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150話 彼女なりの?
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「動揺しているということはやはり……なのかね」
予想外の言葉をかけられ、私は思わず平常心を失ってしまった。そんな私の様子を見て、アスターは何やら察したようだ。
「ベルンハルトくんはいいよね。しっかりしていて、愛嬌もあって」
「えっ……あ……」
心が乱れ、まともに返せない。
言葉を発する。それだけのことが、こんなに難しいなんて。
「君の相手に相応しいと思うよ」
アスターは悪戯な笑みを浮かべる。
しわの刻まれた顔は大人びているのに、そこに浮かぶ表情は少年のようだった。
私はただ動揺することしかできない。胸の内を覗き見られたみたいで、鼓動は速まるばかりだ。大人には隠せない、ということなのだろうか。
「では、今日はこれで失礼するよ!」
アスターは身をくるりと返す。それから、首より上だけをこちらへ向けて、そんな風に言った。
「もう行ってしまうの?」
「申し訳ない! ただ、リンディアとの用があってね」
彼には彼の都合があるのだろう。
一応主の立場である私には、彼を引き留める権限がある。行くな、と言うことだってできるのだ。
だが、彼を引き留めることはしなかった。
「そうだったの。気をつけて」
短くそれだけ述べて、私は、アスターを見送った。
彼には彼の幸せがある。それは私がどうこうできるものではない。だから、不必要な干渉はなるべくしないようにしようと、心の内で誓った。
私は私の幸せを見つけるのだ。
他人に干渉している暇はない。
アスターが部屋から出ていくと、それと入れ替わるようにベルンハルトが入ってきた。彼は話をするためリンディアに連れていかれていたのだが、どうやら終わったようだ。
「終わったの? ベルンハルト」
「あぁ。終わった」
彼は滑らかな足取りで歩み寄ってくる。
「案ずるな。やましいことは何もない」
「大丈夫よ、リンディアのことは疑っていないわ」
「そうか。あいつのことは信頼しているんだな」
「えぇ」
私はベルンハルトの顔をじっと見つめる。すると、彼も私のことを見てきた。それぞれの視線が、お互いの姿を捉えている。
「リンディアは信頼できる人だわ」
「口は悪いが、な」
すかさずそういうことを言う辺り、ベルンハルトらしいというかなんというか。
だが、彼とて、リンディアが信頼するに値する人間だということは分かっているはずだ。
「……そうね」
「何か悪いことを言ったか?」
私はただぼんやりしていただけなのだが、少しばかり誤解させてしまったようだ。ベルンハルトが私へ向ける眼差しには、不安の色が微かに混じっていた。
「い、いいえ! そんなことはないわ!」
開いた両手を胸の前で振りながら、慌てて返す。
するとベルンハルトは、静かな声で「ならいいが」とだけ漏らした。
心なしか気まずい空気。
それを振り払おうと、私は話題を変える。
「ところで、何の話だったの?」
話題を変えれば、気まずさも消してしまえるだろう。恐らくは。
「貴女は? アスターと何か話したのか」
問いに問いで返されてしまった。
私には言いにくい話でもしたのだろうか? などと考えつつも、先に答えておく。
「リンディアとのことに関する感謝とか、お詫びの綿菓子か林檎飴の件とか、そういったことを話したわ」
ベルンハルト絡みの話は、一応伏せておく。
理由はシンプル。
本人に言うのが恥ずかしいからである。
「そうか。当たり障りのない内容だな」
それは、良い意味だろうか。悪い意味だろうか。
判断の難しい言い方だ。
だが、ベルンハルトは不快そうな顔つきをしてはいない。ということは、少なくとも悪い意味ではないのだろう。
……あくまで推測だが。
「えぇ。意味なんて特にない、普通の話よ」
「それなら安心した」
