151 / 157
150話 彼女なりの?
しおりを挟む
「動揺しているということはやはり……なのかね」
予想外の言葉をかけられ、私は思わず平常心を失ってしまった。そんな私の様子を見て、アスターは何やら察したようだ。
「ベルンハルトくんはいいよね。しっかりしていて、愛嬌もあって」
「えっ……あ……」
心が乱れ、まともに返せない。
言葉を発する。それだけのことが、こんなに難しいなんて。
「君の相手に相応しいと思うよ」
アスターは悪戯な笑みを浮かべる。
しわの刻まれた顔は大人びているのに、そこに浮かぶ表情は少年のようだった。
私はただ動揺することしかできない。胸の内を覗き見られたみたいで、鼓動は速まるばかりだ。大人には隠せない、ということなのだろうか。
「では、今日はこれで失礼するよ!」
アスターは身をくるりと返す。それから、首より上だけをこちらへ向けて、そんな風に言った。
「もう行ってしまうの?」
「申し訳ない! ただ、リンディアとの用があってね」
彼には彼の都合があるのだろう。
一応主の立場である私には、彼を引き留める権限がある。行くな、と言うことだってできるのだ。
だが、彼を引き留めることはしなかった。
「そうだったの。気をつけて」
短くそれだけ述べて、私は、アスターを見送った。
彼には彼の幸せがある。それは私がどうこうできるものではない。だから、不必要な干渉はなるべくしないようにしようと、心の内で誓った。
私は私の幸せを見つけるのだ。
他人に干渉している暇はない。
アスターが部屋から出ていくと、それと入れ替わるようにベルンハルトが入ってきた。彼は話をするためリンディアに連れていかれていたのだが、どうやら終わったようだ。
「終わったの? ベルンハルト」
「あぁ。終わった」
彼は滑らかな足取りで歩み寄ってくる。
「案ずるな。やましいことは何もない」
「大丈夫よ、リンディアのことは疑っていないわ」
「そうか。あいつのことは信頼しているんだな」
「えぇ」
私はベルンハルトの顔をじっと見つめる。すると、彼も私のことを見てきた。それぞれの視線が、お互いの姿を捉えている。
「リンディアは信頼できる人だわ」
「口は悪いが、な」
すかさずそういうことを言う辺り、ベルンハルトらしいというかなんというか。
だが、彼とて、リンディアが信頼するに値する人間だということは分かっているはずだ。
「……そうね」
「何か悪いことを言ったか?」
私はただぼんやりしていただけなのだが、少しばかり誤解させてしまったようだ。ベルンハルトが私へ向ける眼差しには、不安の色が微かに混じっていた。
「い、いいえ! そんなことはないわ!」
開いた両手を胸の前で振りながら、慌てて返す。
するとベルンハルトは、静かな声で「ならいいが」とだけ漏らした。
心なしか気まずい空気。
それを振り払おうと、私は話題を変える。
「ところで、何の話だったの?」
話題を変えれば、気まずさも消してしまえるだろう。恐らくは。
「貴女は? アスターと何か話したのか」
問いに問いで返されてしまった。
私には言いにくい話でもしたのだろうか? などと考えつつも、先に答えておく。
「リンディアとのことに関する感謝とか、お詫びの綿菓子か林檎飴の件とか、そういったことを話したわ」
ベルンハルト絡みの話は、一応伏せておく。
理由はシンプル。
本人に言うのが恥ずかしいからである。
「そうか。当たり障りのない内容だな」
それは、良い意味だろうか。悪い意味だろうか。
判断の難しい言い方だ。
だが、ベルンハルトは不快そうな顔つきをしてはいない。ということは、少なくとも悪い意味ではないのだろう。
……あくまで推測だが。
「えぇ。意味なんて特にない、普通の話よ」
「それなら安心した」
肝心なところを伏せているということには、多少の罪悪感が付きまとう。
「ありがとう。で、ベルンハルトは?」
話を先へ進めようと、もう一度質問した。するとベルンハルトは、視線を床へ落とし、目を伏せる。
やはり、私には言えない話をしたのだろうか。
「私には……言えないこと?」
