イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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145話 久々に?

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「シュヴァルの……罰を軽くした件か?」

 怪訝な顔をしつつ、ベルンハルトは尋ねてきた。

 彼はまだ、話を飲み込みきれていないのだろう。
 無理もない。当事者である私でさえ、この状況を理解しきれていないのだから。

「えぇ」

 一度ベルンハルトへ視線を向けた。しかし、すぐに視線を下ろしてしまう。憂鬱な気分を振り払えなくて。

「リンディアだって、お父さんであるシュヴァルが処刑されるなんて嫌なはずなのに……」

 父親が処刑されて何も感じない娘などいないはずだ。いや、もしかしたら稀にはいるのかもしれないが。しかし、そう多くはないだろう。

 だから、シュヴァルへの罰を軽くすることは、リンディアのためにもなると思っていた。

「……違うのかしら」

 だが、今やもう、よく分からない。

「ねぇ、ベルンハルト」

 考えれば考えるほど混乱する。こんな状態では、自分で悩み続けても、何も変わらないだろう。
 そう思ったから、ベルンハルトに聞いてみることにした。

「何だ」
「私がしたことは、間違っていたの?」

 ベルンハルトの目をじっと見つめる。すると彼は、ほんの少し目を伏せた。それから、ゆっくりと口を開く。

「いや。べつに間違ってはいないと思う」

 彼の声は淡々としている。
 感情的でないところが、今の私にとってはありがたい。

「多少優しすぎる気はするが、それが貴女の選択ならば間違いではないだろう」

 ベルンハルトは私を肯定してくれた。
 それはとても嬉しくて。

 けれど、このままではリンディアとの関係は気まずいままだ。

「……ありがとう、ベルンハルト」
「気にすることはない」

 礼を述べると、彼は首を左右に振った。

「そうだ! 私、リンディアに謝らなくちゃ。どうすればいいと思う?」
「それは自分で決めろ」

 ばっさりいかれてしまった。

「そ、そうよね! 頼りすぎは良くないわよね!」
「貴女の人生は貴女が決めるべきだ。……僕もそうした」
「僕も、って?」

 思わず尋ねてしまう。
 それに対して彼は、「敢えて聞くなよ」というような顔をした。

 しかし、答えてはくれる。

「貴女に仕えると決めた。それが、僕の選択だ」

 なるほど、と思った。

 オルマリンを敵視している環境で育った彼にとって、星王家の人間に仕えるという選択は、とても大きな選択だったのだろう。

 そこには、私などにはとても想像できないような苦悩があったはず。

「……ありがとう、ベルンハルト」

 分岐点に達した時、どちらの道を選ぶのか。それを決められるのは、自分自身しかいない。

「私、会いに行くわ! リンディアに!」

 フィリーナとだって、話せば分かり合えたのだ。リンディアとだって、きっと理解し合える。誤解があったとしても、今はすれ違っていても、きちんと話せば分かり合えるはずだ。

「行くのか」
「えぇ!」

 今、私はやる気に満ちている。

 きっとできる! きちんと話せる!

 根拠はないが、自信だけはあるのだ。

「リンディアがどこにいるのか、分かっているのか?」
「いいえ。分からないわ」

 すると、ベルンハルトは苦笑する。

「しっかりしてくれ」

 確かに、やる気だけじゃ意味がないかもしれないわね……。

「だが、恐らくはあそこだろう」
「あそこ?」
「アスターのいる部屋だ」

 確かに! そこへ行っていそうな気がする!

 ……少し単純かもしれないが。

「分かった! アスターさんのところへ、行ってみるわ!」
「場所、分かるのか?」

 言われて気がついた。今アスターがいる部屋の場所は知らないということに。

「……分からないわ」
「仕方ない。僕が案内しよう」
「ありがとう!」

 何だかんだ言いつつも、ベルンハルトはいつも私に協力してくれる。困った時には、いつだって手を貸してくれる。彼は、本当にありがたい存在だ。


「ここだ」

 歩くことしばらく、ベルンハルトは足を止めた。

「ここが、アスターの部屋」
「へぇ……こんなところだったの」

 これといった装飾はない扉だ。この感じだと、部屋も普通の部屋なのだろう。扉を見ただけですべてを判断できるとは思わないが、それほど広い部屋でもなさそうだ。

 ベルンハルトは周囲を見回す。
 しかし、彼の目が人を捉えることはなかっただろう。なぜなら、本当に誰もいなかったから。私も一応見回したが、人の姿を捉えることはできなかった。

「おかしいな」

 首を傾げるベルンハルト。

「いつもなら、扉の近くに人がいるはずなのだが」
「見張り?」
「あぁ。そんなところだ。これまで覗きに来た時は、ほぼ毎回、誰かが立っていたのだが」

 休憩か何かだろうか。

 いや、これまでいつも誰かがいたというのなら、その可能性は低いだろう。
 今日から休憩が導入された、なんてことは、さすがにないだろうし。

「取り敢えず入ってみるか」

 言いながら、ベルンハルトはノブを掴む。

「開いているかしら」
「開けてみれば分かる」

 彼は小さく言って、掴んだノブを回した。ノブは何事もなかったかのよう回る。そして、扉が開いた。

「入ろう」
「えぇ。そうね」

 ベルンハルトは部屋に入っていく。私は彼の後ろについて、恐る恐る入室した。


 赤い髪が視界に入る。

 ベルンハルトが言った通り。リンディアは、やはり、アスターのところへ行っていたのだ。

 入り口に背を向けるようにして椅子に座っているリンディア。彼女は私たちが入室したことに気づいていないようで、特に反応しない。

「何をしている」

 一番に口を開いたのは、ベルンハルト。

「……っ!?」

 その声でようやく気がついたらしく、リンディアは振り返った。
 水色の水晶みたいな瞳には、まだ涙の粒が残っている。

「……あ、あらー。ベルンハルト? なーにしに来たのよ」

 リンディアは手の甲で、目もとを慌てて拭う。
 その動作は彼女らしくない。が、とても女性的だ。案外似合う。

「イーダ王女が、お前と話したいと」
「あらそーなの?」
「だが、まずは謝れ」

 きっぱり述べるベルンハルト。いきなり謝罪を求められたリンディアは、眉をひそめる。

「は?」
「勝手に怒り飛び出したことを、イーダ王女に謝れ」

 ……え。

 そういう話をしに来たわけではないのだが。

「どーしてアンタに命令されなきゃなんないのよー」
「従者が主に当たり散らすのは問題だ」
「は? アンタはかんけーないじゃなーい。出てこないでちょーだいよ」

 リンディアは私の存在には気がついていないようだ。彼女はベルンハルトだけを見ていた。

「関係は大いにある!」

 ベルンハルトが調子を強める。
 攻撃的な口調だ。

「どーこがよー」
「イーダ王女は僕の主だ!」

 まずい。
 喧嘩が始まりそうな予感。

「主を落ち込ませ、しかも謝りもしないような者を、イーダ王女の傍に置いておくわけにはいかない!」
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