肝心なところを伏せているということには、多少の罪悪感が付きまとう。
「ありがとう。で、ベルンハルトは?」
話を先へ進めようと、もう一度質問した。するとベルンハルトは、視線を床へ落とし、目を伏せる。
やはり、私には言えない話をしたのだろうか。
「私には……言えないこと?」
——訪れる沈黙。
何だろう、この凍りつくような雰囲気は。
静かだ。とにかく静か。
こんな空気になってしまうとは思っていなかった。それだけに、驚きや戸惑いも大きい。どうすれば、という感じだ。
「……言いたくないならいいわ!」
今はただ、その重苦しい空気から抜け出したくて。私は逃げるように、ベッドの方へと向かっていく。
「誰だって、秘密の一つや二つあるわよね」
——刹那。
そんな私の背に向かって、ベルンハルトは叫んできた。
「ち、違う! 違うんだ!」
多分、こういう時は振り返らないべきなのだろう。しかし、私は振り返ってしまった。振り返らない決意なんて、欠片もなかったから。
「……そうなの?」
「そうだ!」
ベルンハルトはいつもより大きい声で発する。
「したのは一つ! 貴女の話だけだ!」
「……え?」
予想外の発言に戸惑っている私へ、彼はすたすたと歩み寄ってくる。そして彼は、私の手首を掴んだ。
「私の、悪口?」
「違う! そうじゃない!」
「な……なら何なの?」
少しの空白の後。
「一歩踏み出せ、と」
ベルンハルトは言った。
「リンディアが……そう言ったの?」
「そうだ」
至近距離で頷くベルンハルト。
「意味がよく分からないわ……」
「僕だって分からない」
「リンディアは一体何を……」
「あいつはどうも、僕とイーダ王女をくっつけたいようだった」
ベルンハルトの言葉に、はっとする。
リンディアは私の心に気づいているようだった。ということは、彼女は私のために、彼を呼び出して話したのではないだろうか。
つまり……彼女なりの思いやり?
「おかしな女だ」
ベルンハルトは私から視線を逸らす。
「僕がイーダ王女に釣り合う存在でないということくらい、分かっているだろうに」
予想外の言葉をかけられ、私は思わず平常心を失ってしまった。そんな私の様子を見て、アスターは何やら察したようだ。
「ベルンハルトくんはいいよね。しっかりしていて、愛嬌もあって」
「えっ……あ……」
心が乱れ、まともに返せない。
言葉を発する。それだけのことが、こんなに難しいなんて。
「君の相手に相応しいと思うよ」
アスターは悪戯な笑みを浮かべる。
しわの刻まれた顔は大人びているのに、そこに浮かぶ表情は少年のようだった。
私はただ動揺することしかできない。胸の内を覗き見られたみたいで、鼓動は速まるばかりだ。大人には隠せない、ということなのだろうか。
「では、今日はこれで失礼するよ!」
アスターは身をくるりと返す。それから、首より上だけをこちらへ向けて、そんな風に言った。
「もう行ってしまうの?」
「申し訳ない! ただ、リンディアとの用があってね」
彼には彼の都合があるのだろう。
一応主の立場である私には、彼を引き留める権限がある。行くな、と言うことだってできるのだ。
だが、彼を引き留めることはしなかった。
「そうだったの。気をつけて」
短くそれだけ述べて、私は、アスターを見送った。
彼には彼の幸せがある。それは私がどうこうできるものではない。だから、不必要な干渉はなるべくしないようにしようと、心の内で誓った。
私は私の幸せを見つけるのだ。
他人に干渉している暇はない。
アスターが部屋から出ていくと、それと入れ替わるようにベルンハルトが入ってきた。彼は話をするためリンディアに連れていかれていたのだが、どうやら終わったようだ。
「終わったの? ベルンハルト」
「あぁ。終わった」
彼は滑らかな足取りで歩み寄ってくる。
「案ずるな。やましいことは何もない」
「大丈夫よ、リンディアのことは疑っていないわ」
「そうか。あいつのことは信頼しているんだな」
「えぇ」
