イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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148話 父と娘に

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 私は、それからしばらく、ベルンハルトと二人でいた。リンディアとアスターの感動の再会を、邪魔したくなかったからだ。

 その後、十分ほどが経過し。

 リンディアは私たちの方へと、ゆっくりと歩いてきた。
 赤い髪をさらりと揺らしながら。

「ごめんなさいねー、王女様」

 アスターとの話が一段落したようだ。

「話は終わったの? リンディア」
「えぇ」

 リンディアはすっと口角を持ち上げ、ふふっ、と笑みを浮かべる。それから数秒経つと、今度は少し気まずそうな顔。

 表情がくるくる変わって、少し面白い。

「さっきは……悪かったわねー」

 突然の謝罪。
 私は暫し、戸惑いを隠せなかった。

 彼女はべつに、何も間違ったことはしていない。ただ、私に謝ってくれただけだ。なのに私が戸惑ってしまったのは、単に「突然だったから」というだけの理由である。

「一時の感情で当たり散らして悪かったと、そー思ってるわー」
「……いいの」

 戸惑いが晴れた後、私はようやく答えることができた。

「いいのよ、リンディア。私はただ、貴女を怒らせてしまったことを後悔していただけなの」

 一度口を開くと、その先の言葉は案外するすると口から出た。迷いなく、躊躇いなく。望む言葉をきちんと紡ぐことができた。

「悪いわねー」
「いいえ!」

 私とリンディアの間にそびえ立ちかけていた壁は、みるみるうちに崩れ去った。
 もはや何も残ってはいない。


 以後、大きな事件が発生することはなく。

 ただ時だけが過ぎていった。

 シュヴァルは、星都より遥か西にある絶海の孤島へと流され、生涯その島から出てはならないという罰が与えられた。

 残りの人生を、絶海の孤島の中だけで生きなくてはならない。
 それは、少しばかり残酷なことのようにも思える。

 けれど、彼は罪人。

 それゆえ、ある程度の罰が与えられるのは仕方のないことなのかもしれない。



 二ヶ月ほどが経ったある日。
 リンディアとアスターが、二人揃って、妙に改まった様子でやって来た。

 二人とは、ここしばらく、あまり会うことがなかった。それゆえ、私の自室にて、こういった形で四人で会うのは、何だか久々な気がする。

「聞ーて! 王女様」
「何?」

 それにしても、リンディアとアスターは最近妙に仲良くなった気がする。

 以前はリンディアが、アスターを嫌っているような発言ばかりしていた。例えば「好きなわけないでしょー」というような発言。そういった言葉を繰り返し、距離が縮みきらないという状態に陥っていた。

 しかし、ここのところ、二人の距離がぐっと縮んだような気がする。

 もっとも、単なる気のせいなのかもしれないけれど。

「あたし、アスターの娘になったのよー!」

 リンディアの口から飛び出した言葉に、私は思わずきょとんとしてしまった。

「……え?」

 彼女の様子を窺いつつ、尋ねる。

「娘にって……どういうこと?」

 リンディアは、機嫌の良さそうな顔のまま、私の問いに答えてくれる。

「ちゃーんと申請して、娘ってことになーったのー」
「え、えぇ!?」

 思わず声を大きくしてしまう。

 アスターがリンディアを娘のように大事に思っているということには気づいていたが、まさか本当に父娘の関係になってしまうとは、欠片も想像していなかった。

「はは、少し驚かせてしまったようだね。すまない」

 リンディアの隣にいるアスターは、穏やかに微笑んでいる。
 今の彼は、幸福の頂点にいる者のような、優しく穏やかな表情だ。

「だから言っただろう? リンディア。いきなりそんなことを言っては混乱させてしまう、と」
「は? なーに偉そーなこと言ってんのよ、ジジイ。アンタが頼りになんないから、あたしが報告したんでしょーが」

 仲良くなったように見えた二人だが、その関係性は、実はそれほど変わっていないのかもしれない。二人のやり取りを見て、そんな風に感じた。

「そーいうことだから。ま、だからどーってことはないでしょーけど……一応知らせておくわねー」

 リンディアは軽やかな口調で述べる。
 つい先ほどアスターに対して物を言っていた時とは、様子や雰囲気が全然違っていた。

「知らせてくれてありがとう」

 私は礼を言っておいた。

「ところで……リンディア。一つ聞いてもいい?」
「いーわよ。何かしらー」
「これからは、一緒にいられないの?」

 リンディアとアスターが幸せであれるなら、それに越したことはない。お世話になった大切な人たちだからこそ、幸せに生きてほしいと願う。

 だが、それとは別に。

 これから先は二人で歩んでいくというなら、そこに私が入る余地はない。主と従者でなくなるどころか、無関係になってしまうという可能性も存在するわけだ。

 いきなりそんな現実を突きつけられたら、正直辛い。胸が痛くなるだろう。

 だからこそ、私はここで確認しておかなくてはならなかったのだ。

「私の従者は……もう辞める?」

 嫌な答えが返ってきたらと思うと、それだけで怖い。聞きたくない。耳を塞ぎたくなる。

 だが、聞かないわけにはいかない。
 二人の決断。それに向き合わないでゆくことはできないのだから。

「王女様のじゅーしゃを辞めるかどーかですって?」
「そう。……できれば、答えてほしいの」

 一刻も早く、答えを聞かせてほしい。
 それが現在の私の心だ。

 答えが出るまでのこの空白が苦しい。喜ぶことも悲しむこともできないというこの瞬間が、少しでも早く終わってほしい。

「まっさか!」
「え」
「辞めるわけなーいじゃなーい」

 長らくもやがかかっていた視界に、光が射し込む。

「本当!?」
「嘘をつくわけないじゃなーい。ま。そーは言っても、アスターはそろそろ引退でしょーけどねー」

 言われてみれば、確かに、彼は結構いい年だ。寂しくはなるが、そろそろ穏やかな生活を手にするというのも悪くはないだろう。

「な! 引退!? 何だね、それは!」
「だってそーでしょ。アンタはもー、まともには戦えない」
「いやいや! まだ辞めるつもりはないのだが!?」

 あれ? アスター自身は辞める気ではないの?

 生まれる小さな疑問。

「うっさい! まともに戦えない人間が傍にいても、ただのお荷物じゃなーい」
「お荷物! ……それは酷くないかね? リンディア!?」
「なーに勘違いしてんのよー。アンタの体のこと考えて言ってあげてるんじゃないのー」
「……お。そうだったのかね」

 真相は不明だ。
 ただ一つ確かなのは、リンディアはアスターをあまり働かせたくないと思っているということ。

 そんなことを考えていると、リンディアが私の方へと視線を向けてきた。

「ま、そーいうこと。取り敢えず、あたしはまだまだじゅーしゃを続けるつもりよー」
「これからも傍にいてくれるのね!」
「そりゃそーよ。新しー仕事見つけるなんてめんどーだものー」

 リンディアはわざとらしい理由をつけて言った。

 だが、どんな理由であってもいいのだ。

 何が理由であったとしても、彼女と近くにいられるだけで、嬉しいことに変わりはない。
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