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7話「フーシェの片腕と昔」
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「……着てみて」
フーシェが自分用ベッドの傍に置かれたカゴから襟付きシャツと布のズボンを出してきてくれた。
デザイン性は高くない衣服だが、今は着れるものがあればそれでいい。文句はない。
「いきなり着てしまって構わないの?」
「……ボナ様の命令だから」
「そうね。ありがとう、着てみるわ」
私は青いブローチのついた白色のワンピースを脱ぎ、襟付きシャツと布製のズボンを身につけてみる。
シャツは、白であることと長袖であること以外、特徴のないもの。
ズボンは、足首に達する丈であることしか、敢えて特徴とする要素がない。
「ど、どう……?」
これまでズボンを穿くことはあまりなかったから、布が足に吸い付くような感じに違和感を覚える。
「……意見を求めないで」
「あ、ごめんなさい。じゃあ他の方に聞いてみるわね」
「……そうすべきよ」
フーシェは相変わらず不愛想。
彼女が心を開いてくれる日なんて、訪れるのだろうか。
いや、もちろん、着るものを貸してくれたところは優しいと思うのだ。絶対に嫌なら、ウィクトルからの命令とはいえ、断ることはできたはずだから。
でも、いざこうして二人になると、フーシェはどこまでも冷ややか。
陽気なリベルテがいるから余計に思うのかもしれないが、フーシェはいつも冷たくて刺々しい。
「他の方のところへ行ってみるわ。貸してくれてありが——」
そこまで言って歩き出そうとした、刹那。
「待って!」
フーシェが突然大きめの声を発した。
いつも小さな声で話す彼女が大きめの声を出したことに驚き、私は立ち止まる。そして、振り返った。
「……これ」
次の瞬間には、彼女の声は普段通りの小さなものに戻っていた。
「あ」
彼女が伸ばした右の手のひらには、青い宝石のブローチが鎮座している。まるで「置いていかないで」と訴えかけているかのよう。
「ブローチね。教えてくれてありがとう、助かったわ」
ウィクトルから貰ったものだ、持っておいた方が良いだろう——そう思い、受け取ろうと手を伸ばす。そして、その最中に、指先がフーシェの手のひらに触れる。
「冷たっ……!」
半ば無意識のうちに発してしまっていた。
フーシェの手のひらは冷えた金属のような温度。人の手とはとても思えないような冷たさで。
そんなことを口から出すべきではなかった。それは分かっていて。でも言ってしまったのは、反射的な発言だったからだ。ただ、反射的に言ってしまった、ということが言い訳にならないのは理解している。
「……いちいち煩い」
「ご、ごめんなさい! 本当は言うつもりじゃ……!」
言い訳なんて見苦しい。
でも勝手に言い訳してしまう私がいる。
「……べつに。怒ってはいない」
フーシェはそんな風に言うけれど、その顔には不快感という名の色が豪快に滲んでいる。いや、もう「不快感しかない顔」と言っても言い過ぎではないほどだ。
「本当にごめんなさい」
「……手が冷たいのは事実」
「え?」
「……これは人のものではないわ」
発された言葉に戸惑い、私はフーシェを見つめる。
「……右腕は失われた」
暫し、私の中の時が止まる。
彼女の顔を見つめた状態のまま動けなくなって。
「え……えぇっ!?」
再び時が動き出した瞬間、品のない大声を出してしまった。
「そ、そんなことって!? あるの!?」
「……騒がないで」
「あ……でも、それなら、なおさらごめんなさい。私、まさか作り物の腕だなんて、思っていなくて……」
フーシェに鋭い言葉をかけられるのが怖くて、あたふたしてしまう。
何とか怒られまいと発する言葉は、まともなものが少ない。どころか、より一層失礼なことすら言ってしまっているような気もする。
「……もう何も言わなくていいわ」
「フーシェさん」
「……ボナ様に服を見せてきてはどう」
「あ……そ、そうね。そうするわ」
私はフーシェから受け取ったブローチを握り締め、逃げるようにその場を離れた。
「借りた服に着替えてみたわ。こんな感じでどうかしら」
フーシェのもとから逃げるように離れ、ウィクトルとリベルテの方へ行ってみた。
ウィクトルは片側の口角を僅かに持ち上げて「ほう」と意味深に呟く。
リベルテは瞳を輝かせながら「シンプルなお洋服が似合われますね!」と感想を述べてくれる。
「懐かしいな。それは私がフーシェに初めて買った服だ」
「そうだったの?」
そんな思い出の服を貸してくれたというのか。
だとしたら、やっぱり……フーシェは優しい?
「彼女は元々とある貧しい地区の反乱に参加する一般人だった。その反乱を平定するよう命を受けたのが私でな、彼女とはそこで出会った。思わず見惚れたよ、ボロ斧を手に一切躊躇わず突っ込んでくるスタイルには」
ボロ斧を手に一切躊躇わず突っ込んでくるスタイル……。
女性らしさには欠けるが、強そうだ。
「フーシェさんって、凄い方なのね」
「彼女のバトルスタイルは豪華だからな、初見の者は必ず驚く」
私はここへ来てからまだ一日も経っていない。知らないことばかりだ。この星、この国には、きっと私の知らない物事がたくさんあるはず。ウィクトルたちの人生だって、そのうちの一つだ。
「ところで、ワンピースはどうなったんだ?」
「え?」
「あの白のワンピースを明日用に作り直すとリベルテから聞いたが」
そうだった! 忘れていた!
「忘れてたわ。持ってくるから少し待っていて」
「急ぐことはございませんよ、ウタ様」
「ありがとう。でも、あそこに置いてあるから、すぐ持ってくるわ」
私は再び、パーテーションの向こう側——フーシェがいるところへ戻り、白いワンピースを受け取る。そして、リベルテのもとへ走っていって、ワンピースを渡した。
フーシェが自分用ベッドの傍に置かれたカゴから襟付きシャツと布のズボンを出してきてくれた。
デザイン性は高くない衣服だが、今は着れるものがあればそれでいい。文句はない。
「いきなり着てしまって構わないの?」
「……ボナ様の命令だから」
「そうね。ありがとう、着てみるわ」
私は青いブローチのついた白色のワンピースを脱ぎ、襟付きシャツと布製のズボンを身につけてみる。
シャツは、白であることと長袖であること以外、特徴のないもの。
ズボンは、足首に達する丈であることしか、敢えて特徴とする要素がない。
「ど、どう……?」
これまでズボンを穿くことはあまりなかったから、布が足に吸い付くような感じに違和感を覚える。
「……意見を求めないで」
「あ、ごめんなさい。じゃあ他の方に聞いてみるわね」
「……そうすべきよ」
フーシェは相変わらず不愛想。
彼女が心を開いてくれる日なんて、訪れるのだろうか。
いや、もちろん、着るものを貸してくれたところは優しいと思うのだ。絶対に嫌なら、ウィクトルからの命令とはいえ、断ることはできたはずだから。
でも、いざこうして二人になると、フーシェはどこまでも冷ややか。
陽気なリベルテがいるから余計に思うのかもしれないが、フーシェはいつも冷たくて刺々しい。
「他の方のところへ行ってみるわ。貸してくれてありが——」
そこまで言って歩き出そうとした、刹那。
「待って!」
フーシェが突然大きめの声を発した。
いつも小さな声で話す彼女が大きめの声を出したことに驚き、私は立ち止まる。そして、振り返った。
「……これ」
次の瞬間には、彼女の声は普段通りの小さなものに戻っていた。
「あ」
彼女が伸ばした右の手のひらには、青い宝石のブローチが鎮座している。まるで「置いていかないで」と訴えかけているかのよう。
「ブローチね。教えてくれてありがとう、助かったわ」
ウィクトルから貰ったものだ、持っておいた方が良いだろう——そう思い、受け取ろうと手を伸ばす。そして、その最中に、指先がフーシェの手のひらに触れる。
「冷たっ……!」
半ば無意識のうちに発してしまっていた。
フーシェの手のひらは冷えた金属のような温度。人の手とはとても思えないような冷たさで。
そんなことを口から出すべきではなかった。それは分かっていて。でも言ってしまったのは、反射的な発言だったからだ。ただ、反射的に言ってしまった、ということが言い訳にならないのは理解している。
「……いちいち煩い」
「ご、ごめんなさい! 本当は言うつもりじゃ……!」
言い訳なんて見苦しい。
でも勝手に言い訳してしまう私がいる。
「……べつに。怒ってはいない」
フーシェはそんな風に言うけれど、その顔には不快感という名の色が豪快に滲んでいる。いや、もう「不快感しかない顔」と言っても言い過ぎではないほどだ。
「本当にごめんなさい」
「……手が冷たいのは事実」
「え?」
「……これは人のものではないわ」
発された言葉に戸惑い、私はフーシェを見つめる。
「……右腕は失われた」
暫し、私の中の時が止まる。
彼女の顔を見つめた状態のまま動けなくなって。
「え……えぇっ!?」
再び時が動き出した瞬間、品のない大声を出してしまった。
「そ、そんなことって!? あるの!?」
「……騒がないで」
「あ……でも、それなら、なおさらごめんなさい。私、まさか作り物の腕だなんて、思っていなくて……」
フーシェに鋭い言葉をかけられるのが怖くて、あたふたしてしまう。
何とか怒られまいと発する言葉は、まともなものが少ない。どころか、より一層失礼なことすら言ってしまっているような気もする。
「……もう何も言わなくていいわ」
「フーシェさん」
「……ボナ様に服を見せてきてはどう」
「あ……そ、そうね。そうするわ」
私はフーシェから受け取ったブローチを握り締め、逃げるようにその場を離れた。
「借りた服に着替えてみたわ。こんな感じでどうかしら」
フーシェのもとから逃げるように離れ、ウィクトルとリベルテの方へ行ってみた。
ウィクトルは片側の口角を僅かに持ち上げて「ほう」と意味深に呟く。
リベルテは瞳を輝かせながら「シンプルなお洋服が似合われますね!」と感想を述べてくれる。
「懐かしいな。それは私がフーシェに初めて買った服だ」
「そうだったの?」
そんな思い出の服を貸してくれたというのか。
だとしたら、やっぱり……フーシェは優しい?
「彼女は元々とある貧しい地区の反乱に参加する一般人だった。その反乱を平定するよう命を受けたのが私でな、彼女とはそこで出会った。思わず見惚れたよ、ボロ斧を手に一切躊躇わず突っ込んでくるスタイルには」
ボロ斧を手に一切躊躇わず突っ込んでくるスタイル……。
女性らしさには欠けるが、強そうだ。
「フーシェさんって、凄い方なのね」
「彼女のバトルスタイルは豪華だからな、初見の者は必ず驚く」
私はここへ来てからまだ一日も経っていない。知らないことばかりだ。この星、この国には、きっと私の知らない物事がたくさんあるはず。ウィクトルたちの人生だって、そのうちの一つだ。
「ところで、ワンピースはどうなったんだ?」
「え?」
「あの白のワンピースを明日用に作り直すとリベルテから聞いたが」
そうだった! 忘れていた!
「忘れてたわ。持ってくるから少し待っていて」
「急ぐことはございませんよ、ウタ様」
「ありがとう。でも、あそこに置いてあるから、すぐ持ってくるわ」
私は再び、パーテーションの向こう側——フーシェがいるところへ戻り、白いワンピースを受け取る。そして、リベルテのもとへ走っていって、ワンピースを渡した。
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