは、ほんの数秒。十秒にも満たない、本当に一瞬のことだった。

「敵か!」

 そんな一瞬の出来事の後、開いた扉の向こう側に、ナイフを構えて警戒しているベルンハルトの姿が見えた。

「……あらー」

 ベッドの上のリンディアが漏らす。

「やっちゃったわねー」

 リンディアも、人影の正体がベルンハルトであったことに気がついたようだ。しかし、謝る気はなさそうである。

「リンディア?」
「……ごめんなさいねー。まさかアンタだとは思わなかったわー」

 一言交わして、ベルンハルトはナイフを構えることを止めた。
 彼はナイフを下ろし、私たちがいる方へと歩いてくる。

「イーダ王女も一緒か」

 あ、これはまずい。
 言うことを聞かず飛び出してきて、それっきりだっただけに、かなり気まずい。

「そーなのー。……逆に助けられちゃったわー」
「しっかりしてくれ」
「……は? うっさいわねー、黙ってなさいよ」

 ベルンハルトにはきつい言葉を向けるリンディア。
 しかし、当のベルンハルトはというと、彼女の方など見てはいなかった。
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