25 / 209
24話「イヴァンの任務もどき」
しおりを挟む
いつもより丁寧にハーフアップを仕上げ、先日買ったばかりの上下を着て、出発までの時間を潰す。身支度はほとんど済んだが、宿舎を出るまで予定時刻までは、まだ三十分ほどある。私は鏡の前に立って、おかしなところがないか確認したり、固い表情にならないよう意識したりした。
「本日もお綺麗でございますね、ウタ様」
「な、何を言っているの? いきなり」
ウィクトルと共に出掛けた先で買った紺色のトップス。実際に着るのは今日が初めてだ。生地が薄いからか妙に風通しが良く、どことなく寒さを覚えるような気すらする。
「思ったことを述べたまでです。そのお召し物、よくお似合いでございますよ」
「ありがとう」
「そのお召し物ですと、主もきっとウタ様にメロメロでございますね!」
いや、ちょっと待って。
突然何の話を始めるのか。話が飛び過ぎだ。
リベルテの言葉にはいつも励まされる。が、今回はただ励まされるだけではなかった。いきなりメロメロなどと言われたことで、大きな戸惑いが生まれた。もっとも、それほど重大なことではないけれど。
「速やかに訪れることができず、失礼致しました」
紺色のトップスに淡い青のスカート、胸元にはウィクトルから貰った青いブローチ。
高い身分の人と顔を合わせる際にするような服装ではない。本当にこれで良かったのだろうか。
「襲撃からの体調不良であったと聞いた。いろんな意味で、ご苦労じゃったな」
「お気遣い感謝します」
イヴァンの顔からは感情が読み取れない。ただ、不機嫌な顔をしているということはなさそうだ。そんなイヴァンに気遣いの言葉をかけられたウィクトルは、落ち着いた表情で会釈していた。
「では早速、本題に入ろうと思う」
「はい」
「用があるのは、そちらの娘だ」
イヴァンの視線が向いていたのは、ウィクトルではなく私。
「は、はいっ……!?」
不意打ちに対応しきれず、語尾が上向きに上がるような返事の仕方になってしまった。これは恥ずかしい。が、本当に問題なのは発音ではないかもしれない。
というのも、そもそもイヴァンが地球の言葉を理解できるのかどうかか不明なのだ。
彼も自動翻訳機を身につけているなら、私が普通に地球の言語で話しても問題はないだろう。しかし、もし自動翻訳機をつけていないのだとしたら、私が普段通り話しても伝わらないということになる。
そんなことを考え、もやもやしていると。
「地球の言語で話すといい」
私の中のもやもやを晴らす言葉を、イヴァンは言ってくれた。
「ほ、本当ですか!?」
「翻訳機があるからな、問題ないのじゃ」
「良かった……! ありがとうございます!」
これで普通に話して良いことが判明した。
緊張はするが、言葉が通じるなら何とかなりそう。
「名は確か、ウタと言ったな?」
覚えていながら一応確認してくる辺り、独特の感性な気がする。
そんなことを思いつつ、私は頷いた。
「では、ウタよ。キエル皇帝として、お主に頼みたいことがある」
「はい……何でしょうか」
これまで十数年生きてきたけれど、ほとんど村暮らしだったから、偉い人と話す機会なんてなかった。厳かな空気の中に入る経験なんてなくて。だから、こういった面会にはどうも慣れない。これで良いのだろうか、と考えてしまって。でも、思考しても答えは分からなくて。何とも言えない心境に陥ってしまう。
「帝国軍の者たちを励ますべく、各地を回ってきてほしい」
イヴァンの口から発された言葉。それは、私が欠片も想像しなかったものだった。
「この国はいくつもの部隊を抱えている。そして、その者たちは日々、様々な任務の遂行に明け暮れているのじゃ。お主の歌で、彼らを励ましてやってほしい」
最前線の兵たちのところへ行き、芸の披露によって士気を高めた女性——そんな人物も、聞いたことがないではない。実際に目にしたことはないが、地球にいた頃、話を聞いたことはある。ただ、それはあくまで伝説のような話であって。
……それを私にやれと言うの?
「もちろん、一人で行けとは言わぬ。ウィクトルを連れて行くがいい」
「え……!」
「女一人ではさすがに不安だろうからな」
確かに不安だ。むしろ不安しかない。だから、ウィクトルが同行してくれるというなら、それはとてもありがたいことではあるのだが。
「お、お気遣いはありがたいです。しかし、それでは、ウィクトルたちの仕事を代わりに誰かがすることになってしまうのでは……?」
いきなり呑気に「はい! そうしまーす!」なんて言うわけにはいかないので、私は一応確認してみておいた。
しかし、イヴァンは「問題ない」と言うだけ。
さらに付け加えてくる。
「もしや、同行するのがウィクトルでは心配か? まぁ、そうじゃな。ウィクトルも男、何しでかすか分からんと言えばその通りじゃ」
さすがにその言い方は酷くないだろうか……。
今のイヴァンの発言は、ウィクトルのことを『呆れるほど欲望に忠実な男』と言っているようなものだ。
「私は余計なことはしません」
「おぉ。即答じゃな。良いことじゃ」
それまでは黙って私とイヴァンの会話を聞いていたウィクトルが、このタイミングですかさず口を挟んだのが、少し意外だったりした。
「とにかく、この国のため生きる我が軍の者たちのために、協力してほしいのじゃ。頼んだぞ、ウタ」
きっとこちらに拒否権はないのだろう。
それならば、返事の仕方は一つしかない。
「はい。できる限りやってみます」
喜んで、は極端過ぎてわざとらしい。
しかし、嫌だとは言えない。
だから私は、曖昧な表現を使うことを選択したのだ。
イヴァンとの面会を終え、部屋から出た私とウィクトルを迎えてくれたのは、リベルテだった。
「終了なさったのですね!」
元々大人びては見えないリベルテだが、ポシェットを下げ瞳を輝かせるその様は、彼を余計に幼く見せる。
「あぁ、終わった」
「用事は一体何だったのでございますか!?」
「ウタくんへの頼みだった」
ウィクトルが淡々と問いに答えた瞬間、リベルテは目を大きく開いた。
「ええっ! ウタ様への、でございますか!?」
リベルテの反応は大袈裟。周囲から視線を浴びるほどのものだ。
しかし、彼の反応がどう考えてもおかしいというわけではない。
イヴァンが私へ任務もどきを与えてくることなんて、誰も想像してみなかっただろうから。
「本日もお綺麗でございますね、ウタ様」
「な、何を言っているの? いきなり」
ウィクトルと共に出掛けた先で買った紺色のトップス。実際に着るのは今日が初めてだ。生地が薄いからか妙に風通しが良く、どことなく寒さを覚えるような気すらする。
「思ったことを述べたまでです。そのお召し物、よくお似合いでございますよ」
「ありがとう」
「そのお召し物ですと、主もきっとウタ様にメロメロでございますね!」
いや、ちょっと待って。
突然何の話を始めるのか。話が飛び過ぎだ。
リベルテの言葉にはいつも励まされる。が、今回はただ励まされるだけではなかった。いきなりメロメロなどと言われたことで、大きな戸惑いが生まれた。もっとも、それほど重大なことではないけれど。
「速やかに訪れることができず、失礼致しました」
紺色のトップスに淡い青のスカート、胸元にはウィクトルから貰った青いブローチ。
高い身分の人と顔を合わせる際にするような服装ではない。本当にこれで良かったのだろうか。
「襲撃からの体調不良であったと聞いた。いろんな意味で、ご苦労じゃったな」
「お気遣い感謝します」
イヴァンの顔からは感情が読み取れない。ただ、不機嫌な顔をしているということはなさそうだ。そんなイヴァンに気遣いの言葉をかけられたウィクトルは、落ち着いた表情で会釈していた。
「では早速、本題に入ろうと思う」
「はい」
「用があるのは、そちらの娘だ」
イヴァンの視線が向いていたのは、ウィクトルではなく私。
「は、はいっ……!?」
不意打ちに対応しきれず、語尾が上向きに上がるような返事の仕方になってしまった。これは恥ずかしい。が、本当に問題なのは発音ではないかもしれない。
というのも、そもそもイヴァンが地球の言葉を理解できるのかどうかか不明なのだ。
彼も自動翻訳機を身につけているなら、私が普通に地球の言語で話しても問題はないだろう。しかし、もし自動翻訳機をつけていないのだとしたら、私が普段通り話しても伝わらないということになる。
そんなことを考え、もやもやしていると。
「地球の言語で話すといい」
私の中のもやもやを晴らす言葉を、イヴァンは言ってくれた。
「ほ、本当ですか!?」
「翻訳機があるからな、問題ないのじゃ」
「良かった……! ありがとうございます!」
