奇跡の歌姫

四季

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18話「フーシェの疑い」

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 不審者たちを振り払い、私とウィクトルは何とか宿舎にたどり着くことができた。
 何が目的か知らないが危険そうな人たちだった。ただ、危険そうな人たちとはいえ、さすがに宿舎内に入ってくることはできないだろう。そんなことをすれば、すぐ捕まる。

「ここまで来れば……安全だろう」
「そうね。ありがとう、助けてくれて」
「礼はいい」

 ウィクトルはあっさりした声色でそう言うと、購入したての服が入った紙袋を差し出してくる。私がすぐに反応できないでいると、「これを」と言葉を付け加えてきた。その時になってようやく私は紙袋を受け取った。紙袋が私の手に渡ると、ウィクトルはすぐさま歩き出す。私は慌てて彼を追いかけた。

「あの変な液体、一体何だったの? 飲んで大丈夫だったの?」
「どうだろうな。……知らない味がした」

 彼がまだ動けているということは、即死するような毒ではなかったということだ。ただ、時間が経ってようやく効果が出てくる毒というのも存在するだろうから、心配であることに変わりはない。私のせいで彼が倒れたりしたら、申し訳なさすぎる。


 その後、ウィクトルは近くにいた部下に事情を説明し、男性たちを捕獲するよう命令を出した。不審者捕獲を命ぜられた部下は、夜間ながら、文句も言わずすぐに動き出す。

「これでじきにやつらは捕らえられるはずだ」
「良かった……」

 外出する度にいちいちあんな目に遭うとなると、リスクが大きくて、まともに出歩けない。

「そうだ。ウタくん、怪我はなかったか?」
「えぇ、大丈夫。貴方が助けてくれたおかげよ」
「なら良かっ——」

 そこまで言った時、ウィクトルの双眸から力が抜けるのが感じられた。
 直後、彼はそのまま倒れ込んでくる。

「ウィクトル!?」

 紙袋を咄嗟に床へ落とすと、彼が地面まで倒れないよう両腕で支える。
 両腕を使っていても重い。脱力しているせいか。

「どうしたの!? もしかして、あの変な液体のせい!?」

 心なしかいつもより頬が赤らんでいるような気がする。紅潮するような場面ではないはずなのに不自然だ、と思い、私は片手の指を彼の頬へ当ててみた。すると、指先から熱が伝わってくる。

 発熱しているのか。それはやはり、飲まされた毒の効果? でも、つい数十秒ほど前までは異変はなかった。普通の彼だった。急激に効いてきたということ? あるいは、飲まされたあの液体は無関係で、単に彼が体調不良になっただけ?

 色々考えてはみるけれど、正しい答えを導き出すことは簡単でない。

「そう……かもしれないな」
「やっぱりそうなのね!?」
「私にもよく分からないが……」

 顔は日頃よりも赤く染まりきっているというのに、表情は暗く、目は虚ろ。ただの体調不良か変なものを飲まされた影響かはっきりしないが、今はそんなことはどうでもいい。取り敢えず休ませなくては。

「だとしたら私のせいね。ごめんなさいウィクトル」
「……君は悪くない」
「ありがとう。……すぐに休めるところへ連れていくわ。いつもの部屋まで運ぶから、じっとしていて」

 もしウィクトルが母親を殺した相手だとしたら、私は彼を救うべきではないのかもしれない。ふとそんなことを考えて。でもそれは違うのだと、胸の奥で感じる。母親は優しい心の持ち主だった、娘が復讐の鬼と化すことなど望まないはずだ。


 脱力したウィクトルを、私は、引きずるようにして部屋まで運んだ。
 扉を開けると、一人佇んでいたフーシェが驚いた顔で駆けてくる。

「……何があったの」

 フーシェの瞳が捉えているのはウィクトル。

「良かった! フーシェさんが戻っていらっしゃって!」
「……ボナ様に何をしたの」

 安堵したのも束の間。
 フーシェに罪人を見るような目で見られ、全身に緊張が走る。

「服を買うために出掛けていたの。その帰り道、変な人に襲われて……」

 私は、何があってこんなことになったのかを、丁寧に説明した。誤解されては困る。だからこそ、包み隠さずすべてを打ち明けた。

「……そう。分かったわ」
「分かってくれてありがとう! フーシェさん! とにかく休ませなくちゃいけないわ」
「……まずはベッドに寝かせて、それから検査」
「そうね! 私も手伝うわ!」

 フーシェはひとまず理解してくれたようだ、私に罪はないということを。
 分かってもらえて良かった。


 ウィクトルをベッドに寝かせて数分が経った時、状況を報告するべく一人の男性がやって来た。ウィクトルが寝ている横で話をするのは騒がしくなって良くないと考えたのか、フーシェと男性は部屋から出ていった。私一人だけがウィクトルの傍に残る。

「無理させてごめんなさい、ウィクトル……」

 私は彼の手をそっと握る。

「早く元気になって……」

 夜はどこまでも続く。
 この夜は、あまりに長すぎる。

 彼に聞きたいことはたくさんあるけれど——今はただ、元気になってほしいという思いだけが、胸の内を満たしている。


 あれからどのくらいが経ったのか、それははっきり分からないが、フーシェと先ほど報告に来ていた男性が二人揃って戻ってきた。

 フーシェはともかく、なぜ男性の方まで?
 不思議に思っていたら、無表情なフーシェが淡々とした足取りで迫ってきた。

「あ、お帰りなさい! フーシェさ——」

 刹那、乾いた音が室内に響く。
 フーシェの手のひらに頬を叩かれていたのだった。

「裏切り者」

 何の前触れもなく叩かれたというだけでも驚きなのに、冷ややかな言葉までかけられ、私はまともな文章を返せない。

「え……、え……?」
「捕らえられた男たちは地球人だった。ウタ、嘘をついたの」

 ……地球人? 彼らが?

「地球人と協力して一体何をするつもりだったの」

 フーシェの瞳に優しさはない。
 今の彼女は私を敵と認識している。

「ま、待って……違うわ。私は何も知らない……」

 声が震えるのは、敵意を剥き出しにしてくるフーシェが怖いから。

「……ボナ様を殺す気でいたの」
「まさか! そんなわけないじゃない!」
「……平定で皆がいなかった間、本棚を漁っているようだったとの報告も受けた」

 見られていた。
 でも、手帳のことまでは知られていないはず。

「えぇ。けど邪な理由はないわ。本棚を触ったのは、キエルの言葉を少しは勉強しようと思ったからよ」

 嘘ではない。最初本棚に手をかけたのは気まぐれだったし、オルダレスについてぐらいしか調べる気はなかった。その中で偶々手帳を見つけてしまっただけで。
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