昨日婚約破棄されまして。それから海を見に行くことが日課となっていたのですが……？

前編

　昨日、婚約破棄された。

　長い旅は終わった――。

　そんな日のような心の状態で、私は今、海に来ている。

　どこまでも続く海と空。
　それは澄んでいてただひたすらに青い。

　言葉にならないような美しさが荒んでいた私の心を少しず掃除してくれているような気がする。

　抱えていたもの、胸中を満たしていたもの、そこにあることが望ましくないものすべてが少しずつ薄れてゆくようで。

　ああ、世界は今日もこんなにも美しい。

　婚約破棄を告げられた翌日であっても、心が弱っている時であっても、それでもなお世界が色褪せることはないのだと知った。

　そして。

　――何度でもここへ来よう。

　そう思ったのだった。


　◆


　それから数日。

　私はその日も海を見に徒歩でやって来ていたのだが、偶然海辺に佇む青年から声をかけられる。

　最初こそ警戒してはいた。
　しかし彼は甘えたなように笑みを浮かべるので次第に親しげに話すようになっていった。

　心は徐々に解けていっていたのである。

　そうしてまた新たなる章が始まる。

　空も、海も、ここで出会った私たちの物語の始まりを祝うかのようにそっと見つめてくれていた。