イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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138話 お茶とお菓子と愚痴と

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 何の準備もしていないのにどこでお茶をするのか。そんな風に考えていたのだが、その疑問はすぐに消えた。私の部屋に侍女がお茶を運び込んできたからだ。

 お茶やお菓子を乗せたワゴンが室内に運び込まれたのは、父親がやる気になって指示しに行ってから十分ほどしか経っていない時だった。

「驚くべき早さだな」

 お茶をするための準備がみるみるうちに進んでいくのを眺めていると、一緒に待機していたベルンハルトが言ってきた。

「同感。ここまで早いとは思わなかったわ」
「恐るべし、だ」
「そうよね。だって……まだ、十分くらいしか経っていないんだもの」

 ベルンハルトと私は、侍女たちの準備がかなり早いことに驚きを隠せないでいた。

 彼はともかく、私は長年ここで暮らしてきた。それゆえ、侍女たちの働きぶりはよく知っている。侍女たちがきびきびと働いているということは、当たり前のように分かっているのだ。

 だがそれでも驚いてしまう。

 それは多分、こうしてじっと見つめたことはなかったからだろうと思う。

「私だったら絶対できないわ」

 黙々となすべきことをなしてゆく侍女たちを眺めつつ、私は言った。

「僕も無理だ」

 ベルンハルトはそんなことを述べる。
 少し意外だ。

「そう? ベルンハルトならできそうじゃない」
「いや、得意な分野でない」

 ベルンハルトは、軽く目を伏せつつ唇を動かす。

「戦闘以外はまったく駄目だ」

 私からしてみれば、まったく駄目ということはないと思うのだが。
 ただ、彼はそう思い込んでいるのだろう。戦闘以外は駄目だ、と。他者から見ればそんなことはないのだが、彼の中には苦手意識があるものと思われる。

「そんなことはないと思うわよ」

 思いきって言ってみた。
 が、ベルンハルトに対して彼の意見と逆のことを言うというのは、いまだに少し緊張してしまう。

「ベルンハルトは優しいでしょう? だからきっと、給仕にも向いているわ」
「いや、それはないと思うが」
「いいえ! 絶対できるわよ!」

 つい口調を強めてしまう。
 私は、言ってしまってから、内心後悔した。

 しかしベルンハルトは冷静だ。嫌そうな顔をするでもなく、怒り出すでもなく、静かに呟く。

「……そうだろうか」

 本当に、静かな声だった。
 どうやら彼は、私の意見に、あまり納得していないようだ。


 準備が済むと、私たち三人は席につく。私とベルンハルトは隣同士、父親は向かい、という席順だ。
 私たち三人が席についたのを見ると、侍女の一人が、それぞれの前にティーカップを置いてくれる。白地にサーモンピンクの小花が描かれた、少女のように愛らしいティーカップを。

「妙に可愛らしいカップだな」

 独り言のように呟くベルンハルト。

「癒やされるわよね」
「しっくりこない」

 微妙な心境に陥っていそうなベルンハルトだった。

「さてぇ、何から話せばいいんだぁ?」

 侍女がポットからティーカップにお茶を注いでくれている間に、父親が話を切り出す。

「星王の苦労について、聞かせてくれ」
「そうだった! そうだったなぁ! で、どういう苦労について聞きたいんだぁ?」
「特にこれといった指定はない。ただ……敢えて言うなれば、精神的な部分について聞かせてほしい」

 ベルンハルトの声色は普段通り。淡々としていて、波がそれほどない。しかし、表情は普段通りではなかった。ぱっと見た感じ変化はないようなのだが、目を凝らして見てみると、少しワクワクしている顔に感じられる。恐らく、興味のある話を聞こうとしているからだろう。

「精神的な部分、だとぅ?」
「そうだ。特にサポートが必要なのは、そこだろう」
「まぁそぅだけどなぁ……ベルンハルト、お前にそんなことが分かるのかぁ?」

 眉を内側へ寄せ、困ったような顔つきで尋ねる父親。

「分かる分からないではない。聞かせてほしいんだ」
「そういうものなのかぁ……?」
「可能ならば、頼みたい」

 そんな風に述べるベルンハルトの表情は、真剣そのものだ。彼は父親を真っ直ぐ見つめている。
 彼の真っ直ぐさに心を動かされたのか、しばらくしてから父親は、「分かったぞぅ! 話そう!」と言った。

 その頃になって、お茶菓子としてパウンドケーキが出された。りんごの蜜煮を小さく刻んだものが入った、黄土色のパウンドケーキである。

「では、失礼致します」

 一通り用事を終えると、侍女は退室していった。

 室内に残ったのは、私と父親とベルンハルト。三人だけだ。

 とはいえ、私の自室という一人が生活することに適した部屋に三人がいるのだ。だから、寂しさは感じない。むしろ、賑やかさの方が色濃いような気がする。

「そうだなぁ……星王としてまず一番大変なのは、褒められることは少なく批判されることは多い、というところだろぅなぁ」

 侍女が出ていくと、早速語り始める父親。

「何かを考えついて実行しても、褒められることはあまりない。だが、小さくともミスをすれば叩かれるぅ」
 
 まぁ、世の中そんなものよね。
 父親の話を聞いて、密かにそんなことを思った。

「それになぁ、ミスをしていなくともぅ、少しでも不満が出れば批判されるんだよぅ」
「なかなか面倒だな」
「そう! その通りぃ!」

 父親は急に勢いよく発した。

「星王なんてなぁ! 結局なぁ! 不満の捌け口なんだよぅ!」

 妙に強い調子で言い放つ父親。

 なかなか褒められはしないのに、批判はすぐにされる。父親は、その状況に、よほど不満を抱いていたのだろう。

「統治する者というのは、場所が変われどそういうものなのだろうな。批判したいだけの者はどこにでもいる」
「文句は言うくせ、協力してはくれない! ただ傍観しているだけ! 本当に嫌なんだよぅ!!」

 ここぞとばかりに、父親は日頃の不満をぶちまける。私とベルンハルト以外に誰もいないから、遠慮なく愚痴を漏らせるようだ。

「なるほど。それが星王の苦労か」
「……もちろんそれだけではないけどなぁ」
「そうなのか?」
「当たり前だろぅ! 他にももっとあるんだぁ! 聞いてくれよぅ!」

 父親の愚痴はまだまだ続きそう。現時点では、その話の終わりは見えない。

 だが、それでいいのだろう。

 ベルンハルトは父親の愚痴を興味深そうに聞いている。
 そういう意味では、父親が愚痴をぶちまけるのも、多少は役立っているのかもしれない。
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