私はベルンハルトの顔をじっと見つめる。すると、彼も私のことを見てきた。それぞれの視線が、お互いの姿を捉えている。
「リンディアは信頼できる人だわ」
「口は悪いが、な」
すかさずそういうことを言う辺り、ベルンハルトらしいというかなんというか。
だが、彼とて、リンディアが信頼するに値する人間だということは分かっているはずだ。
「……そうね」
「何か悪いことを言ったか?」
私はただぼんやりしていただけなのだが、少しばかり誤解させてしまったようだ。ベルンハルトが私へ向ける眼差しには、不安の色が微かに混じっていた。
「い、いいえ! そんなことはないわ!」
開いた両手を胸の前で振りながら、慌てて返す。
するとベルンハルトは、静かな声で「ならいいが」とだけ漏らした。
心なしか気まずい空気。
それを振り払おうと、私は話題を変える。
「ところで、何の話だったの?」
話題を変えれば、気まずさも消してしまえるだろう。恐らくは。
「貴女は? アスターと何か話したのか」
問いに問いで返されてしまった。
私には言いにくい話でもしたのだろうか? などと考えつつも、先に答えておく。
「リンディアとのことに関する感謝とか、お詫びの綿菓子か林檎飴の件とか、そういったことを話したわ」
ベルンハルト絡みの話は、一応伏せておく。
理由はシンプル。
本人に言うのが恥ずかしいからである。
「そうか。当たり障りのない内容だな」
それは、良い意味だろうか。悪い意味だろうか。
判断の難しい言い方だ。
だが、ベルンハルトは不快そうな顔つきをしてはいない。ということは、少なくとも悪い意味ではないのだろう。
……あくまで推測だが。
「えぇ。意味なんて特にない、普通の話よ」
「それなら安心した」
肝心なところを伏せているということには、多少の罪悪感が付きまとう。
「ありがとう。で、ベルンハルトは?」
話を先へ進めようと、もう一度質問した。するとベルンハルトは、視線を床へ落とし、目を伏せる。
やはり、私には言えない話をしたのだろうか。
「私には……言えないこと?」
——訪れる沈黙。
何だろう、この凍りつくような雰囲気は。
静かだ。とにかく静か。
こんな空気になってしまうとは思っていなかった。それだけに、驚きや戸惑いも大きい。どうすれば、という感じだ。
「……言いたくないならいいわ!」
今はただ、その重苦しい空気から抜け出したくて。私は逃げるように、ベッドの方へと向かっていく。
「誰だって、秘密の一つや二つあるわよね」
——刹那。
そんな私の背に向かって、ベルンハルトは叫んできた。
「ち、違う! 違うんだ!」
多分、こういう時は振り返らないべきなのだろう。しかし、私は振り返ってしまった。振り返らない決意なんて、欠片もなかったから。
「……そうなの?」
「そうだ!」
ベルンハルトはいつもより大きい声で発する。
「したのは一つ! 貴女の話だけだ!」
「……え?」
予想外の発言に戸惑っている私へ、彼はすたすたと歩み寄ってくる。そして彼は、私の手首を掴んだ。
「私の、悪口?」
「違う! そうじゃない!」
「な……なら何なの?」
少しの空白の後。
「一歩踏み出せ、と」
ベルンハルトは言った。
「リンディアが……そう言ったの?」
「そうだ」
至近距離で頷くベルンハルト。
「意味がよく分からないわ……」
「僕だって分からない」
「リンディアは一体何を……」
「あいつはどうも、僕とイーダ王女をくっつけたいようだった」
ベルンハルトの言葉に、はっとする。
リンディアは私の心に気づいているようだった。ということは、彼女は私のために、彼を呼び出して話したのではないだろうか。
つまり……彼女なりの思いやり?
「おかしな女だ」
ベルンハルトは私から視線を逸らす。
「僕がイーダ王女に釣り合う存在でないということくらい、分かっているだろうに」
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