奇跡の歌姫

四季

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22話「ウィクトルの告白」

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「ウタくん、これを知っているか?」

 リベルテからの調査報告が終わり、彼が部屋から出ていくと、室内には二人きりになった。
 ちょうどそのタイミングで、何の前触れもなくウィクトルが問いを放ってくる。

 戸惑いつつ彼の方へ視線を向けると、その手に、黒い革製のカバーがついた手帳が握られているのが見えた。

 それは、確かに、私の母親とウィクトルの関わりについて書かれていた手帳。本棚の中にあったはずなのに、なぜか今は彼の手元に。状況が飲み込めない。

 ただ、動揺を顔に出してはならない。
 手帳を見たことがバレてしまう。

「それは……?」
「私の昔の手帳だ。なぜか本棚にしまってあったものなのだが、ウタくんが本棚を触った時には見かけなかったか」

 私が本棚を触ったことまではウィクトルも知っているのだ、それは隠さなくていい。

「そうね。あまり記憶がないわ。辞書と地図帳は開いてみたけれど……って、それも問題ね。あの時は勝手なことをしてごめんなさい」

 無断で本棚の中身に触れたことを謝っておく。
 それ自体には「問題だったかもしれないな」と思っているから。

「いや、それは気にしなくていい」
「許してくれてありがとう」
「一人放置され退屈だっただろう、こちらこそ配慮不足ですまなかった」

 ところで、と、話を戻す。

「君はこの中身をまだ見ていないのだな」
「えぇ。……キエルの文字は読めないもの」

 すると、ウィクトルはふっと笑みをこぼした。

「キエル文字で書かれているとなぜ知っている?」

 心臓が大きく拍動する。私は一瞬焦った、何かうっかりをやらかしてしまったか、と。だが、よくよく考えてみれば、私は怪しいことなど何も言ってしまってはいない。ウィクトルの手帳にキエル文字で書かれていると想像するのは、普通のこと。これは多分、揺さぶりにきているだけだ。冷静に対処すれば何の問題もない。

「なぜ、って……どうして? キエルの人の手帳ならキエルの文字で書かれているはずでしょう」
「……そうだな。不要な質問だった、許してくれ」

 前置きが長くなかなか本題に入っていかないのがもどかしくて、私はつい急かすようなことを述べてしまう。

「いえ。それで、ウィクトルは何の話をしようとしているの?」

 話を早く進めようとすることに違和感を覚えられたりしたら危険だ。でも、このまま腹の探り合いのようなことが長時間続くのも苦痛。だから、さりげなく話が進むように、努力してみる。

「君に打ち明けたいことがある」

 そう来るか。
 彼は自ら打ち明けるつもりなのか。

「……それは一体?」

 デリケートな話になるなら、なおさら、警戒しつつ話す必要がある。
 相手の意図を掴みつつ言葉を交わさなくては。

「単刀直入に言おう。君の母親を殺したのは、私だ」
「そ……そうなの……?」

 既に知っていたことを打ち明けられるというのは不思議な感覚だ。
 本当に衝撃の事実を突きつけられた時のような反応はできない。

「ほう、案外冷静だな。もう少し驚くかと思ったが」

 分かる、彼に見られているのが。
 琥珀のような双眸は、今、確かに私だけを捉えている。

 表情は人の心を映し出す鏡。意図して感情を隠そうとしても、顔を見られたらかなり隠せないもの。だからこそ、今は彼に見られるのが怖い。彼ならすべてを見抜きそうだから、特に。

「……人は大切な者の仇を前にした時、大概、まともではいられないものだ」

 そうね、それは当然だわ。私だって、日常の中で出会っていたら、彼を親の仇としてしか見ることはできなかったと思うもの。

 思い出がなければ良かったの。
 良いところを知らないままでいれば良かったの。

 そうすれば、私もきっと皆のように、ウィクトルを憎むべき敵として見られたはず。

「復讐しようと思わないのか、親の仇が目の前にいるというのに」
「えぇ。そんなの無駄な暴力でしかないもの。……ウィクトルを憎んでも母さんの命は戻らないわ」

 発熱で弱りきったウィクトルに復讐するなんて、特に意味がないと思うが。

「復讐は人を変える。どんな穏やかな人間も、憎しみに囚われた瞬間化け物になる。そこに元の人間はいない。私は見てきた、そういう輩を」

 ウィクトルは手帳を枕の横に置く。

「真実を知れば君もそうなるだろうと思っていた」
「……復讐の鬼になるだろう、って?」
「そういうことだ。だが違ったな、君は。落ち着いている」

 彼は淡々とした調子で述べるけれど、その表情はどことなく悲しげで。
 真実を知っても私は復讐者にはならなかった。なのに、なぜ、悲しそうな顔をするのだろう。私が復讐者にならなかったことは、彼にとって望ましい結果だったのではないのか。

「君はそこまですべてを諦めていたのか。あるいは……彼女の娘だからか」
「母のことを知って?」
「そうだ。私は知っている、君の母親を」

 それを皮切りに、ウィクトルは話し始めた。
 私の母親と初めて出会った時のことを。

 時は十年以上前に遡る。ウィクトルが初めて地球に来たのは、彼がまだ幼かった頃だという。前々から地球をよく訪れていた父親と一緒に、地球へやって来たらしい。そして、地球に滞在していたある夜、街中でうっかり父親とはぐれてしまったウィクトルは、途方にくれて歩き続けていた。

「そんな時、出会った。美しい女性に」
「それが母だったのね……?」

 ウィクトルは静かに一度だけ頷くと、数秒空けて、また口を開く。

「彼女は、初対面であるにもかかわらず、私の身を心配してくれた。言葉は通じなかったが、それでも、共に父親を探すことをしてくれた。父親を見つけることは簡単ではなく、かなり難航してな。幼い私が挫けかけていると、持っていたブローチを渡して心を和らげてくれた」

 見ず知らずの男の子と一緒に親探し、か。
 あの母親ならやりそうだ。彼女は意外とお節介なところがあるから。

「それで、お父さんは見つかったの?」
「あぁ。時間はかかったが見つかった。父親の方も私を探し回っていたようでな、運良く巡り会うことができた」

 遠い星で親とはぐれて一人になるなんて、想像するだけでも恐ろしい。
 それも、幼い頃だったらなおさら。
 きっと、小さなウィクトルは不安だっただろう。そして、ウィクトルの父親も、必死でウィクトルを探していたことだろう。

「その時に思い出として撮った写真があってな、それがここに入っている」

 ウィクトルは再び手帳を手に取ると、それを開き、一ページを見せてきた。

「この女性が私を救ってくれた女性だ。これは君の母親……間違いないだろう?」
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