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38話「ウタの自由時間」
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ウィクトルとフーシェ、そして部隊の多くの隊員が宿舎から離れ、今ここに残っているのは私とリベルテだけと言っても間違いではないような状況だ。留守番的役割の人間は数名残っているようだが、ほぼ無人に近い人員配置である。
正直、ウィクトルがリベルテをここへ残していったのは意外だ。
リベルテは忠臣であり、さらに、生活面においてなどではかなり高い能力を誇っている。管理させれば最強、と言っても問題ないかもしれないくらい、才能ある部下だ。
そのリベルテを手放すのは、ウィクトルとしてもリスクが伴うはず。
たとえ命を懸けた大きな任務ではないとしても、基本、常にリスクは最小限に抑えようと考えるだろう。そう考えれば、リベルテをここへ残していくという選択肢は選べないはず。
もし仮に、私のことを心配してくれているのだとしても、それなら、リベルテではなく隊員の誰かを残していけば良いだけの話だ。
「ウタ様? どうかなさいましたか?」
一人思考を巡らせていたら、リベルテが心配そうな視線を浴びせてきた。
「あ……ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてしまって」
「いえいえ。重大な悩みでも抱えていらっしゃるのでなければ、問題はございません」
リベルテは少々心配性なところがある。それゆえ、私が不自然な様子だと、すぐに異変に気づく。それは彼の長所ではあるが、時にはそれが短所となることもあるのだ。
もっとも、鋭さが私にとって害悪である可能性は限りなくゼロに近いけれど。
「リベルテが相手で申し訳ございませんが……本日はどう致しましょう? ウタ様は自由の身、お好きなことをなさって下さいませ」
自由の身、か。
言われて改めて実感する。
これをしなければならない、ということがないのは、非常に嬉しいことだ。キエル巡りの最中はスケジュールに従わねばならなかったからこそ、好きな風に過ごせることのありがたみを強く感じる。
しかし、いざ「何をしてもいい」という状況下におかれると、すぐには答えを出せないものだ。
歌唱旅行の間は「帰ったらひたすら寝たい」と思っていた。だが、一晩ゆっくり睡眠をとった今、睡眠への執着はかなり薄れている。むしろ、「寝ようとしても難しいだろうな」と思うくらいの状態だ。
「でも……どうしようかしら。特に用事はないし。リベルテは何か用事はある?」
「いえ」
三秒もかからない、即答。
ここまで素早く返されることは想定していなかったため、速やかに言葉を返すことはできなかった。
これといった用事のない私と、私に同行しようとするリベルテ。そんな二人しかいない状況だ。つまり、このままでは話がまったく進まないということ。今のままでは、きっと、怠惰な時間の使い方をしてしまうこととなるだろう。
せっかくの自由な時間だ、無駄にするのは惜しい。
「じゃあ、この国について聞かせてもらいたいわ」
空いている時間を有意義に使うため、これを選んだ。しかし、リベルテにはその意図が伝わっていない様子。彼はきょとんとした顔をしている。
「この国について、でございますか?」
「えぇ。小さなことでもいいから、聞かせてほしいの」
「は、はい! 承知致しました」
寝不足が解消されたからか、今は、目に映る世界が妙に明るいように感じる。
その後、リベルテは「資料を用意してくる」と言い、一旦部屋から出ていった。私は一人部屋に残される。そこまで本格的な説明を求めるつもりはなかったのだが……、と思いつつも、取り敢えず彼が帰ってくるのを待っておく。それ以外にできることがないから。
十分ほどが経過した頃、リベルテが戻ってきた。その手には紙の束。ちなみに、厚みは控えめな束である。枚数は、多分、十数枚くらいだろうか。
戻ってきたリベルテは、太陽を見つめる子どものような笑顔で「お待たせ致しました!」と元気に発してくる。その振る舞いは、まるで、本当に太陽の子であるかのようだ。まだ地球にいた頃、人間は月のようなタイプと太陽のようなタイプに二分されるという話を聞いたことがあるが、その説に従い表すならば、リベルテは間違いなく太陽のようなタイプだろう。
「地球の文字に変換して持って参りました!」
「そ、そうだったの。わざわざありがとう」
私でも読めるようにしてくれた、ということか。
想像を軽やかに越えていく親切さだ。
「いえ! このリベルテが勝手に行ったことでございます、気遣いは必要ありません」
「ありがとう。嬉しいわ」
リベルテはいつも穏やかに微笑みかけてくれる。だからこちらも自然と笑顔になれる。結果、場の空気がまろやかになり、私の胸の中も温かくなるのだ。
「じゃあ、早速聞かせてくれる?」
「はい! もちろんでございます! ……では、こちらの紙を」
そう言って、リベルテから紙を受け取る。
白い紙には黒い文字が並んでいた。私でも読める。確かに、地球で使われている文字だ。そして、その内容はキエルの歴史を簡単にまとめたもののようだが、途中からはウィクトルの話に変わってしまっている。
「キエル帝国の元となる国が誕生したのは……二千年前?」
「はい」
「キエル皇帝という地位はその頃からあったのね……」
「はい」
実に興味深い内容だ。
違う星の、違う国。それなのに、地球で興っていた国と大きな差はない。
そこが不思議でならなかった。
「それで……どうして途中からはウィクトルの話になっているの?」
「申し訳ございません。不快でしたか」
「いえ、気にしてはいないけど。ただ、どうして話が変わったのかなと思って」
べつにリベルテを責めようと思っているわけではない。話題が微妙にすり替わっていることに対して怒っているわけでもない。私の胸にあるのは、素朴な疑問だけなのだ。
「それはですね! ウタ様には主についても色々知っていただきたいからでございます!」
「リベルテの望み、ということ?」
「はい! ……すみません、勝手なことを。ただですね! ウタ様に、少しでも、主に興味を抱いていただけたら、と思いまして!」
どうやらそれがウィクトルに関することをぶち込んできた理由らしい。
正直、ウィクトルがリベルテをここへ残していったのは意外だ。
リベルテは忠臣であり、さらに、生活面においてなどではかなり高い能力を誇っている。管理させれば最強、と言っても問題ないかもしれないくらい、才能ある部下だ。
そのリベルテを手放すのは、ウィクトルとしてもリスクが伴うはず。
たとえ命を懸けた大きな任務ではないとしても、基本、常にリスクは最小限に抑えようと考えるだろう。そう考えれば、リベルテをここへ残していくという選択肢は選べないはず。
もし仮に、私のことを心配してくれているのだとしても、それなら、リベルテではなく隊員の誰かを残していけば良いだけの話だ。
「ウタ様? どうかなさいましたか?」
一人思考を巡らせていたら、リベルテが心配そうな視線を浴びせてきた。
「あ……ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてしまって」
「いえいえ。重大な悩みでも抱えていらっしゃるのでなければ、問題はございません」
リベルテは少々心配性なところがある。それゆえ、私が不自然な様子だと、すぐに異変に気づく。それは彼の長所ではあるが、時にはそれが短所となることもあるのだ。
もっとも、鋭さが私にとって害悪である可能性は限りなくゼロに近いけれど。
「リベルテが相手で申し訳ございませんが……本日はどう致しましょう? ウタ様は自由の身、お好きなことをなさって下さいませ」
自由の身、か。
言われて改めて実感する。
これをしなければならない、ということがないのは、非常に嬉しいことだ。キエル巡りの最中はスケジュールに従わねばならなかったからこそ、好きな風に過ごせることのありがたみを強く感じる。
しかし、いざ「何をしてもいい」という状況下におかれると、すぐには答えを出せないものだ。
歌唱旅行の間は「帰ったらひたすら寝たい」と思っていた。だが、一晩ゆっくり睡眠をとった今、睡眠への執着はかなり薄れている。むしろ、「寝ようとしても難しいだろうな」と思うくらいの状態だ。
「でも……どうしようかしら。特に用事はないし。リベルテは何か用事はある?」
「いえ」
三秒もかからない、即答。
ここまで素早く返されることは想定していなかったため、速やかに言葉を返すことはできなかった。
これといった用事のない私と、私に同行しようとするリベルテ。そんな二人しかいない状況だ。つまり、このままでは話がまったく進まないということ。今のままでは、きっと、怠惰な時間の使い方をしてしまうこととなるだろう。
せっかくの自由な時間だ、無駄にするのは惜しい。
「じゃあ、この国について聞かせてもらいたいわ」
空いている時間を有意義に使うため、これを選んだ。しかし、リベルテにはその意図が伝わっていない様子。彼はきょとんとした顔をしている。
「この国について、でございますか?」
「えぇ。小さなことでもいいから、聞かせてほしいの」
「は、はい! 承知致しました」
寝不足が解消されたからか、今は、目に映る世界が妙に明るいように感じる。
その後、リベルテは「資料を用意してくる」と言い、一旦部屋から出ていった。私は一人部屋に残される。そこまで本格的な説明を求めるつもりはなかったのだが……、と思いつつも、取り敢えず彼が帰ってくるのを待っておく。それ以外にできることがないから。
十分ほどが経過した頃、リベルテが戻ってきた。その手には紙の束。ちなみに、厚みは控えめな束である。枚数は、多分、十数枚くらいだろうか。
戻ってきたリベルテは、太陽を見つめる子どものような笑顔で「お待たせ致しました!」と元気に発してくる。その振る舞いは、まるで、本当に太陽の子であるかのようだ。まだ地球にいた頃、人間は月のようなタイプと太陽のようなタイプに二分されるという話を聞いたことがあるが、その説に従い表すならば、リベルテは間違いなく太陽のようなタイプだろう。
「地球の文字に変換して持って参りました!」
「そ、そうだったの。わざわざありがとう」
私でも読めるようにしてくれた、ということか。
想像を軽やかに越えていく親切さだ。
「いえ! このリベルテが勝手に行ったことでございます、気遣いは必要ありません」
「ありがとう。嬉しいわ」
リベルテはいつも穏やかに微笑みかけてくれる。だからこちらも自然と笑顔になれる。結果、場の空気がまろやかになり、私の胸の中も温かくなるのだ。
「じゃあ、早速聞かせてくれる?」
「はい! もちろんでございます! ……では、こちらの紙を」
そう言って、リベルテから紙を受け取る。
白い紙には黒い文字が並んでいた。私でも読める。確かに、地球で使われている文字だ。そして、その内容はキエルの歴史を簡単にまとめたもののようだが、途中からはウィクトルの話に変わってしまっている。
「キエル帝国の元となる国が誕生したのは……二千年前?」
「はい」
「キエル皇帝という地位はその頃からあったのね……」
「はい」
実に興味深い内容だ。
違う星の、違う国。それなのに、地球で興っていた国と大きな差はない。
そこが不思議でならなかった。
「それで……どうして途中からはウィクトルの話になっているの?」
「申し訳ございません。不快でしたか」
「いえ、気にしてはいないけど。ただ、どうして話が変わったのかなと思って」
べつにリベルテを責めようと思っているわけではない。話題が微妙にすり替わっていることに対して怒っているわけでもない。私の胸にあるのは、素朴な疑問だけなのだ。
「それはですね! ウタ様には主についても色々知っていただきたいからでございます!」
「リベルテの望み、ということ?」
「はい! ……すみません、勝手なことを。ただですね! ウタ様に、少しでも、主に興味を抱いていただけたら、と思いまして!」
どうやらそれがウィクトルに関することをぶち込んできた理由らしい。
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