イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
152 / 157

151話 本心を

しおりを挟む
 それでなくても気まずかったのに、ベルンハルトの呟きを聞いてますます気まずくなってしまった。

 だが、このまま黙っているわけにもいかない。
 なので私は、頭を捻り、取り敢えず何か言葉を発することに決めた。

「そんなことないわ、ベルンハルト。貴方がいてくれれば心強い」

 彼の双眸をじっと見つめる。

 お互いの視線が重なった。
 今、私たちは二人。他には誰もいない。ここは、二人だけの世界だ。

「貴方は強い。それに、愛想なくても優しい。だから、これからもずっと、いつまでも……傍にいてほしいなって思うわ」

 私は思いきってそう言った。
 しかし、ベルンハルトは何も答えない。

「……ねぇ、覚えてる? 初めて会ったあの日。ダンダに撃たれそうになった私を、足を払って助けてくれたわよね」

 すると、それまでは黙り続けていたベルンハルトが、ようやく口を開いた。

「そんなこともあったな」
「あの時は驚いたわ。だって、転倒させられたことなんてなかったんだもの」

 言っていると何だか笑えてきて、しまいに笑ってしまった。
 なにもかもが懐かしい。

 けれど——今でも鮮明に思い出せるわ。

 ベルンハルトとの出会い。

「あの時はすまなかった」
「あ! そんなつもりで言ったわけじゃないのよ! 私はただ……最初から助けられてばかりだったなって」

 もしあの時、彼に出会っていなかったら。もしあの場に、彼がいなかったら。恐らく私は、とうに生きていなかっただろう。きっと、こうして笑っている私は存在していなかったはずだ。

「それに、ベルンハルトに助けられたのは私だけじゃないわ。父さんもよ。貴方がいなかったら、星王家は終わっていたかもしれないわね」

 私も父親も命はなく、オルマリンはシュヴァルの手に落ちていたことだろう。

「それは大袈裟だ」
「大袈裟じゃないわ」
「いや、話を大きくしすぎだ」
「そんなことない!」

 むきになって、調子を強めてしまう。

「貴方の功績は大きいの!」
「それは思い込みだ」

 きっぱりと言われてしまった。
 これは切ない。

「……そうね。でも、思い込みだっていいじゃない」

 少し間を空けて、続ける。

「私にとっては、そうなんだから」

 その頃になって、ベルンハルトはようやく私の手首を離した。自由の身になった私は、数歩歩いてベッドに腰掛ける。

「それにね」

 ベッドの柔らかい触感に、心なしか癒やされた。

「死なないって言ってくれたのも、嬉しかったわ」

 ベルンハルトは私の顔を見つめたまま、微かに首を傾げる。

「そんな昔のことを掘り起こして、何を言いたいんだ」
「感謝。たくさん伝えたいの」

 彼はまだ「よく分からない」と言いたげな顔をしている。

「あの頃の私はね、失うことをただやみくもに恐れて、何もできなくなっていたの。新しい従者を雇うことさえ怖くて」

 もう懐かしい話だけれど……あの頃の私は、本当に何もできなかった。すべてを恐れ、部屋に引きこもっているだけで。

「でも、ベルンハルトは『僕は死なない』って断言してくれた。だから、勇気を持てたの」
「そうか」
「えぇ。貴方の強さが、私を救ってくれたわ」

 彼に出会わなかった世界。
 その場合の私。

 想像することは容易ではないが、きっと、今とは全然違っていただろうと思う。

「……正直なところを言うと、死ぬかもと思った時期もあったがな」

 ベルンハルトはそう発する。
 その言葉は、正直、少し意外なものだった。

「そうなの?」
「嘘はつかない」
「……そう」

 つい、少し俯いてしまう。
 そんなことをしても意味はないと、分かってはいるのに。

「そんな顔をしないでくれ。もう過ぎたことだ」

 ベルンハルトは淡々とした調子で述べる。

「貴女を護れて良かったと思っている」

 その言葉に、私は顔を上げる。

「ベルンハルト……!」

 するとベルンハルトは、ふっ、と笑みをこぼした。どちらかというと苦笑に近い笑みである。

「単純だな」
「へ?」
「悪い意味ではない。ただ、貴女は素直な人間だなと思っただけだ」

 単純と素直は同義だろうか……。

「そういうことなのね」
「あぁ。実に興味深い」
「何よ、それ!?」

 興味深い、なんて言われるとは想定していなかったため、衝撃を受けた。また、そのせいで声を大きくしてしまった。

 もっとも、悪い意味での衝撃ではないのでまだましだが。

「なぜそんなに驚く?」
「だって、興味深いなんて、未知の生物に対して言うようなことじゃない」
「そうだろうか。人間にも使うと思うが」

 まぁ、それはそうだけど……って、私たちは一体何の話をしているのかしら。

「そうね! そうよね!」
「急にどうした」
「ベルンハルトが言うなら、きっとそうなんだわ」
「何なんだ、その理由は……」

 穏やかな時間は好き。

 暗いことを考えずにいられる。世の闇を見ずにいられる。
 そんな瞬間が好き。

 できるなら、こんな何の意味もない時が永遠に続いていってほしい。そうすれば、ずっと幸せの中にあれるから。

「私、本当に良かった。貴方に会えて、共に過ごせて、良かったと思っているわ」

 改めて言うのは、少々気恥ずかしかった。
 だが、本心を偽ることはできない。本心は本心。それを変えることなんて、自分にだってできやしないのだ。

「そうか」

 だが。

 私は気恥ずかしい思いをしながら本心を述べたにもかかわらず、ベルンハルトの反応は非常に淡々としたものだった。

「ありがたいことだ」

 ——なぜそんなにも平然としていられるの?

 そんな風に思ったりした。

 無論、そこが彼の長所でもあるわけなのだが。

「ベルンハルトはさすがに冷静ね」
「冷静? そんなことはない」
「私からすれば、冷静すぎるくらいに見えるわよ?」

 すると彼は、普通にしていても鋭さのある凛々しい目を、大きく見開く。

「冷静すぎる、か。それは一種の問題かもしれない。だが……」
「え? あの、変な意味じゃないのよ!?」
「だが、どうすれば」
「べつに、貴方を否定したわけじゃないのよ!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...