イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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153話 あの春はいつだって蘇る

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 嫌なわけがない。
 ベルンハルトはそう言って、ほんの少し笑みを浮かべた。

 私にとっては、何より嬉しい言葉だ。

「だが、間違えるなよ」

 ぽつりと呟くベルンハルト。

「……え?」
「僕はネージア人だ」

 彼が言わんとしていることを、私は理解できなかった。否、理解できないどころか、察することさえできなかった。何とか掴もうにも、説明が不足している。

「貴女に相応しい人間ではない」

 彼はきっぱりと告げた。

「そんなことない。ベルンハルト、それは勘違いよ」
「いや、事実だ」
「あり得ないわ、そんなこと。もし仮に、私が貴方に相応しくないということはあったとしても、その逆は絶対にない!」

 つい必死になってしまう。

 ベルンハルトが私に相応しくないなんてことは、絶対にない!

 それを訴えたくて。

「アスターさんだって言っていたわ! 相応しいって!」
「……アスター、だと?」
「彼は私に、ベルンハルトのこと、『君の相手に相応しいと思うよ』って言ってくれた!」

 私が思い込んでいるだけじゃない。アスターだって、私と同じように感じている。だからこそ、自信を持って言えるのだ。

 そんな風に自信に満ちていた私に対し、ベルンハルトは尋ねてくる。

「待て、イーダ王女。アスターがそんなことを言ったのか?」

 ……あ。

「先ほどの別れていた時か? だが、貴女は僕の話をしたなどと言ってはいなかった。一体どうなっている?」

 アスターのことは言うべきでなかったかもしれない。が、時既に遅し。今さら「なーんてね! 想像でーす!」なんて言って適当にごまかすことはできないだろう。一度発してしまったのだ、もはやどうしようもない。

「そ……そう」

 こうなれば仕方ない。

 もう逃げない! この際はっきり真実を話す!

 ……何を当たり前のことを、と笑われてしまいそうだが。

「さっき、実はね、少し話したの」
「アスターと、か」
「そう。ベルンハルトのことについて」

 怪訝な顔をするベルンハルト。

「なるほど。だが、それならなぜ、先ほど聞いた時には言わなかったんだ」

 こういう質問が来るだろうとは予想していた。
 予想してはいたのだけれど——やはり、喉元が強張る。

「か、隠そうとか……そんなつもりはなかったの……」

 責められているわけではないのだから、恐れを抱く必要なんてないのだ。忘れでもしていたかのように振る舞えばいいだけのこと。

 しかし、力んでしまう。
 顔に、喉に、変な力が入ってしまって、日頃のようには振る舞えない。

「悪意があってのことだろうと疑っているわけではない。が、あの時に敢えて言わなかった理由が気になる」

 ベルンハルトの真っ直ぐな視線が、今は少し痛い。

「ただ……恥ずかしくて」
「恥ずかしい、だと? 何がどうなっているんだ」
「……私にとっては恥ずかしかったの。アスターさんがベルンハルトを良く言ってくれたこと自体は嬉しかったけれど」

 普通とても成り立たないような、滅茶苦茶なことを言ってしまった。が、それが真実だから仕方ない。

「言わなかったことは謝るわ。ごめんなさい。でも勘違いしないで! 悪意があってしたわけじゃないの。ただ、軽い気持ちで——え?」

 言いかけて、途中で止める。
 隣に座っていたベルンハルトが、私の手を握ってきたからだ。

「分かった」
「え、あの……」

 今や私には戸惑いしかない。

「特に深い意味はないということだな」

 ベルンハルトの凛々しい双眸が、私をじっと捉える。その眼差しは真っ直ぐで、しかしながら、どこか柔らかさもあるものだった。

「え、えぇ。そうよ。別段これといった理由があったわけじゃないの。少し恥ずかしかっただけ」

 平静を保つよう努めつつ、答えた。

 すると彼は、一度瞼を下ろす。そして、三秒ほど経ってから、再び目を開いた。彼の双眸は、やはり私を捉えている。

「そうか。色々質問してしまって、すまなかった」

 いきなりの謝罪。
 私は慌てて、開いた両手を胸の前で振ろうとする——が、手を握られているためそれはできなかった。


 その時。
 誰かが扉をノックした。

 ノック音に反応し、ベルンハルトはすぐに動く。私の手から手を離し、ベッドから立ち上がる。

 直後、扉が開いた。

「イーダぁ!」

 現れたのは、父親。
 これはまた賑やかになりそうである。

「父さん。どうかした?」
「次の誕生日のことなんだがなぁ!」

 ——誕生日。

 その言葉が、胸にぐさりと突き刺さる。
 忘れもしない。あの春の、忌々しい記憶。多くのものが奪われた、あの日。思い出したくもないけれど、消えはしない。

「……誕生日? もう?」
「まだ少し先にはなるがなぁ、盛大に祝おうと思うんだぁ!」

 父親の目に曇りはない。

 彼は忘れてしまったのだろうか。前の春、何があったかを。

「どうだぁ? イーダぁ?」
「そうね……でも、盛大に、なんて困るわ」
「えぇぇ。何でなんだよぅ」
「思い出すから嫌なの」

 熱心に考えてくれている者に対して冷たい態度をとるというのは、あまり気が進まない。申し訳ない気がして。しかし、胸の奥に刻まれた暗い記憶は、そう簡単に消えるものではない。日頃は消えたように感じていたとしても、何かきっかけがあればすぐに蘇るものだ。

「……イーダ」
「ごめんなさい。でも、本当に、盛り上がる気にはなれないの」

 楽しくすればいい。
 盛り上がればいい。

 そうすれば、きっと楽しいだろうし。

 私だって、そう思わないことはない。過去に囚われることに意味などないのだと、分かってはいる。

 けれど、無理なのだ。
 私はそんなに強い人間ではない。

「ごめんなさい、父さん。せっかく考えてくれたの……っ!?」

 申し訳ない気持ちでいっぱいになっている私を、父親は急に抱き締めてきた。

「そうか、そうだったんだなぁ……すまん! 父さんが悪かったぁっ!!」

 ベルンハルトの目の前で父親に抱き締められる、というのは何とも言えない心境だ。ベルンハルトにどう思われているだろう、なんて、ついつい考えてしまう。

「なら、親しい仲間だけで誕生日会を開こう!!」
「……し、親しい仲間?」
「ベルンハルトとか、リンディアとかアスターとかなら、イーダも平気だろぅ!?」

 父親は配慮してくれたようだ。

「えぇ、その方がありがたいわ。って、あれ? 父さんは?」
「もちろん参加するぅ! まさか、嫌なのかぁ!?」
「まさか。嫌なわけがないじゃない。……ただ、ベタベタされるのは嫌だけど」

 妙に絡まれるのが嫌なだけで、父親自体が嫌というわけではない。
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