20 / 209
19話「リベルテの急な帰還」
しおりを挟む
「……連れていって」
私に敵意ある視線を向けていたフーシェは、控えていた男性にそう命じる。
すると、男性は顔色を変えることなくこちらへ歩いてきて、私の腕を強く掴んだ。
「何する気……!?」
「すみません。命令ですので」
問いには答えてくれない。彼は素早く手錠を取り出すと、私の両手首にそれを装着する。これでは、もはや私は罪人ではないか。
「しばらく牢屋へ入っていていただきます」
「ちょ……何よそれ!? 私が罪人だっていうの!?」
私は思わず取り乱し、らしくない大声を発してしまった。だが男性は、それにすら返事をすることはなかった。私の顔を見ようとすらしない。
滅茶苦茶だ、こんなのは。
襲撃者が地球人だっただけで、私も彼らの仲間だという扱いを受けるのか。そんなことあり得ないのに。
「止めて! お願い、話を聞いて!」
何の罪も犯していないのに牢に入れられるなんてごめんだ。そう思い、私は懸命に身の潔白を訴える。でもその声は宙に響いて消えるだけ。言葉を聞き入れてもらえないことが、こんなにも虚しいなんて。
夜が深まる中、私は宿舎近くの塔に閉じ込められた。
ここは専用の牢屋ではない。昔から建っていた塔を買い取り、罪人を一時的に閉じ込めておくための簡易的な牢として使っているようだ。
円形の部屋は狭く、物は何もない。周囲の壁は天まで届きそうなくらい高く、窓も一切なくて、そのためとても閉鎖的な印象を与えてくる。ただの個室とはわけが違う。
出入り口の部分だけが格子になっている。
外界との唯一の繋がりは、その隙間だけ。
けれども、そこから自力で脱出するというのは、さすがに無理がある。人間の厚みでは、どうやっても抜け出せないだろう。
暗闇は不気味で恐ろしい。でも、私の胸に蔓延っているのは、恐怖心ではなく悔しさ。そしてその悔しさは、今にも理不尽への憎しみへと変わろうとしている。
憎しみなど、抱いても何の意味もない。
理解しているはずなのに。
塔に閉じ込められて、長い時間が経った。
光のほとんどない場所にいるからよく眠れそうなものだが、暗すぎても眠りづらいというものなのか、なかなか眠りに落ちることができない。
ウィクトルは生きているだろうか?
苦しんでいないだろうか?
脳内によぎるのは、よりによって彼のことばかり。
彼のことばかりが思い出されて、寝付けず、困っていたそんな時——足音が聞こえてきた。
足音は近づいてきている。見張りだろうか。でも、見張りを務めるような大人の男性にしては、軽やかな足音だ。私は出入り口である格子の付近まで寄り、足音の主を見つけようとする。だが、暗い中で細い隙間から外の様子を視認するのは、簡単なことではなかった。何も見えない。
だが、諦めかけた次の瞬間。
ぼんやり光を放つ何かが視界に入った。
「誰!?」
思わず叫んでしまう。
すぐに口を手で押さえたが、もう遅い。
光を放つ何かは、私がいる方に向かって、ゆっくりと進んでくる。
「ウタ様……!?」
その声を聞いた時、私はその人物が何者であるかに気づいた。
「リベルテ!」
「ウタ様! こちらにいらっしゃったのでございますね!」
格子の扉に駆け寄ってきてくれたのはリベルテだった。その手には小さなランプ。暗闇の中で光って見えていたのは、どうやら、彼が持つランプだったらしい。
「主がお体を壊されたと聞き、戻って参りました。そしてフーシェから聞いたのです、ウタ様が塔にいらっしゃるということを。それで、覗きに参りました」
フーシェはもちろんだが、リベルテもウィクトルに対してかなりの忠誠心を抱いているようだった。それゆえ、リベルテからも敵意剥き出しの視線を向けられることになるかと不安だったが、今のところそれは避けられている。リベルテは、まだ、私を敵とは捉えていないようだ。
「主を傷つけられたから仕返ししに来たの……?」
「な! 何を仰いますか!」
ランプの小さな光すら、今はこんなに愛おしい。
