39 / 209
38話「ウタの自由時間」
しおりを挟む
ウィクトルとフーシェ、そして部隊の多くの隊員が宿舎から離れ、今ここに残っているのは私とリベルテだけと言っても間違いではないような状況だ。留守番的役割の人間は数名残っているようだが、ほぼ無人に近い人員配置である。
正直、ウィクトルがリベルテをここへ残していったのは意外だ。
リベルテは忠臣であり、さらに、生活面においてなどではかなり高い能力を誇っている。管理させれば最強、と言っても問題ないかもしれないくらい、才能ある部下だ。
そのリベルテを手放すのは、ウィクトルとしてもリスクが伴うはず。
たとえ命を懸けた大きな任務ではないとしても、基本、常にリスクは最小限に抑えようと考えるだろう。そう考えれば、リベルテをここへ残していくという選択肢は選べないはず。
もし仮に、私のことを心配してくれているのだとしても、それなら、リベルテではなく隊員の誰かを残していけば良いだけの話だ。
「ウタ様? どうかなさいましたか?」
一人思考を巡らせていたら、リベルテが心配そうな視線を浴びせてきた。
「あ……ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてしまって」
「いえいえ。重大な悩みでも抱えていらっしゃるのでなければ、問題はございません」
リベルテは少々心配性なところがある。それゆえ、私が不自然な様子だと、すぐに異変に気づく。それは彼の長所ではあるが、時にはそれが短所となることもあるのだ。
もっとも、鋭さが私にとって害悪である可能性は限りなくゼロに近いけれど。
「リベルテが相手で申し訳ございませんが……本日はどう致しましょう? ウタ様は自由の身、お好きなことをなさって下さいませ」
自由の身、か。
言われて改めて実感する。
これをしなければならない、ということがないのは、非常に嬉しいことだ。キエル巡りの最中はスケジュールに従わねばならなかったからこそ、好きな風に過ごせることのありがたみを強く感じる。
しかし、いざ「何をしてもいい」という状況下におかれると、すぐには答えを出せないものだ。
歌唱旅行の間は「帰ったらひたすら寝たい」と思っていた。だが、一晩ゆっくり睡眠をとった今、睡眠への執着はかなり薄れている。むしろ、「寝ようとしても難しいだろうな」と思うくらいの状態だ。
「でも……どうしようかしら。特に用事はないし。リベルテは何か用事はある?」
「いえ」
三秒もかからない、即答。
ここまで素早く返されることは想定していなかったため、速やかに言葉を返すことはできなかった。
これといった用事のない私と、私に同行しようとするリベルテ。そんな二人しかいない状況だ。つまり、このままでは話がまったく進まないということ。今のままでは、きっと、怠惰な時間の使い方をしてしまうこととなるだろう。
せっかくの自由な時間だ、無駄にするのは惜しい。
「じゃあ、この国について聞かせてもらいたいわ」
空いている時間を有意義に使うため、これを選んだ。しかし、リベルテにはその意図が伝わっていない様子。彼はきょとんとした顔をしている。
「この国について、でございますか?」
「えぇ。小さなことでもいいから、聞かせてほしいの」
「は、はい! 承知致しました」
寝不足が解消されたからか、今は、目に映る世界が妙に明るいように感じる。
その後、リベルテは「資料を用意してくる」と言い、一旦部屋から出ていった。私は一人部屋に残される。そこまで本格的な説明を求めるつもりはなかったのだが……、と思いつつも、取り敢えず彼が帰ってくるのを待っておく。それ以外にできることがないから。
十分ほどが経過した頃、リベルテが戻ってきた。その手には紙の束。ちなみに、厚みは控えめな束である。枚数は、多分、十数枚くらいだろうか。
戻ってきたリベルテは、太陽を見つめる子どものような笑顔で「お待たせ致しました!」と元気に発してくる。その振る舞いは、まるで、本当に太陽の子であるかのようだ。まだ地球にいた頃、人間は月のようなタイプと太陽のようなタイプに二分されるという話を聞いたことがあるが、その説に従い表すならば、リベルテは間違いなく太陽のようなタイプだろう。
「地球の文字に変換して持って参りました!」
「そ、そうだったの。わざわざありがとう」
私でも読めるようにしてくれた、ということか。
想像を軽やかに越えていく親切さだ。
「いえ! このリベルテが勝手に行ったことでございます、気遣いは必要ありません」
「ありがとう。嬉しいわ」
リベルテはいつも穏やかに微笑みかけてくれる。だからこちらも自然と笑顔になれる。結果、場の空気がまろやかになり、私の胸の中も温かくなるのだ。
「じゃあ、早速聞かせてくれる?」
「はい! もちろんでございます! ……では、こちらの紙を」
そう言って、リベルテから紙を受け取る。
白い紙には黒い文字が並んでいた。私でも読める。確かに、地球で使われている文字だ。そして、その内容はキエルの歴史を簡単にまとめたもののようだが、途中からはウィクトルの話に変わってしまっている。
「キエル帝国の元となる国が誕生したのは……二千年前?」
「はい」
「キエル皇帝という地位はその頃からあったのね……」
「はい」
実に興味深い内容だ。
違う星の、違う国。それなのに、地球で興っていた国と大きな差はない。
そこが不思議でならなかった。
「それで……どうして途中からはウィクトルの話になっているの?」
「申し訳ございません。不快でしたか」
「いえ、気にしてはいないけど。ただ、どうして話が変わったのかなと思って」
べつにリベルテを責めようと思っているわけではない。話題が微妙にすり替わっていることに対して怒っているわけでもない。私の胸にあるのは、素朴な疑問だけなのだ。
「それはですね! ウタ様には主についても色々知っていただきたいからでございます!」
「リベルテの望み、ということ?」
「はい! ……すみません、勝手なことを。ただですね! ウタ様に、少しでも、主に興味を抱いていただけたら、と思いまして!」
どうやらそれがウィクトルに関することをぶち込んできた理由らしい。
正直、ウィクトルがリベルテをここへ残していったのは意外だ。
リベルテは忠臣であり、さらに、生活面においてなどではかなり高い能力を誇っている。管理させれば最強、と言っても問題ないかもしれないくらい、才能ある部下だ。
そのリベルテを手放すのは、ウィクトルとしてもリスクが伴うはず。
たとえ命を懸けた大きな任務ではないとしても、基本、常にリスクは最小限に抑えようと考えるだろう。そう考えれば、リベルテをここへ残していくという選択肢は選べないはず。
もし仮に、私のことを心配してくれているのだとしても、それなら、リベルテではなく隊員の誰かを残していけば良いだけの話だ。
「ウタ様? どうかなさいましたか?」
一人思考を巡らせていたら、リベルテが心配そうな視線を浴びせてきた。
「あ……ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてしまって」
「いえいえ。重大な悩みでも抱えていらっしゃるのでなければ、問題はございません」
リベルテは少々心配性なところがある。それゆえ、私が不自然な様子だと、すぐに異変に気づく。それは彼の長所ではあるが、時にはそれが短所となることもあるのだ。
もっとも、鋭さが私にとって害悪である可能性は限りなくゼロに近いけれど。
「リベルテが相手で申し訳ございませんが……本日はどう致しましょう? ウタ様は自由の身、お好きなことをなさって下さいませ」
自由の身、か。
言われて改めて実感する。
これをしなければならない、ということがないのは、非常に嬉しいことだ。キエル巡りの最中はスケジュールに従わねばならなかったからこそ、好きな風に過ごせることのありがたみを強く感じる。
しかし、いざ「何をしてもいい」という状況下におかれると、すぐには答えを出せないものだ。
歌唱旅行の間は「帰ったらひたすら寝たい」と思っていた。だが、一晩ゆっくり睡眠をとった今、睡眠への執着はかなり薄れている。むしろ、「寝ようとしても難しいだろうな」と思うくらいの状態だ。
「でも……どうしようかしら。特に用事はないし。リベルテは何か用事はある?」
「いえ」
三秒もかからない、即答。
ここまで素早く返されることは想定していなかったため、速やかに言葉を返すことはできなかった。
これといった用事のない私と、私に同行しようとするリベルテ。そんな二人しかいない状況だ。つまり、このままでは話がまったく進まないということ。今のままでは、きっと、怠惰な時間の使い方をしてしまうこととなるだろう。
せっかくの自由な時間だ、無駄にするのは惜しい。
「じゃあ、この国について聞かせてもらいたいわ」
空いている時間を有意義に使うため、これを選んだ。しかし、リベルテにはその意図が伝わっていない様子。彼はきょとんとした顔をしている。
「この国について、でございますか?」
「えぇ。小さなことでもいいから、聞かせてほしいの」
「は、はい! 承知致しました」
寝不足が解消されたからか、今は、目に映る世界が妙に明るいように感じる。
その後、リベルテは「資料を用意してくる」と言い、一旦部屋から出ていった。私は一人部屋に残される。そこまで本格的な説明を求めるつもりはなかったのだが……、と思いつつも、取り敢えず彼が帰ってくるのを待っておく。それ以外にできることがないから。
十分ほどが経過した頃、リベルテが戻ってきた。その手には紙の束。ちなみに、厚みは控えめな束である。枚数は、多分、十数枚くらいだろうか。
戻ってきたリベルテは、太陽を見つめる子どものような笑顔で「お待たせ致しました!」と元気に発してくる。その振る舞いは、まるで、本当に太陽の子であるかのようだ。まだ地球にいた頃、人間は月のようなタイプと太陽のようなタイプに二分されるという話を聞いたことがあるが、その説に従い表すならば、リベルテは間違いなく太陽のようなタイプだろう。
「地球の文字に変換して持って参りました!」
「そ、そうだったの。わざわざありがとう」
私でも読めるようにしてくれた、ということか。
想像を軽やかに越えていく親切さだ。
「いえ! このリベルテが勝手に行ったことでございます、気遣いは必要ありません」
「ありがとう。嬉しいわ」
リベルテはいつも穏やかに微笑みかけてくれる。だからこちらも自然と笑顔になれる。結果、場の空気がまろやかになり、私の胸の中も温かくなるのだ。
「じゃあ、早速聞かせてくれる?」
「はい! もちろんでございます! ……では、こちらの紙を」
そう言って、リベルテから紙を受け取る。
白い紙には黒い文字が並んでいた。私でも読める。確かに、地球で使われている文字だ。そして、その内容はキエルの歴史を簡単にまとめたもののようだが、途中からはウィクトルの話に変わってしまっている。
「キエル帝国の元となる国が誕生したのは……二千年前?」
「はい」
「キエル皇帝という地位はその頃からあったのね……」
「はい」
実に興味深い内容だ。
違う星の、違う国。それなのに、地球で興っていた国と大きな差はない。
そこが不思議でならなかった。
「それで……どうして途中からはウィクトルの話になっているの?」
「申し訳ございません。不快でしたか」
「いえ、気にしてはいないけど。ただ、どうして話が変わったのかなと思って」
べつにリベルテを責めようと思っているわけではない。話題が微妙にすり替わっていることに対して怒っているわけでもない。私の胸にあるのは、素朴な疑問だけなのだ。
「それはですね! ウタ様には主についても色々知っていただきたいからでございます!」
「リベルテの望み、ということ?」
「はい! ……すみません、勝手なことを。ただですね! ウタ様に、少しでも、主に興味を抱いていただけたら、と思いまして!」
どうやらそれがウィクトルに関することをぶち込んできた理由らしい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる