イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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141話 フィリーナと会い

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 呼びに来てくれた侍女に案内してもらい、フィリーナに会いに行くことになった。

 今回は向こうからコンタクトがあったわけだが、私としても、彼女にはもう一度会いたいと思っていた。会って、改めてきちんと話したいと考えていたのだ。それゆえ、このような機会が巡ってきたことは、私にとって幸運であった。

「ベルンハルト……やっぱり来るのね」

 本当は一人でフィリーナに会いに行こうと思っていたのだが、結局ベルンハルトもついてきてしまった。

「もちろんだ。何が起こるか分からないからな」
「少し心配性過ぎない?」
「油断するなよ、イーダ王女。シュヴァルが自由の身でなくなったからといって、貴女を狙う者がいなくなるとは限らないのだから」

 ベルンハルトは相変わらず落ち着いている。

 淡々とした喋り方。揺れない表情。
 シュヴァルが罪人として拘束された今でも、ベルンハルトはそれまでと変わっていない。

 育った環境もあるのかもしれないが、彼は警戒心が強い。だから、シュヴァルがいなくなったからといってすぐに油断できるような心の持ち主ではないのだろう。

 そう考えると……私はやはり、まだ少し甘いのかもしれない。

 ここしばらく私を狙っていたのはシュヴァルだ。だが、星王の座を狙っている人間がシュヴァルだけだという証拠があるわけではない。今は特に誰も表には出ていないし、別段動いている様子もない。けれど、もしかしたら、また星王家の人間の命を狙う者が現れる可能性だって、ゼロではないのだ。

「そうね。気をつけるわ」

 私は小さく返す。

 周囲の者を進んで疑いたくはないが、ベルンハルトの言うことも間違いではない。そう思ったから。


「こちらです」

 暗い茶髪をうなじで一つにまとめた侍女が案内してくれた先は、建物の端辺りにある狭い部屋。
 いくつもある談話室のうちの一室だ。

「ありがとう」
「いえ。それでは、失礼します」

 私とベルンハルトは、案内してくれた侍女と別れる。

「いきなり入っていいのかしら?」
「案内されたのだから、問題ないということなのだろう」

 ベルンハルトは、私の疑問に、冷静に答えてくれた。

 どっしりと構えている彼が言うのだから、間違いない。そんな風に思えたため、私の心の内にあった疑問とそれに付随する不安は、一瞬にして消え去った。

「そうね」

 扉を二三回ノック。それからドアノブを握る。どうやら動きそうだったので、ゆっくりと扉を開けてみた。


 低いテーブルを挟むようにして、一人用ソファが二つずつ置かれている、四人用の談話室。
 そこには、フィリーナの姿があった。

「あ」

 四つあるソファのうちの一つに座っていたフィリーナが、顔を上げ、こちらへ視線を向ける。

「……フィリーナ?」
「あ、は、はい」

 念のため確認しておく。
 すると、ソファに座っている彼女は、こくりと頷いた。

 柔らかそうな、赤みを帯びた濃い茶色の髪。琥珀のような瞳。その二つの要素だけで、彼女がフィリーナであることは十分に分かる。侍女の制服を着ておらずとも、彼女のことは、その容姿だけで判別できるのだ。

「助かったみたいね、安心したわ。怪我はどんな感じ?」
「へ、平気ですぅ……」
「なら良かった。もしかしたら駄目かもなんて思ってしまって、ごめんなさいね」
「い、いえ! 心配していただけて……嬉しく思います」

 私とフィリーナは、まず、そんなどうでもいいような会話をした。
 それから、本題に入っていく。

「呼ばれて来たの。何か用があるの?」

 談話室内へ足を進めつつ、私は彼女に質問した。

 こちらからしたい話もあるが、先に会いたいという意思を示したのは向こう。それゆえ、彼女の話を優先するべきだと考えたのだ。

「は……はいっ……。実は」

 体のラインの出ない真っ白なワンピースを身にまとった彼女は、怯えたような顔つきをしながら、弱々しく言った。

「分かったわ。実は私もお話したいことがあったのだけれど、フィリーナから先にどうぞ」

 私はフィリーナの向かいの席に腰掛ける。
 後ろから部屋に入ってきたベルンハルトは、静かに扉を閉めていた。

「え、い、いえっ。そちらから……」
「いいの。フィリーナが先に話してちょうだい」

 すると彼女は、数秒困ったような顔をして。

「は、はい。分かりました……」

 そんな風に言った。

 無理矢理言わせるような形になってしまったことは、申し訳なく思う。だが、言いたいことをこちらから一方的に言うような形になってしまうとなおさら申し訳ない。だから、可能ならば、彼女から話してほしかったのだ。

「えと……その、すみませんでした」

 フィリーナの口から出たのは、謝罪の言葉。
 私は、すぐに何かを返すことはできなかった。予想外の言葉をかけられたからである。

「弱い心のせいで、王女様に迷惑を……すみません」

 泣き出しそうな顔で謝るフィリーナ。

「待って、フィリーナ。そんな顔をしないでちょうだい」

 弱々しい、泣き出しそうな顔をされると、こちらとしても良心が痛む。責めてしまっているような気分になって、苦しい。

「べつに謝らなくていいわ。悪いのはシュヴァルだもの」
「でも……」
「フィリーナの弱みに付け込んだシュヴァルが一番の悪だわ」

 ベルンハルトは私のすぐ後ろに立ち、フィリーナをじっと睨んでいる。その目つきは妙に鋭い。

「ちょっと、ベルンハルト? 睨むのは止めて?」
「いや。無理だ」
「え? ちょ、どういうことよ」
「放っておくと何をするか分からない」

 私は内心、はぁ、と溜め息を漏らす。

 心配してもらえること自体は嬉しいことなのだが、こうも警戒心剥き出しの顔をされては、フィリーナときちんと語り合えないではないか。

「あ。ごめんなさいね、フィリーナ」
「い、いえ……」
「ベルンハルトは少し目つきが悪いけど、気にしなくていいわよ」
「は……はい」

 冗談混じりに言ってみたつもりだったのだが、まったく笑ってもらえなかった。苦笑すらしてもらえないというのは、少々辛いところがある。

 ——が、そんなことを気にしている暇はない。

「で、フィリーナのお話はそれだけ?」
「はい。謝罪をさせていただこうと、そう思って……」
「分かったわ。ならもういいわね」

 フィリーナはまだ怯えているみたいだ。
 胸の前で両手を合わせ、肩をすくめて、小さくなっている。

「そ……それで、王女様のお話は……?」
「実はね、こちらも謝罪なのよ」

 私が言うと、フィリーナの琥珀のような瞳が揺れる。

「えっ」
「フィリーナには謝るなと言っておいてなんだけど、謝罪してもいいかしら。貴女が許可してくれれば、前の無礼をきちんと謝りたいの」

 フィリーナの罪は、彼女が自ら生み出したものではない。シュヴァルという元凶があって生み出されたもので、一種の悲劇とも言えよう。

 しかし、私の罪はそうではない。

 私が彼女にしてしまったことは、自分自身が生み出したものだ。
 だからこそ、小さな過ちであっても、謝る必要がある。

 理性を失い感情的になり、さほど罪のない人に当たり散らした。それは、非常に失礼なことだと思う。

 そんなことを、私はしてしまったのである。

 それゆえ、謝らないままというのは嫌なのだ。
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