イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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146話 皆で

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「は? なーにかっこつけてんのよー?」
「かっこつけてなどいない! 僕はただ、イーダ王女に忠実であるだけだ!」
「馬鹿みたいに騒いでんじゃないわよー!」

 ベルンハルトとリンディアの言い合いが始まってしまった。

 ここしばらく、二人が口喧嘩をすることはなくなっていて。それどころか、お互いを認めるような場面さえあった。

 それゆえ、二人は仲良くなったものと思っていた。

 だが、そうではなかったようだ。

「とにかく謝れ! イーダ王女に!」
「はぁ!? どーしてアンタに言われなくちゃなんないのよー!」
「謝らないつもりか?」
「謝るわよ! ……後で」

 驚くべきことだが、リンディアはまだ私に気づいていないようだ。

「今謝れ!」
「……うっさいわねー。分かった! 分かったわよ!」

 リンディアは吐き捨てるように言って、扉の方へと歩き出す——そして、彼女は初めて私に気づいた。

「……王女様!?」
「あ。リンディア」
「あらー? いつからいたのー?」

 ずっと前からいた、なんて、少し言いづらい。
 だが、嘘をつくわけにもいかないので、本当のことを言っておく。

「え、えっと……ベルンハルトと一緒に来たのよ」

 するとリンディアは、ふっと笑みをこぼしながら、「あら、そーだったのー」などと言った。軽やかな口調だ。それから二三秒間を空けて、彼女は、「さっきはカッとなって悪かったわねー」と謝ってきた。

「謝るのはリンディアじゃないわ。私の方よ。けど……どうして不快な思いをさせてしまったのかしら」

 本当は突っ込むべきではないのかもしれない。しかし、同じミスを繰り返さないためにも、質問しておきたくなったのだ。

 だが、リンディアは答えてはくれなかった。

「べっつにー。言うほどのことじゃなーいわよー」

 彼女はそう言うだけ。
 答える気はないようだ。

「で、でも……!」
「気にしないでちょーだい」
「ごめんなさい! けど、気にしないでいるなんて無理なの!」

 勇気を出し、さらに聞いてみることにした。

「……教えて?」

 だが、リンディアはさらりと「嫌よ」と返してきた。その表情は冷たくて。私は思わず、言葉を詰まらせてしまった。

「リンディア。イーダ王女の問いには答えろ」

 ベルンハルトが口を挟んでくる。

「は? そんなのあたしの勝手でしょー」
「勝手ではない。主の問いに答えるのは、当然のことだろう」

 みるみるうちに険悪な空気に包まれる、リンディアとベルンハルト。

「当然? 馬っ鹿みたい!」
「なに!?」
「挑発に引っ掛かってくる辺りも、馬鹿ねー」
「何だと!」

 またしても言い合いが始まってしまいそうな雰囲気だ。
 嫌な空気になってしまっては困る。そのため、私は、二人を落ち着けるように言葉を発する。

「待って! 落ち着いて。喧嘩は止めてちょうだい!」

 すると二人は、ほぼ同時に私を見た。

「けど!」
「だが!」

 二人が言葉を発したのも、ほとんど同時だった。

 妙に息がぴったり。

 実は相性が良いのでは、と思ってしまうのは私だけだろうか……。

「ごめんなさい、リンディア。私が余計なことを聞いたのが悪かったわね」

 一応謝っておく。
 すると、リンディアは首を左右に振った。

「べっつにー。王女様が悪いわけじゃなーいのよー」
「そうかしら」

 リンディアはベルンハルトを指差して述べる。

「こいつがいちいち首突っ込んでくるのが悪いのよー」

 彼女の発言に対し、「は!?」というような顔をするベルンハルト。

 リンディアとベルンハルトの間に漂う空気が柔らかくなることはない。今私たちを包み込む固く冷ややかな空気は、恐ろしいほど揺るがない。

「責任を僕に押し付けるのか!」
「だーって事実じゃなーい」
「あり得ない!」

 自分が悪いかのように言われ、ベルンハルトは憤慨する。

「なぜ僕がそんな風に言われなくてはならないんだ!」
「事実だから仕方なーいのー」
「な。ふざけたことを言うな! 事実の『じ』の字もないだろう!」
「そーかしらー?」

 あぁ、また喧嘩。
 これはもはやどうしようもないのかもしれないわね。

 私が止めようとしても、まったく止まりそうにない。それどころか、入っていけば入っていくほど状況は悪化する。


 そんな時だ。


「ん……」

 小さな低い声が耳に入ってくる。

 その声がアスターが発したものだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 もちろん、すぐに気づいたのは私だけではない。リンディアも、ベルンハルトも、すぐに気づいてベッドへ視線を向ける。

「アスター!?」

 ベッドへ駆け寄るリンディア。

「……ここ、は」
「気がついたの!?」

 リンディアは、ベルンハルトと言い合っていたことなど忘れてしまったかのように、凄まじい勢いでアスターに声をかけている。

「あぁ……リンディアかね」

 ベッドに横たわっているアスターは、息がたくさん混じった声を漏らす。

「少しいいかな……」
「なーに? アスター」
「イーダくんに、だね……」

 リンディアは、ベッドに横たわるアスターへ顔を近づけ、懸命に彼の言葉を聞こうとしていた。そんな彼女の瞳からは、真剣さが伝わってくる。

「王女様にー?」
「綿菓子か、林檎飴……」

 アスターの口から発された言葉に、リンディアは戸惑ったような顔をした。

「綿菓子? 林檎飴? 何の話よー?」
「約束したのだよ……あげると……」

 直後、リンディアは急に、私の方へ視線を向けてくる。

「そーなの?」

 そういえば、いつかそんな話をしたような気はする。しかし、それがいつ話したことだったかは、すぐには思い出せない。きちんと説明できるほどの明瞭な記憶はないのだ。

「確か、いつかそんなことも話したわね」
「事実なのねー?」
「えぇ。はっきりとした記憶はないけれど」

 私の言葉に対し、リンディアは、「ふーん」と呟いていた。

「ま、それはいーとして」
「……良くはない。もう嘘をつくわけにはいかないのだよ……」

 起き上がろうとするアスター。リンディアは彼を制止する。

「アンタはじっとしてなさーい」

 制止されたアスターは、奇妙なものを見たかのような表情を浮かべた。

「……ん? リンディア? 一体何を言い出すのかね」
「まだ寝てろーって言ってんのよ!」
「いや、だが……」

 制止を聞かず上半身を起こそうとしたアスターを、リンディアは無理矢理横たわらせる。本当に、無理矢理、である。

「いーから寝てなさい!」
「しかし仕事が……」
「そーいうのはいーから!」

 リンディアが制止するものの、アスターは起き上がろうとし続ける。そんな変わらない繰り返しを一変させたのは、ベルンハルトの言葉だった。

「そうだ。まだ動かない方がいい」

 シンプルな言葉。飾り気のない意見。
 これといった特徴のない、ありふれた発言ではあるが、その発言がアスターを止めた。
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