イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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134話 泣きすぎ

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 こうして、シュヴァルは拘束され、ひとまず今回の騒動は幕を下ろした。

 最後ここまで良い結果に持ち込めたのは、カッタッタらの協力があったということが大きいと思う。無論、そこまで戦い続けてくれたリンディアやベルンハルトやアスターの功績もかなり大きいわけだが。

 これでもう、私たちが襲われることはないだろう。

 シュヴァルが自由の身でなくなった。それだけのことだが、多分、とても大きなことだと思う。彼が自由に動けなければ、彼の手の者に襲われることはなくなるのだから。


「イーダアァァァッ!!」

 ベルンハルトと共にいつも暮らしている建物へ戻ると、父親が出迎えてくれた。
 彼は私の姿を見ると、瞳を濡らし鼻水を垂らしながら、躊躇いなく抱き締めてきた。

 いつもなら「止めて!」と言っていただろう。そして、絡みつく体を振り払おうとしていたはずである。ただ、今日はそうしなかった。それは、私もまた父親に会えて嬉しかったから。死を覚悟した瞬間もあったけれど、またここへ戻ってこられた。それが、とても嬉しいから。

「良かったぁぁぁっ!!」
「耳元で叫ぶのは止めてちょうだい、父さん」
「これが、叫ばずにいられるかぁぁぁっ!!」

 私の体を強く抱き締め、父親は大声を出す。
 そのたびに鼓膜が痛む。至近距離で叫ばれると、耳の奥がじんじんしてきてしまうものだ。

「止めて! 耳が痛いわ!」
「耳なんてどうでもいいだろぉうぅぅぅ!? 今大事なのは、イーダが無事だったことだろぅぅぅ!?」

 いや、本当にもう勘弁していただきたい。

 叫ぶのは勝手だが、他人の耳元の近くでというのは、できれば避けてほしい。せめて、もう少し離れたところで叫んでもらえると助かるのだが。

 私は助けを求めるように、背後のベルンハルトを一瞥する。

 しかし、彼は助けてはくれなかった。
 視線が合った瞬間に苦笑するだけ。彼は傍観に徹している。

 なんてこと! こういう時こそ力を貸してほしいのに!
 ……などと思いつつ、私は父親に言う。

「心配してくれたのね、父さん。ありがとう。それは感謝しているわ」
「うううっ……良かったぁぁぁ……」
「心配かけてごめんなさい」
「いや、いや、いいんだぁ……。イーダは悪くないぃぃぃ……」

 目元は赤く腫れ、鼻の付近は鼻水でびしょびしょになり、唇は震えて。そんな、とても人前には出られないような顔面になりながら、父親は私を抱き締め続ける。

 好きな人にならともかく、父親に抱き締められるなんて。
 あまり嬉しいことではない。

 ないのだけれど、今は、嫌ということはなくて。

 私は父親を心配させてしまった。だから、その償いと言ってはなんだが、もう少しこうしていようと思う。離せとは言わないようにしよう、と、密かに思っている。

「悪かったのは俺だぁ……シュヴァルの言うことばかり信じてぇぇぇ……ごめんな、イーダぁ……」
「いいのよ。謝らないで」
「けど、俺がもっと早く気づいていればぁぁぁ……」
「父さんは悪くないわ。だって、最後は分かってくれたもの」

 買ってほしいおもちゃがあるのに帰らされそうになっている子どもといい勝負ができそうなくらい、父親は泣いていた。

 大きな娘のいる父親とはとても思えないような、豪快な泣き方。今の彼を見たならば、彼が星王であると、誰が気づくだろう。きっと、百人に一人も気づかないに違いない。


 抱き締められてからだいぶ時間が経ち、私はようやく離してもらえた。
 そのタイミングで、それまでずっと黙っていたベルンハルトが口を開く。

「遅くなってすまなかった」

 いきなりそう言われた父親は少し戸惑ったような顔をしたが、十秒ほど経過してから、首を左右に動かした。

「いいんだよぅぅぅ……」

 父親はそう言って、頭を下げる。

「イーダを助けてくれたこと、感謝するぅぅぅ……!」
「そう言ってもらえることは嬉しい。が、僕は何も、感謝されるようなことはしていない。ただ、従者としてできることをしただけのこと」

 ベルンハルトは父親を見つめながら、微かに頬を緩める。

「僕をイーダ王女に出会わせてくれたのは、貴方だ」


 父親としばらく話してから、私とベルンハルトは移動することになった。行き先は、リンディアがいるという部屋。彼女に会いに行くのだ。


 白い壁紙の小さな部屋に入ると、ベッドに横たわっているリンディアの姿が視界に入った。
 彼女は、部屋に入っていった私に気づくと、すぐに上半身を起こす。そして、胸の前で開いた右手をひらひらさせる。

「あらー来てくれたのねー」
「リンディア! 大丈夫?」

 私は彼女のベッドへ駆け寄りつつ尋ねる。

「もっちろん、大丈夫よー。心配かけちゃって、悪かったわねー」

 水晶のような透明感のある水色の瞳は、湖の水面のように澄んで。皮膚も、白すぎず黒すぎもしない、健康的な色になっている。

 表情は生き生きしているし、元気そうだ。

「それは良かった」
「あらー。ベルンハルトったら、どーいうつもりかしらー? あたしの心配するなんて、アンタらしくなーいわよー」

 リンディアの言葉に対し、ベルンハルトは唇を閉じる。そして数秒、考えるような顔をした。彼は、それから口を開く。

「僕はべつに、お前が心配で言っているわけではない」
「そーでしょーねー」
「僕はただ、お前のことを心配しているイーダ王女を心配しているだけだ」

 え、何それ。どういう意味。

「お前が弱っていると、イーダ王女も不安になるだろうからな」
「そーねー」
「なるべく元気に振る舞ってくれよ」
「……それここで言っちゃ駄目でしょー?」

 リンディアは小さく苦笑して、再び私へ視線を戻してくる。

「でも、良かったわねー」
「え?」
「これでもー襲撃は起こらないんだもの」
「あ、えぇ。そうね」

 シュヴァルが捕まった。だから、恐らくもう、襲撃は起こらないだろう。

 頭では分かっている。
 けれど、まだ実感が湧かない。

 ことあるごとに発生する襲撃。度々身の危険に晒される。そんな暮らしを数ヵ月続けてきた。だから、平穏な暮らしなんてもう忘れてしまった。何も起こらない日々なんて、想像できない。

「そうね! きっと平和になるわね!」

 私は一応そう返しておいた。

 でも、しっくりこない。

 平和な日々。穏やかな暮らし。
 あんなに望んでいたはずなのに——今は少し、おかしな感じがするの。
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