——訪れる沈黙。
何だろう、この凍りつくような雰囲気は。
静かだ。とにかく静か。
こんな空気になってしまうとは思っていなかった。それだけに、驚きや戸惑いも大きい。どうすれば、という感じだ。
「……言いたくないならいいわ!」
今はただ、その重苦しい空気から抜け出したくて。私は逃げるように、ベッドの方へと向かっていく。
「誰だって、秘密の一つや二つあるわよね」
——刹那。
そんな私の背に向かって、ベルンハルトは叫んできた。
「ち、違う! 違うんだ!」
多分、こういう時は振り返らないべきなのだろう。しかし、私は振り返ってしまった。振り返らない決意なんて、欠片もなかったから。
「……そうなの?」
「そうだ!」
ベルンハルトはいつもより大きい声で発する。
「したのは一つ! 貴女の話だけだ!」
「……え?」
予想外の発言に戸惑っている私へ、彼はすたすたと歩み寄ってくる。そして彼は、私の手首を掴んだ。
「私の、悪口?」
「違う! そうじゃない!」
「な……なら何なの?」
少しの空白の後。
「一歩踏み出せ、と」
ベルンハルトは言った。
「リンディアが……そう言ったの?」
「そうだ」
至近距離で頷くベルンハルト。
「意味がよく分からないわ……」
「僕だって分からない」
「リンディアは一体何を……」
「あいつはどうも、僕とイーダ王女をくっつけたいようだった」
ベルンハルトの言葉に、はっとする。
リンディアは私の心に気づいているようだった。ということは、彼女は私のために、彼を呼び出して話したのではないだろうか。
つまり……彼女なりの思いやり?
「おかしな女だ」
ベルンハルトは私から視線を逸らす。
「僕がイーダ王女に釣り合う存在でないということくらい、分かっているだろうに」
予想外の言葉をかけられ、私は思わず平常心を失ってしまった。そんな私の様子を見て、アスターは何やら察したようだ。
「ベルンハルトくんはいいよね。しっかりしていて、愛嬌もあって」
「えっ……あ……」
心が乱れ、まともに返せない。
言葉を発する。それだけのことが、こんなに難しいなんて。
「君の相手に相応しいと思うよ」
アスターは悪戯な笑みを浮かべる。
しわの刻まれた顔は大人びているのに、そこに浮かぶ表情は少年のようだった。
私はただ動揺することしかできない。胸の内を覗き見られたみたいで、鼓動は速まるばかりだ。大人には隠せない、ということなのだろうか。
「では、今日はこれで失礼するよ!」
アスターは身をくるりと返す。それから、首より上だけをこちらへ向けて、そんな風に言った。
「もう行ってしまうの?」
「申し訳ない! ただ、リンディアとの用があってね」
彼には彼の都合があるのだろう。
一応主の立場である私には、彼を引き留める権限がある。行くな、と言うことだってできるのだ。
だが、彼を引き留めることはしなかった。
「そうだったの。気をつけて」
短くそれだけ述べて、私は、アスターを見送った。
彼には彼の幸せがある。それは私がどうこうできるものではない。だから、不必要な干渉はなるべくしないようにしようと、心の内で誓った。
私は私の幸せを見つけるのだ。
他人に干渉している暇はない。
アスターが部屋から出ていくと、それと入れ替わるようにベルンハルトが入ってきた。彼は話をするためリンディアに連れていかれていたのだが、どうやら終わったようだ。
「終わったの? ベルンハルト」
「あぁ。終わった」
彼は滑らかな足取りで歩み寄ってくる。
「案ずるな。やましいことは何もない」
「大丈夫よ、リンディアのことは疑っていないわ」
「そうか。あいつのことは信頼しているんだな」
「えぇ」
私はベルンハルトの顔をじっと見つめる。すると、彼も私のことを見てきた。それぞれの視線が、お互いの姿を捉えている。
「リンディアは信頼できる人だわ」
「口は悪いが、な」
すかさずそういうことを言う辺り、ベルンハルトらしいというかなんというか。
だが、彼とて、リンディアが信頼するに値する人間だということは分かっているはずだ。
「……そうね」
「何か悪いことを言ったか?」