「リベルテは勘違いだろうと考えております。ウタ様が主に酷いことをなさるとは思えないからでございます」
「ありがとう」
そう言ってもらえるだけで幸せ。
「……本当のことを仰って下さい、ウタ様。貴女は何もしていないのでしょう? リベルテには分かります」
心にこびりつき始めていた憎しみの欠片が、彼の言葉で一気に砕け散る。彼は私の無罪を信じてくれている。そのことがただ嬉しかった。
「私が……彼を巻き込んでしまったことは事実だわ。私が弱くて人質にされたから、彼は毒を飲まされた……。でも、襲ってきた人たちのことなんて知らない。私だって、あんなところで襲われるって想像していなかったの……」
話していたら、涙がこぼれた。
塔に閉じ込められたことが辛かったからか、聞いてもらえたことが嬉しかったからか、理由は自分でも分からないけれど。
「主はこのようなことを望んではいらっしゃらないはず。ならばリベルテも望みません。大丈夫、ウタ様が罪なきお方であることは必ず証明されるはずでございます。もちろん、ウタ様を解放するべく、リベルテも尽力致します」
いつ以来だろうか、こんなに涙を流したのは。
ここへ来るまで、苦しみも悲しみもあった。けれども、それらは私の心を大きく揺らしはしなかった。でも、今回理不尽の中で生まれた悔しさだけは、私の心をこれでもかというほど掻き乱した。憎しみなど無意味と理解している者にすら憎しみを植え付けるほどの悔しさがあったのだ。
「な、なぜ泣かれるので!?」
「……ごめんなさい、涙が止まらなくて」
「いえ、もちろん、責めるつもりはございませんが……!」
「……貴方が味方してくれて良かった」
それでも今は、救いがあったことに感謝せねばならない。
私がウィクトルを傷つけたのではないと信じてくれる人がいてくれた、そのことに、礼を言わねばならないだろう。
私に敵意ある視線を向けていたフーシェは、控えていた男性にそう命じる。
すると、男性は顔色を変えることなくこちらへ歩いてきて、私の腕を強く掴んだ。
「何する気……!?」
「すみません。命令ですので」
問いには答えてくれない。彼は素早く手錠を取り出すと、私の両手首にそれを装着する。これでは、もはや私は罪人ではないか。
「しばらく牢屋へ入っていていただきます」
「ちょ……何よそれ!? 私が罪人だっていうの!?」
私は思わず取り乱し、らしくない大声を発してしまった。だが男性は、それにすら返事をすることはなかった。私の顔を見ようとすらしない。
滅茶苦茶だ、こんなのは。
襲撃者が地球人だっただけで、私も彼らの仲間だという扱いを受けるのか。そんなことあり得ないのに。
「止めて! お願い、話を聞いて!」
何の罪も犯していないのに牢に入れられるなんてごめんだ。そう思い、私は懸命に身の潔白を訴える。でもその声は宙に響いて消えるだけ。言葉を聞き入れてもらえないことが、こんなにも虚しいなんて。
夜が深まる中、私は宿舎近くの塔に閉じ込められた。
ここは専用の牢屋ではない。昔から建っていた塔を買い取り、罪人を一時的に閉じ込めておくための簡易的な牢として使っているようだ。
円形の部屋は狭く、物は何もない。周囲の壁は天まで届きそうなくらい高く、窓も一切なくて、そのためとても閉鎖的な印象を与えてくる。ただの個室とはわけが違う。
出入り口の部分だけが格子になっている。
外界との唯一の繋がりは、その隙間だけ。
けれども、そこから自力で脱出するというのは、さすがに無理がある。人間の厚みでは、どうやっても抜け出せないだろう。
暗闇は不気味で恐ろしい。でも、私の胸に蔓延っているのは、恐怖心ではなく悔しさ。そしてその悔しさは、今にも理不尽への憎しみへと変わろうとしている。
憎しみなど、抱いても何の意味もない。
理解しているはずなのに。
塔に閉じ込められて、長い時間が経った。
光のほとんどない場所にいるからよく眠れそうなものだが、暗すぎても眠りづらいというものなのか、なかなか眠りに落ちることができない。
ウィクトルは生きているだろうか?
苦しんでいないだろうか?
脳内によぎるのは、よりによって彼のことばかり。
彼のことばかりが思い出されて、寝付けず、困っていたそんな時——足音が聞こえてきた。
足音は近づいてきている。見張りだろうか。でも、見張りを務めるような大人の男性にしては、軽やかな足音だ。私は出入り口である格子の付近まで寄り、足音の主を見つけようとする。だが、暗い中で細い隙間から外の様子を視認するのは、簡単なことではなかった。何も見えない。
だが、諦めかけた次の瞬間。
ぼんやり光を放つ何かが視界に入った。
「誰!?」
思わず叫んでしまう。
すぐに口を手で押さえたが、もう遅い。
光を放つ何かは、私がいる方に向かって、ゆっくりと進んでくる。
「ウタ様……!?」
その声を聞いた時、私はその人物が何者であるかに気づいた。
「リベルテ!」
「ウタ様! こちらにいらっしゃったのでございますね!」
格子の扉に駆け寄ってきてくれたのはリベルテだった。その手には小さなランプ。暗闇の中で光って見えていたのは、どうやら、彼が持つランプだったらしい。
「主がお体を壊されたと聞き、戻って参りました。そしてフーシェから聞いたのです、ウタ様が塔にいらっしゃるということを。それで、覗きに参りました」
フーシェはもちろんだが、リベルテもウィクトルに対してかなりの忠誠心を抱いているようだった。それゆえ、リベルテからも敵意剥き出しの視線を向けられることになるかと不安だったが、今のところそれは避けられている。リベルテは、まだ、私を敵とは捉えていないようだ。
「主を傷つけられたから仕返ししに来たの……?」
「な! 何を仰いますか!」
ランプの小さな光すら、今はこんなに愛おしい。
「リベルテは勘違いだろうと考えております。ウタ様が主に酷いことをなさるとは思えないからでございます」
「ありがとう」
そう言ってもらえるだけで幸せ。
「……本当のことを仰って下さい、ウタ様。貴女は何もしていないのでしょう? リベルテには分かります」
心にこびりつき始めていた憎しみの欠片が、彼の言葉で一気に砕け散る。彼は私の無罪を信じてくれている。そのことがただ嬉しかった。
「私が……彼を巻き込んでしまったことは事実だわ。私が弱くて人質にされたから、彼は毒を飲まされた……。でも、襲ってきた人たちのことなんて知らない。私だって、あんなところで襲われるって想像していなかったの……」
話していたら、涙がこぼれた。
塔に閉じ込められたことが辛かったからか、聞いてもらえたことが嬉しかったからか、理由は自分でも分からないけれど。
「主はこのようなことを望んではいらっしゃらないはず。ならばリベルテも望みません。大丈夫、ウタ様が罪なきお方であることは必ず証明されるはずでございます。もちろん、ウタ様を解放するべく、リベルテも尽力致します」
いつ以来だろうか、こんなに涙を流したのは。
ここへ来るまで、苦しみも悲しみもあった。けれども、それらは私の心を大きく揺らしはしなかった。でも、今回理不尽の中で生まれた悔しさだけは、私の心をこれでもかというほど掻き乱した。憎しみなど無意味と理解している者にすら憎しみを植え付けるほどの悔しさがあったのだ。
「な、なぜ泣かれるので!?」
「……ごめんなさい、涙が止まらなくて」
「いえ、もちろん、責めるつもりはございませんが……!」
「……貴方が味方してくれて良かった」
それでも今は、救いがあったことに感謝せねばならない。
私がウィクトルを傷つけたのではないと信じてくれる人がいてくれた、そのことに、礼を言わねばならないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる