イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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136話 先ゆく者の足跡を、辿りゆくわけではなく

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 ベルンハルトは、アスターの容態をリンディアに伝えるべく、私の自室から出ていった。

 部屋に一人になる。
 ふと目を向けた窓の外は、よく晴れている。

 ——もう襲撃されることもないのね。

 そう思うと、不思議な感じがした。言葉では言い表せないような不思議な感覚に襲われた。

 私だってべつに、長年襲撃され続けてきたわけではない。十八の春、従者の多くを失ったあの一件が起きるまでは、それなりに穏やかに過ごしていたのだ。

 けれど、襲撃されるようになってからの日々は実際の時間よりも長く感じられて。

 だからもう、数年襲撃され続けているかのような気分だ。

 だが、そんな日々ももう終わる。
 嵐が過ぎて太陽の光が差し込むように、穏やかな日々へ戻ってゆくのだ。

「……これから、どうなるのかしら」

 きっと、変わってゆくものもあるのだろう。もちろん変わらないものはあるだろうが、変わりゆくものも少なくはないはずだ。

 未来はまだ見えない。
 私は何も知らない。

 いや——もしかしたら何も知らないのは、私だけではないのかもしれない。誰もが未来を知らず、ただ今を歩んでいく。それが真実なのかもしれない、と、そんな風に思ったりした。


 コンコン。

 一人窓の外を眺めていた時、誰かがノックした。

「はーい」
「父さんだぞぅ」

 ベルンハルトじゃなかったのね、と少しがっかりしたことは秘密にしておこう。

「鍵はかかっていないわ。勝手に入ってちょうだい」
「えぇー! 開けてくれないのかぁー!?」
「自分で開けて!」

 父親のためにわざわざ扉の方まで歩くというのは、正直面倒臭い。鍵がかかっているのなら仕方がないから動くが、開いているのだから自力で入ってきていただきたいものだ。

 しばらくすると、扉がゆっくりと開く。
 そして、父親が現れた。

 彼はなぜか、凄く疲れたような顔つきをしている。

「開けてくれないなんてぇ……酷いぞぅ……イーダぁ……」

 初め私は、扉を開けてもらえなかったことに対しがっかりしていて、弱ったふりをしているのかと思った。どうせわざと大袈裟に振る舞っているだけでしょ、なんて考えていた。

 しかし、どうもそうではないようで。

 というのも、少し時が経っても、父親の顔つきに変化はなかったのである。

 扉を開けてもらえなかった。それにがっかりして落ち込んでいる演技なのならば、そのうち普段の表情に戻っていくことだろう。
 だが父親は、疲れた顔のままだった。

 そこから私は、恐らく本当に疲れているのだろうな、と察した。

「どうしたの? 父さん。そんな疲れた顔をして」

 シュヴァルは拘束され、私も戻ってきた。父親は喜ぶはずなのだ。

 にもかかわらず、この顔。
 嫌なことばかりが続いて精神が摩耗している人みたいな表情。

 どうなっているのやら。

「今日はなぁ……シュヴァルと話をしてきたんだよぅ……」

 あ、なるほど。

 そういうことなら、浮かない顔をするのも無理はないかもしれない。ずっと信じてきた相手が裏切り者で、そうと分かって話すとなれば、心は疲労するだろう。

「シュヴァルと?」
「あぁ……」
「で、何か分かったの?」
「やっぱりあいつは……裏切り者だったんだなぁ……」

 父親の顔は暗い。まるで、雨が降り出す直前の空のよう。

「アスターの言っていることは間違いではなかったんだぁ……うぅ……」

 いつもやけにテンションの高い父親が落ち込んでいる。それを見ると、なんだか調子が狂ってしまう。こっちまで、暗い気分になってしまいそうだ。テンションが高すぎるというのも若干鬱陶しいのだが、暗い顔をされるよりかは良いのだと、今さら気がついてしまった。

「王妃殺害も、イーダが狙われたのも、全部あいつの仕業だった……うぅう……」

 父親は世に絶望したような顔。私はさすがに見ていられなくなって、彼の片手を握った。そして、もう一方の手で背中を撫でる。

「落ち込まないで、父さん。大丈夫よ」
「大丈夫じゃないぃ……。もう星王なんて無理だぁ……」

 なんて面倒臭いの、この父親。

「シュヴァルしかいないわけではないでしょう? だから大丈夫。みんな助けてくれるわ」

 私がそう言うと、父親は首を左右に激しく振った。

「誰も助けてなんてくれないんだよぅ……!」
「そう? どうしてよ」

 そこで急に声を大きくする父親。

「俺が星王に就任した時だってなぁ! みんな『馬鹿だ馬鹿だ』ってネタにするだけで、協力なんてちっともしてくれなかったんだぞぅ! そのくせぇ、星内で何か事件があったらぁ、『星王が無能だから』なんて言いやがるんだぁ!」

 私は静かに聞いた。
 心に溜まっている汚れは、吐き出した方がいい——そう思うから。

「寄ってたかって批判ばかりしやがってぇ!」

 父親の声は怒りの色を帯びている。
 けれど、胸に伝わってくるのは悲しみと孤独。

 星王は一人だ。一人で、この星で起こるすべてを受け入れなくてはならない。丁重に扱われはするだろうが、そこにまとわりつくのは孤独感のみ。

 これが未来の私の姿なのか。
 こんな虚しいものに、いずれならねばならないというのか。

 ……いいえ。

 私は父親のようにはならない。

 父親が来た道をなぞるだけの人生なんて、絶対にごめんだ。

 たとえいつか星王となる日が来たとしても、父親みたいに、裏切り者しか傍にいてくれない星王なんかにはなりたくない。私は、そうならないために、できる限りの努力をしよう。

「しかもぅ……唯一手を貸してくれたシュヴァルが裏切りとかぁ……何なんだよぅ!!」

 そう父親が叫んだ時、扉が開いた。

「一体何の騒ぎだ」

 ベルンハルトだった。
 用事を済ませて帰ってきたのだろう。

「外まで声が聞こえていたが、喧嘩か」
「違うわ、ベルンハルト。喧嘩なわけがないじゃない」
「そうなのか。ならいいが」

 ベルンハルトは納得していないような顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

「それで? リンディアには伝えられたの?」

 父親の背を撫でながら、ベルンハルトに尋ねる。

「あぁ。伝えておいた」
「どんな感じだった?」

 すると、ベルンハルトは一瞬黙る。そして、数秒後に口を開く。

「やーっぱねー。あのジジイ、ほんとーに馬鹿なことばっかりするんだからー」
「え」
「……と、言っていた」

 ベルンハルトは、わざわざ口調まで真似て、リンディアの反応を再現してくれた。気合いの入った伝え方だ。

「物真似はあまり得意でないのだが、きちんと伝わっただろうか」

 少し驚いたけれどね。

「……えぇ!」
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