これで普通に話して良いことが判明した。
緊張はするが、言葉が通じるなら何とかなりそう。
「名は確か、ウタと言ったな?」
覚えていながら一応確認してくる辺り、独特の感性な気がする。
そんなことを思いつつ、私は頷いた。
「では、ウタよ。キエル皇帝として、お主に頼みたいことがある」
「はい……何でしょうか」
これまで十数年生きてきたけれど、ほとんど村暮らしだったから、偉い人と話す機会なんてなかった。厳かな空気の中に入る経験なんてなくて。だから、こういった面会にはどうも慣れない。これで良いのだろうか、と考えてしまって。でも、思考しても答えは分からなくて。何とも言えない心境に陥ってしまう。
「帝国軍の者たちを励ますべく、各地を回ってきてほしい」
イヴァンの口から発された言葉。それは、私が欠片も想像しなかったものだった。
「この国はいくつもの部隊を抱えている。そして、その者たちは日々、様々な任務の遂行に明け暮れているのじゃ。お主の歌で、彼らを励ましてやってほしい」
最前線の兵たちのところへ行き、芸の披露によって士気を高めた女性——そんな人物も、聞いたことがないではない。実際に目にしたことはないが、地球にいた頃、話を聞いたことはある。ただ、それはあくまで伝説のような話であって。
……それを私にやれと言うの?
「もちろん、一人で行けとは言わぬ。ウィクトルを連れて行くがいい」
「え……!」
「女一人ではさすがに不安だろうからな」
確かに不安だ。むしろ不安しかない。だから、ウィクトルが同行してくれるというなら、それはとてもありがたいことではあるのだが。
「お、お気遣いはありがたいです。しかし、それでは、ウィクトルたちの仕事を代わりに誰かがすることになってしまうのでは……?」
いきなり呑気に「はい! そうしまーす!」なんて言うわけにはいかないので、私は一応確認してみておいた。
しかし、イヴァンは「問題ない」と言うだけ。
さらに付け加えてくる。
「もしや、同行するのがウィクトルでは心配か? まぁ、そうじゃな。ウィクトルも男、何しでかすか分からんと言えばその通りじゃ」
さすがにその言い方は酷くないだろうか……。
今のイヴァンの発言は、ウィクトルのことを『呆れるほど欲望に忠実な男』と言っているようなものだ。
「私は余計なことはしません」
「おぉ。即答じゃな。良いことじゃ」
それまでは黙って私とイヴァンの会話を聞いていたウィクトルが、このタイミングですかさず口を挟んだのが、少し意外だったりした。
「とにかく、この国のため生きる我が軍の者たちのために、協力してほしいのじゃ。頼んだぞ、ウタ」
きっとこちらに拒否権はないのだろう。
それならば、返事の仕方は一つしかない。
「はい。できる限りやってみます」
喜んで、は極端過ぎてわざとらしい。
しかし、嫌だとは言えない。
だから私は、曖昧な表現を使うことを選択したのだ。
イヴァンとの面会を終え、部屋から出た私とウィクトルを迎えてくれたのは、リベルテだった。
「終了なさったのですね!」
元々大人びては見えないリベルテだが、ポシェットを下げ瞳を輝かせるその様は、彼を余計に幼く見せる。
「あぁ、終わった」
「用事は一体何だったのでございますか!?」
「ウタくんへの頼みだった」
ウィクトルが淡々と問いに答えた瞬間、リベルテは目を大きく開いた。
「ええっ! ウタ様への、でございますか!?」
リベルテの反応は大袈裟。周囲から視線を浴びるほどのものだ。
しかし、彼の反応がどう考えてもおかしいというわけではない。
イヴァンが私へ任務もどきを与えてくることなんて、誰も想像してみなかっただろうから。
0
あなたにおすすめの小説
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない
白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。
女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。
佐藤サトシは30歳の独身高校教師。
一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。
一年A組の受け持つことになったサトシ先生。
その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。
サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる