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142話 私は多分、恵まれている
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私はフィリーナを見つめる。彼女のその、琥珀のブローチみたいな瞳を凝視する。
彼女はまだ、少し怯えているような顔をしていた。
それはまるで、肉食動物に狙われているかも、と密かに恐れる小動物のよう。眺めていると少し可哀想になってくるような顔である。
「謝っても、いい?」
「あ……謝っていただくようなことは、何もありませんよぅ……?」
「ベルンハルト絡みで色々と当たり散らしてしまったでしょう」
フィリーナは気づいていないのかもしれない。そう思い、こちらから言うことにした。その方が早いだろうなと感じたからだ。
「いきなりよく分からないことを聞いたり、急に感情的になったりして、不快な思いをさせてしまったでしょう」
すると、きょとんとした顔をするフィリーナ。
「ふぇ……?」
あんなことをされて、不快感を覚えないはずがない。なのにフィリーナは、よく分からない、というような顔をしている。一体どうなっているのだろう。
一番に思いつくのは、私に気を遣ってフィリーナが忘れたふりをしている、ということ。
しかし、フィリーナがそんな気の利かせ方をするだろうか?
「何のこと……でした?」
彼女は本来正直者だ。
シュヴァルの命がなくなった今、彼女が嘘をつくとは思えない。
「フィリーナが私の侍女になってくれてすぐの頃、ベルンハルトとのことについて色々聞いたわよね」
「はいぃ……。それは覚えていますぅ」
「一方的に深いところまで聞いてしまって、悪かったわね」
私が謝ると、フィリーナは首を傾げる。
「ふぇ? あ、あの……それのどこに問題が?」
彼女は本当に分かっていないのかもしれない。
少し、そんな風に思った。
「個人の好き嫌いに突っ込んだ質問をするなんて、問題でしょう」
「そ、そうですかぁ……?」
あぁ、もう。話がまともに進まない。
「それと、夜にベルンハルトと貴女が一緒にいた件の時!」
話がスムーズに進まない苛立ちからか、つい口調を強めてしまう。
「は、はいっ」
「事情も聞かずに怒鳴り散らして、ごめんなさい!」
「はっ、はいぃ! いえいえ、お気になさらな……って、違いました! あれはこちらが悪くて……す、すみませんっ!」
フィリーナはソファから立ち上がる。両手は腹部の前辺りで重ねている。何をしようとしているのかと不思議に思っていると、彼女は凄まじい勢いで頭を下げた。
「迷惑……かけてすみませんっ!」
彼女はそれからも、何度も頭を下げた。
首を痛めてしまわないか心配になったほどの凄まじい勢いで、彼女は頭を下げている。
「待って、フィリーナ。落ち着いて」
こんなことを続けられてしまうと、こちらの胸には罪悪感が募るばかり。
謝ってすっきりしようと考えていたのに、これでは完全に逆効果だ。
だから私は、彼女を制止することにした。
「もう謝らなくていいわ」
「ふ、ふぇぇ……」
彼女の手を取り、柔らかく握る。
「お願い、もう謝らないで」
「……ふぇ?」
「そうだ! フィリーナ、これからも一緒にいない?」
「ふ、ふえぇ? それは、その……何ですかぁ……?」
フィリーナは頭を下げ続けるのは止めてくれた。ただ、今度は、非常に戸惑っているような顔をしている。
「改めて……友人になりたいの。駄目かしら」
すると、フィリーナは急に涙ぐむ。ふぇぇ、などと漏らしながら、琥珀の瞳を震わせていた。
何かやらかしてしまっただろうか。またしても傷つけてしまったのだろうか。
そんな不安が込み上げてくる。
けれど、数秒後にはその不安は消え去った。
「ぴぇぇぇぇえぇぇぇ!!」
フィリーナが抱きついてきたからである。
「え、フィリーナ?」
「嬉しいぃぃ! 嬉しいですぅぅぅ!」
彼女は泣いていた。
でも、喜んでいるみたいにも見えて。
……少し謎ね。
「それは、友人になってくれるということ?」
「はい! もちろん!」
私の後ろに立っているベルンハルトは、呆れた顔をしていた。馬鹿者を見るような目で、私とフィリーナを見ている。
「決まりね! ……ということで、改めてよろしく」
「は、はいっ」
フィリーナと手を取り合う。
私たちの間には、もう、かつてのような暗雲はない。そして、嘘も存在しないだろう。
今度こそ、純粋に関わることができる——私はそう確信している。
談話室からの帰り道、ベルンハルトが淡々とした声で話しかけてきた。
「あんなことで良かったのか。イーダ王女」
ベルンハルトは「何とも言えない」とでも言いたげな顔をしている。もしかしたら、私とフィリーナの出した答えに納得できていないのかもしれない。
「フィリーナ。あの女は、貴女を一度裏切った。また裏切る可能性がないわけではない」
自室へ戻るべく歩きつつ、ベルンハルトはそんなことを述べた。
その凛々しい顔には、警戒心が滲み出ている。
「イーダ王女は甘過ぎる。一度裏切った女を友人にするなど、まったく理解できない」
「そうね。そうかもしれないわね。……ただ」
数秒空けて、私は続ける。
「警戒してばかりいるのって、少し辛くない?」
ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。
「そういうものなのか」
「私はそう思う、というだけのことだけれどね」
すると彼は、ふっ、と小さく笑みをこぼす。
「やはり甘いな、イーダ王女は」
彼は呆れているみたいだった。
厳しい世界で生まれ育ってきた彼から見れば、護られてばかりで育ってきた私は甘過ぎる人間なのだろう。
「そうよね。一応、分かってはいるわ。でも……貴方みたいに厳しくはなれないの」
ベルンハルトは、ふっ、と笑みをこぼす。
「だろうな」
「ちょ。さすがにそれは失礼じゃないかしら」
「悪い意味ではない」
次の瞬間、ベルンハルトは私の手を握ってきた。
「時には短所となるかもしれないが、そこは貴女の長所でもある」
「……ベルンハルト?」
私は彼の凛々しい双眸を見つめる。彼の瞳も、私の姿をじっと捉えていた。
「今は、そう思うよ」
それから、自室へ帰った。
私の自室には、その時まだ、父親とリンディアがいて。私は「フィリーナときちんと話すことができた」と二人に伝えた。すると、二人とも安堵したような穏やかな顔つきをしてくれたので、私はほっとした。そして、ほっとすると同時に、嬉しくもあった。
私の幸福を喜んでくれる人がいる。
その事実が、妙に温かくて。
少しむず痒さもあるけれど、純粋に嬉しかった。
そして、私は恵まれているのだと、改めて気がついた。
彼女はまだ、少し怯えているような顔をしていた。
それはまるで、肉食動物に狙われているかも、と密かに恐れる小動物のよう。眺めていると少し可哀想になってくるような顔である。
「謝っても、いい?」
「あ……謝っていただくようなことは、何もありませんよぅ……?」
「ベルンハルト絡みで色々と当たり散らしてしまったでしょう」
フィリーナは気づいていないのかもしれない。そう思い、こちらから言うことにした。その方が早いだろうなと感じたからだ。
「いきなりよく分からないことを聞いたり、急に感情的になったりして、不快な思いをさせてしまったでしょう」
すると、きょとんとした顔をするフィリーナ。
「ふぇ……?」
あんなことをされて、不快感を覚えないはずがない。なのにフィリーナは、よく分からない、というような顔をしている。一体どうなっているのだろう。
一番に思いつくのは、私に気を遣ってフィリーナが忘れたふりをしている、ということ。
しかし、フィリーナがそんな気の利かせ方をするだろうか?
「何のこと……でした?」
彼女は本来正直者だ。
シュヴァルの命がなくなった今、彼女が嘘をつくとは思えない。
「フィリーナが私の侍女になってくれてすぐの頃、ベルンハルトとのことについて色々聞いたわよね」
「はいぃ……。それは覚えていますぅ」
「一方的に深いところまで聞いてしまって、悪かったわね」
私が謝ると、フィリーナは首を傾げる。
「ふぇ? あ、あの……それのどこに問題が?」
彼女は本当に分かっていないのかもしれない。
少し、そんな風に思った。
「個人の好き嫌いに突っ込んだ質問をするなんて、問題でしょう」
「そ、そうですかぁ……?」
あぁ、もう。話がまともに進まない。
「それと、夜にベルンハルトと貴女が一緒にいた件の時!」
話がスムーズに進まない苛立ちからか、つい口調を強めてしまう。
「は、はいっ」
「事情も聞かずに怒鳴り散らして、ごめんなさい!」
「はっ、はいぃ! いえいえ、お気になさらな……って、違いました! あれはこちらが悪くて……す、すみませんっ!」
フィリーナはソファから立ち上がる。両手は腹部の前辺りで重ねている。何をしようとしているのかと不思議に思っていると、彼女は凄まじい勢いで頭を下げた。
「迷惑……かけてすみませんっ!」
彼女はそれからも、何度も頭を下げた。
首を痛めてしまわないか心配になったほどの凄まじい勢いで、彼女は頭を下げている。
「待って、フィリーナ。落ち着いて」
こんなことを続けられてしまうと、こちらの胸には罪悪感が募るばかり。
謝ってすっきりしようと考えていたのに、これでは完全に逆効果だ。
だから私は、彼女を制止することにした。
「もう謝らなくていいわ」
「ふ、ふぇぇ……」
彼女の手を取り、柔らかく握る。
「お願い、もう謝らないで」
「……ふぇ?」
「そうだ! フィリーナ、これからも一緒にいない?」
「ふ、ふえぇ? それは、その……何ですかぁ……?」
フィリーナは頭を下げ続けるのは止めてくれた。ただ、今度は、非常に戸惑っているような顔をしている。
「改めて……友人になりたいの。駄目かしら」
すると、フィリーナは急に涙ぐむ。ふぇぇ、などと漏らしながら、琥珀の瞳を震わせていた。
何かやらかしてしまっただろうか。またしても傷つけてしまったのだろうか。
そんな不安が込み上げてくる。
けれど、数秒後にはその不安は消え去った。
「ぴぇぇぇぇえぇぇぇ!!」
フィリーナが抱きついてきたからである。
「え、フィリーナ?」
「嬉しいぃぃ! 嬉しいですぅぅぅ!」
彼女は泣いていた。
でも、喜んでいるみたいにも見えて。
……少し謎ね。
「それは、友人になってくれるということ?」
「はい! もちろん!」
私の後ろに立っているベルンハルトは、呆れた顔をしていた。馬鹿者を見るような目で、私とフィリーナを見ている。
「決まりね! ……ということで、改めてよろしく」
「は、はいっ」
フィリーナと手を取り合う。
私たちの間には、もう、かつてのような暗雲はない。そして、嘘も存在しないだろう。
今度こそ、純粋に関わることができる——私はそう確信している。
談話室からの帰り道、ベルンハルトが淡々とした声で話しかけてきた。
「あんなことで良かったのか。イーダ王女」
ベルンハルトは「何とも言えない」とでも言いたげな顔をしている。もしかしたら、私とフィリーナの出した答えに納得できていないのかもしれない。
「フィリーナ。あの女は、貴女を一度裏切った。また裏切る可能性がないわけではない」
自室へ戻るべく歩きつつ、ベルンハルトはそんなことを述べた。
その凛々しい顔には、警戒心が滲み出ている。
「イーダ王女は甘過ぎる。一度裏切った女を友人にするなど、まったく理解できない」
「そうね。そうかもしれないわね。……ただ」
数秒空けて、私は続ける。
「警戒してばかりいるのって、少し辛くない?」
ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。
「そういうものなのか」
「私はそう思う、というだけのことだけれどね」
すると彼は、ふっ、と小さく笑みをこぼす。
「やはり甘いな、イーダ王女は」
彼は呆れているみたいだった。
厳しい世界で生まれ育ってきた彼から見れば、護られてばかりで育ってきた私は甘過ぎる人間なのだろう。
「そうよね。一応、分かってはいるわ。でも……貴方みたいに厳しくはなれないの」
ベルンハルトは、ふっ、と笑みをこぼす。
「だろうな」
「ちょ。さすがにそれは失礼じゃないかしら」
「悪い意味ではない」
次の瞬間、ベルンハルトは私の手を握ってきた。
「時には短所となるかもしれないが、そこは貴女の長所でもある」
「……ベルンハルト?」
私は彼の凛々しい双眸を見つめる。彼の瞳も、私の姿をじっと捉えていた。
「今は、そう思うよ」
それから、自室へ帰った。
私の自室には、その時まだ、父親とリンディアがいて。私は「フィリーナときちんと話すことができた」と二人に伝えた。すると、二人とも安堵したような穏やかな顔つきをしてくれたので、私はほっとした。そして、ほっとすると同時に、嬉しくもあった。
私の幸福を喜んでくれる人がいる。
その事実が、妙に温かくて。
少しむず痒さもあるけれど、純粋に嬉しかった。
そして、私は恵まれているのだと、改めて気がついた。
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