イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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152話 貴女と過ごす時間が

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「否定したわけじゃない、か」

 ベルンハルトはぽつりと呟く。

 私は慌てていた。だから、おかしなことを言ってしまったかもしれない、と少し不安がある。彼に幻滅されたら、という思いも。

 でも、彼ならきっと大丈夫。受け入れてくれるだろう。
 今はそう信じられる。

 ベルンハルトは少々ひねくれてもいるが、悪い人間ではないと知っているから。

「迷惑でないならいいのだが」
「迷惑? まさか! そんなわけないじゃない!」
「そうだろうか」

 ベルンハルトは私を見つめてくる。
 その瞳は、揺れていた。

「そうよ! 頼りにしているわ」

 もしかしたら、彼も不安なのかもしれない。そう思ったから、私は言った。可能ならば、彼には安心してほしいのだ。

 ——だが、物事とはそう単純ではないようで。

「過剰な期待をしないでくれ。もちろんできることはするが、不可能もある」

 ベルンハルトは気まずそうな顔をしていた。

 頼りにしているという心を正直に伝えれば、彼を安心させられる。私はそう考えていた。が、少々短絡的過ぎたのかもしれない。

 信頼されていれば安心、というわけでもないようだ。
 人の心とは不思議である。

 ……いや、私があまりに知らないというだけなのかもしれないが。

「分かったわ、過剰な期待はしない。でも、過剰でなければいいわね?」

 するとベルンハルトは、数秒の沈黙の後。

「……そうだな」

 静かく小さな声で、独り言のように発した。
 さらに、少し空けて続ける。

「過剰でなければ、信頼されるのも悪くはない」

 彼の瞳に、ほんの僅かに暖色がさす。それはまるで、夜明けの空のよう。柔らかく、それでいて真っ直ぐな、胸を震わせるような色。

「今後も、僕にできることはすべてしよう」
「ベルンハルト……!」

 私はベッドの上。
 彼は最初に話していた場所。

 この距離感は、何とも言えない。

 私たちは、まるで心と心の間に一枚壁が建っているような距離にある。そのことは、私を、少し複雑な心境にさせる。

「ねぇ、ベルンハルト」

 もっと近くにいられればいいのに。触れられるような距離であればいいのに。
 つい、そんなことを考えてしまう。

 私は王女で、彼は従者。

 いやというくらい分かっているのに。

「もう少し、こっちへ来てちょうだい」
「なぜだ」

 ベルンハルトは眉を寄せた。
 今の彼の眉間には、凄まじい数のしわができている。

 そんな警戒心剥き出しな顔をしないでほしかった——はともかく、威嚇しているかのような迫力のある顔だ。

「……傍にいたいの」

 ただ、私は、それでももっと近くにありたくて。

「駄目……かしら」

 眉間に大量のしわを寄せられようと、警戒心剥き出しの顔をされようと、この心が変わることはない。
 どんな対応でも来い! という感じだ。

「イーダ王女。今日の貴女は少しおかしいように思うが、一体どうしたんだ」
「そうね。どうかしてるわ、私」

 その時、ベルンハルトはハッと何かに気づいたような顔をした。

「まさか、熱でもあるのか? ならば早めに手当てを——」

 彼はそんなことを言いながら、ベッドの方、つまり私の方へと、歩いてくる。

「ち、違うわ!」

 接近するよう頼んでおいてなんだが、いざ近づいてこられると怖くなった。

 否、怖くなったという表現は相応しくないかもしれない。
 だが、どのように対応すれば良いのか分からなくて混乱してしまっていることは確かだ。

「額、少し失礼する」

 傍らまで歩いてくると、彼は、私の額にそっと手のひらを当てた。

 頭から湯気が噴出しそうだ。

 しかしベルンハルトはというと、私の様子などまったく気にしていない。私の額に手を当て、ただ首を傾げるだけである。

「確かに、熱ではなさそうだな」
「そ、そうよ! 熱なんてないわ!」

 いきなり発熱するわけがないではないか。

「私は元気!」
「な。そうなのか」

 驚いた顔をされてしまった。

 心配してくれているのだから、敢えて文句を言うこともないのだろうが……。

「なら、様子がおかしかったのは一体何なんだ?」

 熱があって、体調が変だから様子もおかしい。ベルンハルトは、本気でそう思っていたようだ。

 そんなに気分が優れないならこちらから言うわよ、と、少々思ってしまう。

 だが、本来は嬉しいことのはずだ。
 ベルンハルトがこの身を案じてくれた。こんなありがたいことは、そうたくさんはない。

「それは多分……本心を言ったから」
「本心?」
「えぇ。きっとそう。本当のことを言ったからだわ」

 わけが分からない、というような顔をするベルンハルト。

「本心を、本当のことを言ったら、おかしな言動になるものなのか?」
「それは、その……誰でもってわけじゃないわ」

 裏表のない者なら、隠している部分のない者なら、そうはならないだろう。

「ただ、私がそうだっただけよ」

 するとベルンハルトは、奇妙なものを見たかのような顔つきになる。

「そうなのか。僕にはよく分からないが、取り敢えず、体調不良ではないのだな?」

 ベルンハルトの問いに、私は「大丈夫よ」と答えた。すると彼は、ほんのりと笑みをこぼして、「なら良かった」と言う。

 彼の安堵の笑みは、私の心を掴んで離さない。
 無表情寄りの傾向がある彼だからこそ、その笑みには威力がある。希少価値、というやつだ。

「心配してくれてありがとう」

 それから私は、ベッドを手でぽんぽんと叩く。

「座って?」
「なぜだ」
「お願い。ベルンハルト」

 すると彼は、困った顔をしながらも、私のすぐ隣に座ってくれた。

「これでいいのか」

 ベルンハルトは非常に気まずそうな目つきをしている。
 私と隣同士で座る。ただそれだけのことなのに、そんなに気まずいのだろうか。彼の感性は、たまに、よく分からない時がある。

「……こういうのは嫌?」

 思いきって尋ねてみた。

 その問いに、ベルンハルトはすぐには答えなかったーーが、数十秒ほどが経過した後、彼は小ぶりに口を開く。

「嫌ではない」

 ここには、私と彼だけ。それ以外に人はいない。音もほとんどない。ただ、時間だけがゆっくりと過ぎてゆく。

「貴女と過ごす時間が、嫌なわけがない」
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