私はただぼんやりしていただけなのだが、少しばかり誤解させてしまったようだ。ベルンハルトが私へ向ける眼差しには、不安の色が微かに混じっていた。
「い、いいえ! そんなことはないわ!」
開いた両手を胸の前で振りながら、慌てて返す。
するとベルンハルトは、静かな声で「ならいいが」とだけ漏らした。
心なしか気まずい空気。
それを振り払おうと、私は話題を変える。
「ところで、何の話だったの?」
話題を変えれば、気まずさも消してしまえるだろう。恐らくは。
「貴女は? アスターと何か話したのか」
問いに問いで返されてしまった。
私には言いにくい話でもしたのだろうか? などと考えつつも、先に答えておく。
「リンディアとのことに関する感謝とか、お詫びの綿菓子か林檎飴の件とか、そういったことを話したわ」
ベルンハルト絡みの話は、一応伏せておく。
理由はシンプル。
本人に言うのが恥ずかしいからである。
「そうか。当たり障りのない内容だな」
それは、良い意味だろうか。悪い意味だろうか。
判断の難しい言い方だ。
だが、ベルンハルトは不快そうな顔つきをしてはいない。ということは、少なくとも悪い意味ではないのだろう。
……あくまで推測だが。
「えぇ。意味なんて特にない、普通の話よ」
「それなら安心した」
肝心なところを伏せているということには、多少の罪悪感が付きまとう。
「ありがとう。で、ベルンハルトは?」
話を先へ進めようと、もう一度質問した。するとベルンハルトは、視線を床へ落とし、目を伏せる。
やはり、私には言えない話をしたのだろうか。
「私には……言えないこと?」
——訪れる沈黙。
何だろう、この凍りつくような雰囲気は。
静かだ。とにかく静か。
こんな空気になってしまうとは思っていなかった。それだけに、驚きや戸惑いも大きい。どうすれば、という感じだ。
「……言いたくないならいいわ!」
今はただ、その重苦しい空気から抜け出したくて。私は逃げるように、ベッドの方へと向かっていく。
「誰だって、秘密の一つや二つあるわよね」
——刹那。
そんな私の背に向かって、ベルンハルトは叫んできた。
「ち、違う! 違うんだ!」
多分、こういう時は振り返らないべきなのだろう。しかし、私は振り返ってしまった。振り返らない決意なんて、欠片もなかったから。
「……そうなの?」
「そうだ!」
ベルンハルトはいつもより大きい声で発する。
「したのは一つ! 貴女の話だけだ!」
「……え?」
予想外の発言に戸惑っている私へ、彼はすたすたと歩み寄ってくる。そして彼は、私の手首を掴んだ。
「私の、悪口?」
「違う! そうじゃない!」
「な……なら何なの?」
少しの空白の後。
「一歩踏み出せ、と」
ベルンハルトは言った。
「リンディアが……そう言ったの?」
「そうだ」
至近距離で頷くベルンハルト。
「意味がよく分からないわ……」
「僕だって分からない」
「リンディアは一体何を……」
「あいつはどうも、僕とイーダ王女をくっつけたいようだった」
ベルンハルトの言葉に、はっとする。
リンディアは私の心に気づいているようだった。ということは、彼女は私のために、彼を呼び出して話したのではないだろうか。
つまり……彼女なりの思いやり?
「おかしな女だ」
ベルンハルトは私から視線を逸らす。
「僕がイーダ王女に釣り合う存在でないということくらい、分かっているだろうに」
0
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。
黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。
明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。
そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。
………何でこんな事になったっけ?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる