奇跡の歌姫

四季

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17話「二人の入店」

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 私の服を買うべく、ウィクトルに先導されながら向かった先は、女性用の服が並んだ店だった。

 その店は二階建ての建物の一階にある。入り口はガラス扉になっていて、外からでも中の様子をある程度視認することができるようになっていた。中には、ハンガーにかかった服を展示するためのバーがあったり、丁寧に畳んだ服を置くための棚もある。そして、店内では、店員と思われる女性が二人ほど待機しているようだった。

 ウィクトルは一切躊躇いなく店内へ入っていく。
 私はその後を追う。

 規則的な足取りで進んできたウィクトルの姿を目にした女性店員は驚きと戸惑いが混じったような表情を浮かべている。一応「いらっしゃいませ」と発してはいるものの、その声は弱々しい。何が起こっているのか理解できていないようだ。

「失礼。少し良いだろうか」
「はっ、はひっ!?」

 店内に入り数秒辺りを見渡してから、ウィクトルは付近にいた店員に声をかける。
 突如声をかけられた店員は、引きつったような声を漏らしていた。

「す、すみません! 何かご用でしょうか?」

 数秒が経過して、やっと、店員は正気に戻ったようだった。

「彼女の服を」

 ウィクトルは片手で私を示す。すると店員は、私の方へ視線を注ぎつつ、「そちらの方に似合う服を紹介すればよろしいですか?」と確認した。それに対し、ウィクトルは一度小さく頷く。なんだかんだで話は何とか進んでいるようだ。

 ……良さげなものが見つかれば嬉しいのだが。


「ごめんなさいね、色々買ってもらってしまって」
「いや、君が気にすることではない。気に入るものがあったなら何よりだ」

 そこそこ時間はかかってしまったが、わりと気に入った服を見つけることができた。

 一着は、紺色をした薄め生地のトップス。襟ぐりはやや大きめ、七分袖で、着ていると心なしかひらりと揺れるような造形だ。体のラインがあまり出ないため、落ち着いた控えめな印象で、個人的には結構好みだった。
 そして、「それに合わせたら可愛い」と勧められて購入したのは、脛の真ん中まである長めのスカート。色は淡めの青で、こちらはトップスと違って比較的かっちりしたデザインだ。

 それらは綺麗に折り畳まれ、紙袋に入っている。
 ちなみに、おまけに貰った貝殻のブレスレットだけは、すぐに身につけてみた。

「袋は私が持つわ。持ってもらうなんて申し訳ないもの。貸して?」
「その必要はない」

 私の服が入った袋なのだから、私が持つべきだろう——そう考えて、私が持つと伝えてみたのだが、まったくもって理解してもらえない。最初は何とか説得しようと思っていたが、説得は次第に諦めるようになっていった。持つ持たないなどという小さなことで揉めたくない。だから、最終的に、私はこれ以上何も言わないことにした。


 宿舎へ戻るべく、足を進める。
 辺りはもう暗くなった。建物が多い地域を出ると、急激に暗さを実感する。道の脇の木々は時折吹く風に揺らされ、葉と葉をこすり合せたような音を立てる。その響きは妙に不気味で、背後から悪魔がにじり寄ってきているかのような錯覚を起こしてくる。

「……暗い、わね」
「どうした」
「何というか……この辺りは不気味ね。早く帰りたい」

 幸い、一人ではない。ウィクトルが同行してくれている。だから、もし何か起きたとしても、抵抗する術がないわけではない。彼なら私を見捨てたりはしないはずだ。

 そう理解してはいても。

 一度感じた不気味さを忘れることは簡単ではない。


 宿舎が見えてきた。もう百メートルもない。
 無事帰れそうだ——密かに安堵した、そんな時だった。

「やってやる!」

 攻撃的な言葉を発しながら、木の陰から一人の青年が現れた。
 地味な色の布切れをまとっている。格好から察するに、ウィクトルの部下ではなさそうだ。

「死ねいっ!!」

 青年の手には空のガラス瓶。
 彼はそれを投げてくる。

 私に向かって、というよりは、ウィクトルに向かって、という方向への投げ方だった。恐らく、青年の狙いは私ではない。ウィクトルだ。

 まずい、と一瞬焦る。
 だがウィクトルの反応は早い。

 ガラス瓶が投げられたのとほぼ同時に、ウィクトルは腰に差しているレイピアを抜いた。そして、抜いた勢いのまま、ガラス瓶を払い除け。その次の瞬間には、青年の喉元にレイピアの先を突きつけていた。

「何者か」

 ウィクトルの爬虫類のような双眸が、青年を睨む。

 青年は睨み返しながら黙っていた。細い剣の尖端を突きつけられても、それを恐れている様子はない。ただ、まだ敗北者の顔にはなっていないのが気になる。

 刹那、私は背後から掴みかかられた。

 薄暗い中ゆえはっきりとは見えないが、相手は男性だろう。女性にしては力が強い。この身を拘束しているのは片腕だけ。それなのにまったく動けない。

「この女がどうなってもいいのかァ! はははァ!」

 声で確定した、やはり男だ。
 しかし、それにしても凄まじい腕力である。身をよじって逃れようと僅かな抵抗をしてみるものの、私一人では何もできない。この状態から自力で脱出するなど、夢のまた夢だ。

「ウタくん!」

 その時、ウィクトルの表情が微かに揺らいだ。

「女に意識を向けるべきだったな! 成り上がりの軍人さんよォ!」
「その手を離せ」
「まさか! ムリムリ!」

 調子に乗ったような口調で言いつつ、男は私の喉元にナイフを当ててくる。
 顎の下に冷たい刃物の感触。

 ……嫌な冷たさだ。

「まずは武器を捨てろよなァ! 話はそれからだァ!」

 私の体を拘束し満足している男性は、楽しげな表情でそんなことを言い放つ。
 ウィクトルは暫し無言だったが、やがて、未練など欠片もないような顔でレイピアを地面に捨てた。続けて、紙袋も手から離す。

「これで問題ないだろう」
「だなァ! じゃ、次。それを飲め!」

 最初に瓶を投げてきた青年が、縦長の小さな容器を差し出す。

「……液体だと」
「ま! 隠すこともねぇから言っておくがよ、それは一種の毒だ。死ぬことはねぇが、飲めば十日は高熱に苦しむだろうよォ!」

 ウィクトルは容器を受け取ったまま怪訝な顔をしている。

「飲めよ。そしたら、この娘は離してやる。ま、今度はお前が倒れるだろうがなァ」
「…………」
「まぁ飲めねぇか。気に入って連れ歩いていても所詮地球人だもんなァ! 身を痛めてまで護る価値はねぇわなァ!」

 その時、ウィクトルの目つきが変わるのを私は見た。
 男性は煽ることに夢中で気がついていないようだが。

「……良いだろう」

 直後、ウィクトルは容器の中の液体を一気に飲み干した。

 男性は動揺。その顔面に、ウィクトルが投げつけた空の容器が命中する。目と鼻の間に容器を当てられたことで、男性はより一層心を乱す。

 ウィクトルはあっという間にこちらへ接近。

 私を捕らえている男性が慌てているうちに、その手からナイフを奪い取る。
 そして、彼は一切躊躇せず、男性の腹にナイフを突き立てた。刺された男性は「ぎゃァ!」と悲鳴を放つ。

「逃げるぞ、ウタくん」
「え、えぇ……」

 腹を刺された男性はすぐには動けないだろう。
 解放された私を連れ、ウィクトルはレイピアを回収。最初に瓶を投げてきた青年をレイピアで軽く薙ぎ払うと、紙袋の取っ手を掴んで走り出す。

「全力で走れ」
「もちろん! 走るわ!」

 撤退を選んだのは賢かったかもしれない。
 宿舎はもうすぐそこだ。
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