イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
143 / 157

142話 私は多分、恵まれている

しおりを挟む
 私はフィリーナを見つめる。彼女のその、琥珀のブローチみたいな瞳を凝視する。

 彼女はまだ、少し怯えているような顔をしていた。

 それはまるで、肉食動物に狙われているかも、と密かに恐れる小動物のよう。眺めていると少し可哀想になってくるような顔である。

「謝っても、いい?」
「あ……謝っていただくようなことは、何もありませんよぅ……?」
「ベルンハルト絡みで色々と当たり散らしてしまったでしょう」

 フィリーナは気づいていないのかもしれない。そう思い、こちらから言うことにした。その方が早いだろうなと感じたからだ。

「いきなりよく分からないことを聞いたり、急に感情的になったりして、不快な思いをさせてしまったでしょう」

 すると、きょとんとした顔をするフィリーナ。

「ふぇ……?」

 あんなことをされて、不快感を覚えないはずがない。なのにフィリーナは、よく分からない、というような顔をしている。一体どうなっているのだろう。

 一番に思いつくのは、私に気を遣ってフィリーナが忘れたふりをしている、ということ。

 しかし、フィリーナがそんな気の利かせ方をするだろうか?

「何のこと……でした?」

 彼女は本来正直者だ。
 シュヴァルの命がなくなった今、彼女が嘘をつくとは思えない。

「フィリーナが私の侍女になってくれてすぐの頃、ベルンハルトとのことについて色々聞いたわよね」
「はいぃ……。それは覚えていますぅ」
「一方的に深いところまで聞いてしまって、悪かったわね」

 私が謝ると、フィリーナは首を傾げる。

「ふぇ? あ、あの……それのどこに問題が?」

 彼女は本当に分かっていないのかもしれない。
 少し、そんな風に思った。

「個人の好き嫌いに突っ込んだ質問をするなんて、問題でしょう」
「そ、そうですかぁ……?」

 あぁ、もう。話がまともに進まない。

「それと、夜にベルンハルトと貴女が一緒にいた件の時!」

 話がスムーズに進まない苛立ちからか、つい口調を強めてしまう。

「は、はいっ」
「事情も聞かずに怒鳴り散らして、ごめんなさい!」
「はっ、はいぃ! いえいえ、お気になさらな……って、違いました! あれはこちらが悪くて……す、すみませんっ!」

 フィリーナはソファから立ち上がる。両手は腹部の前辺りで重ねている。何をしようとしているのかと不思議に思っていると、彼女は凄まじい勢いで頭を下げた。

「迷惑……かけてすみませんっ!」

 彼女はそれからも、何度も頭を下げた。
 首を痛めてしまわないか心配になったほどの凄まじい勢いで、彼女は頭を下げている。

「待って、フィリーナ。落ち着いて」

 こんなことを続けられてしまうと、こちらの胸には罪悪感が募るばかり。
 謝ってすっきりしようと考えていたのに、これでは完全に逆効果だ。

 だから私は、彼女を制止することにした。

「もう謝らなくていいわ」
「ふ、ふぇぇ……」

 彼女の手を取り、柔らかく握る。

「お願い、もう謝らないで」
「……ふぇ?」
「そうだ! フィリーナ、これからも一緒にいない?」
「ふ、ふえぇ? それは、その……何ですかぁ……?」

 フィリーナは頭を下げ続けるのは止めてくれた。ただ、今度は、非常に戸惑っているような顔をしている。

「改めて……友人になりたいの。駄目かしら」

 すると、フィリーナは急に涙ぐむ。ふぇぇ、などと漏らしながら、琥珀の瞳を震わせていた。

 何かやらかしてしまっただろうか。またしても傷つけてしまったのだろうか。
 そんな不安が込み上げてくる。

 けれど、数秒後にはその不安は消え去った。

「ぴぇぇぇぇえぇぇぇ!!」

 フィリーナが抱きついてきたからである。

「え、フィリーナ?」
「嬉しいぃぃ! 嬉しいですぅぅぅ!」

 彼女は泣いていた。
 でも、喜んでいるみたいにも見えて。

 ……少し謎ね。

「それは、友人になってくれるということ?」
「はい! もちろん!」

 私の後ろに立っているベルンハルトは、呆れた顔をしていた。馬鹿者を見るような目で、私とフィリーナを見ている。

「決まりね! ……ということで、改めてよろしく」
「は、はいっ」

 フィリーナと手を取り合う。

 私たちの間には、もう、かつてのような暗雲はない。そして、嘘も存在しないだろう。

 今度こそ、純粋に関わることができる——私はそう確信している。


 談話室からの帰り道、ベルンハルトが淡々とした声で話しかけてきた。

「あんなことで良かったのか。イーダ王女」

 ベルンハルトは「何とも言えない」とでも言いたげな顔をしている。もしかしたら、私とフィリーナの出した答えに納得できていないのかもしれない。

「フィリーナ。あの女は、貴女を一度裏切った。また裏切る可能性がないわけではない」

 自室へ戻るべく歩きつつ、ベルンハルトはそんなことを述べた。
 その凛々しい顔には、警戒心が滲み出ている。

「イーダ王女は甘過ぎる。一度裏切った女を友人にするなど、まったく理解できない」
「そうね。そうかもしれないわね。……ただ」

 数秒空けて、私は続ける。

「警戒してばかりいるのって、少し辛くない?」

 ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。

「そういうものなのか」
「私はそう思う、というだけのことだけれどね」

 すると彼は、ふっ、と小さく笑みをこぼす。

「やはり甘いな、イーダ王女は」

 彼は呆れているみたいだった。
 厳しい世界で生まれ育ってきた彼から見れば、護られてばかりで育ってきた私は甘過ぎる人間なのだろう。

「そうよね。一応、分かってはいるわ。でも……貴方みたいに厳しくはなれないの」

 ベルンハルトは、ふっ、と笑みをこぼす。

「だろうな」
「ちょ。さすがにそれは失礼じゃないかしら」
「悪い意味ではない」

 次の瞬間、ベルンハルトは私の手を握ってきた。

「時には短所となるかもしれないが、そこは貴女の長所でもある」
「……ベルンハルト?」

 私は彼の凛々しい双眸を見つめる。彼の瞳も、私の姿をじっと捉えていた。

「今は、そう思うよ」


 それから、自室へ帰った。

 私の自室には、その時まだ、父親とリンディアがいて。私は「フィリーナときちんと話すことができた」と二人に伝えた。すると、二人とも安堵したような穏やかな顔つきをしてくれたので、私はほっとした。そして、ほっとすると同時に、嬉しくもあった。

 私の幸福を喜んでくれる人がいる。
 その事実が、妙に温かくて。

 少しむず痒さもあるけれど、純粋に嬉しかった。

 そして、私は恵まれているのだと、改めて気がついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...